奥手な主人と不器用な従者のお話 前編
「『美しい変化を貴方に』の最終回を終わらせよう!な~に、年内には終わるさ!!」
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「つ、詰まってしまったッ!全部のフラグを回収して綺麗に纏めて円満に終わらせるのって思っていたより難しい!」
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(パイマンさんの『東方先代録』がニコニコ動画で動画化されて超おもしれえ)
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「仕方ない!ちょっと他の作品に逃げて距離を置こう。そしてもう一度立ち戻れば何か見えてくるものがあるかもしれない!」 ←今ココ
結論:パイマンさんが悪い
皇紀2670年 京都 弓之宮邸
はらはらと舞い降る粉雪を見ると、もう今年も残りわずかとなったと改めて思わせられる。今日24日は、西洋では「クリスマス」と呼ばれて祝い事を行う日に定められているらしい。キリスト教にとって重要な聖人の聖誕祭を祝う日だ。家族や恋人たちはその聖なる夜に心からの笑顔を交わし、語り合い、互いの絆を深める。なるほど確かに、心を洗うような純白に彩られた景色には神聖さを感じる。親しい者と寄り添って一緒の時間を楽しむには打って付けの日といえる。
だが、夕暮れの縁側で一人黙々と愛刀の手入れをする僕の愛するメイドは、僕よりも刀と語り合う方が好きらしい。
「綾狩、何もそんなところで刀を手入れしなくてもいいじゃないか。ここはあまりに寒い」
守護対象である僕の接近を感知していたのだろう。突然声をかけられても少しも驚く素振りを見せず、我がメイドにして強力な護衛でもある綾狩はゆっくりと顔をこちらに向ける。それだけで僕の心臓は大きく高鳴る。透けるような白い肌と触れれば切れるような双眸は何度見ても心をときめかせる。まるで銘刀に宿った付喪神が少女の形を纏ったかのようだ。武人特有の隙のない動作も、何気ない仕草の一つに過ぎないというのに極限まで洗練されていて美しい。ほう、と思わず漏らしたため息が白い靄となって風に流れる。
「 槍仁 殿下、自分が整えた庭がしんしんと降る雪に彩られてゆく様子は乙なものなのです。それを眺めながら愛刀を手入れするのも、とても心が癒されます。それにご心配はありがたいのですが、私の身体は9割が電装義肢で出来ています。風邪はひきません」
「見ているこっちが寒いんだよ。こういう時は誰かと寄り添って暖を取る方が癒されるんじゃないかなあ。僕もなんだか肌寒くて人肌恋しいというか……」
「では、どうぞ室内で温まり下さい。暖炉に火はくべてあります」
綾狩はメイドとしてとても優秀だ。危険が及ぶからと弓之宮邸に奉公していた使用人全員に暇を出して以来、この邸宅の管理から僕の身の回りの世話、果ては運転手から護衛まで一人で担ってくれているが、全て卒なく完璧にこなしている。僕が何かを頼もうと口にした時には、すでにそれを予測して完了させているのだ。軍人よりもメイドの方がよほど天職だったのではないかと思う。まさに理想の従者だ。その優秀さに救われることは多々あれど、たまには男として頼られたい、甘えられたいと思うのは贅沢なことだろうか。
「……そこに綾狩の煎れてくれたコーヒーがあれば最高なんだけどなあ」
「そう仰ると思ったので、先ほどサイフォンで作っておきました。暖炉の前の机にサイフォンとカップが置いてあります。ちょうど今頃、抽出が終わっている頃合いです」
遠まわしに「一緒にいたい」と伝えたつもりなのだが、完璧なメイドの前には無意味だった。試みが失敗に終わってしょんぼりと沈んだ目で綾狩の背を見つめていると、視線に気付いた彼女が再び肩越しに振り返ってニコリと笑みを浮かべる。ああ、さすがは僕のメイドだ。僕の気持ちを察してくれたに違いない。
「もちろん、砂糖も殿下のお好みの分量をすでに入れてありますのでご心配なく」
……そういうことだろうとは思ったよ。
「ありがとう」と短く返し、肩を落として綾狩が暖めてくれた洋室へトボトボと足を進める。今夜こそは、いつも素っ気ない綾狩と恋人のように寄り添って睦み合おうなどと考えていたが、やはりダメだった。そもそも、彼女はほんの一年前までは矯堂 綾樹という男だったわけで、普通の女性とは心の有り様もまったく異なる。聞きかじった口説き文句などは鎧袖一触どころか気付いてすら貰えないことは今までの 経 験 ですでにわかっていたが、ここまで暖簾に腕押しの状況が続くと不安になってしまう。
綾狩から死角に入った途端、身体が萎むような重い息を吐き落として立ち止まる。綾狩は、僕のことを慕ってくれているのだろうか?僕のことを単なる“奉公先の主人”としか思っていないのではないだろうか?戦争を続けさせる悪人への復讐の道具としか考えていないのではないだろうか?本当は、女の身体にされたことを至極恨んでいるのではないだろうか?異性として大事にしたいと想っているのは僕の方だけで、綾狩はそれを疎ましく感じているのではないだろうか―――?
