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真っ白になりたい真っ黒  作者: 静かな雨
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うわべの思い

『普通』


この言葉は生きていくなかで、誰しもが使うであろう単語だろう。

「普通◯◯だよねぇー」とか「◯◯は別に普通でしょ」とか。

だが、この言葉を使う際に本来の意味に加算されてもうひとつ、自分の固定観念が入って使われている事が多いように思える。

例えば、Xという人物がいたとしよう。

そのXは、目玉焼きに醤油をかけるのが『普通』であった。

ある日、友人のYに目玉焼きに何をかけるのか質問した。

Yの答えはXでいう『普通』の醤油ではなくソースであった。

Xは驚いた。なぜ、ソースなんだと『普通』は醤油ではないのかと。

『普通』という言葉の意味として、ごくありふれたものという解説がある。

世間一般的に見て目玉焼きに醤油をかける人数は確かに多いだろう。

だが、Yにとってしてみればソースをかける方が『普通』であり、醤油は『特別』もしくは『異質』になる。

では、なぜこのような違いが生まれるのか。

それは、Xの家庭では目玉焼きには醤油をかけるのが『普通』、Yの家庭では目玉焼きにはソースをかけるのが『普通』

そうやって誰かに教えられる訳でもなく、ただ単純にそういうモノだとして受け入れてきたからである。

しかしながら、この現象は何も食べ方の違いだけではない。

自らの思考であり行動であったりするものも、自分の中で知らず知らずの内に『普通』という名のモノになるための成分みたいなものが出ている。

その成分は時が経つのと比例して自分の中へ蓄積されていき、いずれは確固たるモノとして自分の中に居座り続けるようになるのだ。

このように、『普通』という言葉には、世間が言う『普通』というものと、自分がこれまで生きてきた中での環境、経験、思考の上での『普通』という二種類の『普通』があることになる。

だから、俺は変わる必要なんかない……。

『普通』から『特別』へなんて変わる必要が……。

そんなモノは個人で違うんだ……。

そう言い聞かせながら、俺は眠りについた。

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