考えれば考えるほどドツボにはまってしまう。階段をひたすら転がり落ちているような錯覚に引っ張られ、気分がどんどん沈んでいく。
彼女の本心を聞いてみたい。僕の熱い想いを伝えたい。この心を苛む不安を解消して欲しい。互いに主人と従者という枠を忘れ、一人の人間として剥き出しの心で触れ合いたい。無論、「従者ではなく女として僕に接しろ」と命令すれば彼女はそうしてくれるだろう。だけどそれは、彼女の本心をより遠ざけることになるだけだ。
「やっぱり、これを使うしかないのか……」
胸元のポケットからそっと小さな金属瓶を取り出す。卑怯な真似をするようで使いたくはなかったが、胸が張り裂けそうなこの苦悶にはこれ以上堪えられそうにない。
「素直になれる薬」―――そう言って僕にこれを渡した親友の言葉をもう一度脳裏に思い出しながら、僕は決意を固めることにした。
………
……
…
三日前 弓之宮邸 書斎
「……綾狩ちゃんの本心が知りたい?アンタ、そんな理由でアタシを呼び出したわけ?」
「すまない。だけど不安で仕方がないんだ。もうすぐ綾狩と一緒に暮らし始めて一年になるが、未だに何の進展もない」
「綾狩ちゃんから文句でも言われたの?」
「言われないから不安なんだ。彼女はあんな殊勝な性格だから、僕が何度『不満や悔いはないか』と訪ねても『ない』としか答えてくれない。本当は不平不満があるだろうに、僕のことを気遣って我慢してくれているに違いない。何か良い方法はないか、グスタフ?」
僕の懇願に、目の前の禿 頭の大男は心底呆れたと言わんばかりに首を振る。ドイツ人と日本人のハーフである彼―――いや彼女は、グスタフ・ハットリ・トイシュ。電装義肢界では世界で三本の指に入る凄腕の研究者・技術者であり、学生時代からの親友でもある。敵の多い僕に対しても対等に接してくれる清々しい人格者だ。綾狩に全身式電装義肢化の施術を施してくれたのも彼女であり、定期的に弓之宮邸を訪れては綾狩のメンテナンスをしてくれている。綾狩の相談相手にもなってくれているし、僕にとっても心を許して話ができる数少ない友人の一人だ。
「……アンタたちにはそんな必要ないと思うけどねえ」
「えっ、それはどういう―――」
「別にぃ。二人とも青春してるわねって思っただけよ。
さて、そんな素直になれない二人にピッタリのお薬があるわ!サービスで分けてあげる!」
「薬?」
突然の提案に訝しむ僕の前で、グスタフが白衣のポケットから小さな金属瓶を取り出す。親指ほどしかない大きさのそれを厳つい頭部の横に掲げ、いたずらっぽく唇を突き出しながら説明する。
「これはね、あるいじらしい女の子に依頼されて作ったお薬なの。電装義肢着装者の脳の大脳上皮を刺激して、普段は理性に押し固められちゃって素直になれない心をパアっと開放してくれちゃう素敵なお薬なのよ。まあ、言ってみれば軽い自白剤みたいなものね。濃いまま使えば媚薬みたいな効果もあるわ」
「じ、自白剤!?ちょっと待ってくれ、そんなものは使えない!」
「大丈夫よ。毒性のある麻薬なんて使ってないし、脳への負担も後遺症も絶対にないわ。アタシがそんな危ないもの作るわけないでしょ」
「それは信用する。だけど、薬に頼るのは……」
「頼るか頼らないかはアンタ次第よ。道具は使いようなんだから。ほら、あげるわ」
チャポチャポと水音を立てるそれが僕に向かって突き出され、反射的に差し出した手の平に落とされる。アルミニウムとガラスで構成された筒は見た目以上に重い。それが持つ効力を想像し、ゴクリと息を呑む。これを使えば、綾狩の本音がわかる。彼女の鉄面皮の下に隠れた心を覗くことが出来る……。
「効力はほんの少ししか保たないわ。その間の記憶も本人には残らない。薬の効力が切れた時には自分が何を話したのかも覚えてないわ。安心して気持ちを確かめられるわよ」
「あ、ああ……。ありがとう。使うかどうかはわからないけど、一応貰っておくよ」
「そんなに不安なら、男らしく無理やり押し倒してガッツイちゃった方が早いと思うけど」
「綾狩を押し倒すなんて出来ると思うかい?戦車すら真っ二つに出来る彼女を?襲いかかった途端に家宝の刀で袈裟斬りにされるのがオチさ」
綾狩がいつも腰に帯びて離さない刀は、我が弓之宮家に代々伝わってきた国宝級の銘刀『虎牙ノ宗光』だ。暇があれば手入れをしていることからして、よほど気に入ってくれたのだろう。矯堂家は侍の家系だったし、刀にも人並み以上の思い入れがあるに違いない。贈り物を大事にしてくれるのは嬉しいが、そのせいで少し近づきがたくもある。それより何より、色事の経験に乏しい僕にはそんなことを出来る度胸はない。
はあ、と頭を垂れさせる僕に鼻を一つ鳴らし、グスタフが腰を上げる。
「……そんな風に弱気だからあの娘も苦労すんのよ」
「え?今、何か言ったか?」
「なんでもないわよ、意気地なしさん。私は綾狩ちゃんのメンテナンスがあるからもう行くわ」
「メンテナンスなら先週済ませたじゃないか。まさか、何か不調でもあるのか?」
「ないわよ。身体じゃなくて、心のメンテナンスよ。アンタみたいな情けないご主人さまを持ってると苦労してそうだからね。綾狩ちゃんの淹れてくれた美味し~いコーヒーも飲みたいし」
情けない主人であることを否定できずにショボンと顔を顰める僕の肩をポンと叩き、グスタフが部屋を立ち去る。
「しっかりしなさい、ご主人様。あの娘はアンタに全てを捧げるって言ったんでしょ?もっと信用してあげなさい。それでも不安なら、いっそのことそれを使っちゃいなさい。あの娘はきっと嫌がらないから」
なぜだか、グスタフは僕の知らない何かを知っているような気がした。意味深い台詞について問いただそうと振り返るが、グスタフはすでに扉の隙間に身を滑り込ませていた。中途半端に口を開ける僕から逃れるようにヒラヒラと手を振り、バチンとウインクを投げてくる。
「ま、ガンバんなさい。陰ながら応援してるわ。用法用量はビン底に書いてあるからちゃんと読むのよ。それじゃあね~」
「ちょ、ちょっと待―――」
バタンと扉が閉まり、僕の台詞を容赦なく寸断する。後には、奇妙な姿勢で硬直したままの僕だけが残された。しばし放心した後、握っていた手の平をゆっくりと開いて中身を凝視する。一見するとただの水のようにしか見えないが、これは人の心を見透かす力がある。それが持つ力に圧倒され、僕は大きく唾を飲み下す。
「これを使えば……」
………
……
…
「これを使えば、綾狩の本音が聞ける」
ぐいとコーヒーを一気に胃に流し込み、机の上に置いた瓶を睨む。洋室でこれと睨み合うこと数十分、このままでは埒が明かないと考えた僕は綾狩を呼び出すことにした。並々ならぬ葛藤と自己嫌悪と開き直りのループを繰り返したが、結局はグスタフの助言を信じることにした。例え望まぬ答えが返ってきても、今のような窒息しそうな状況が続くよりはマシだ。
守護対象である僕が綾狩を強く求めれば、僕の体内に埋め込まれた発信機から綾狩に信号が送られるようになっている。いつものように呼び出しから10秒もせずにノックが鳴り響く。広大なこの邸宅で、どうやってこの短時間で僕の元へ駆けつけているのか未だにわからない。彼女が慌ただしく走っている姿を見たことがない。
「綾狩です」という凛々しい声に「入っていいよ」と告げ、部屋に招き入れる。「失礼致します」という返事とともに扉が最小限に開き、エプロンドレスをふわりと舞わせる美少女メイドが滑らかな動きで入室してくる。音を立てないように扉を閉めると、流麗な挙動に見惚れていた僕と二歩分の距離を開けてピタリと立ちどまる。
「殿下、如何されましたか?」
「ああ、うん、その、ちょっとね。―――でもその前に、」
言って、綾狩と自分の間の距離を見る。手を伸ばしても届かず、一歩足を踏み出せば届く程度の距離。綾狩は常にこの絶妙な間隔をとって僕と接する。今まで僕や父母に仕えてきた使用人たちがそうしたように、彼女も従者としての立場を弁えてこの距離をとっているのだろう。それが僕には不服だった。僕は綾狩を召使いにしたくて傍においたんじゃない。結果的にはそうなってしまっているが、本当は大事な人として傍にいて欲しいのだ。
「綾狩、もっと傍に来てくれ」
「……はい」
綾狩が僕と机上の小瓶に視線を流し、おずおずと足を踏み出す。その一瞬、彼女の鉄面皮の片隅に迷いが過ぎるのを見てしまった。何を意味する逡巡かは定かではない。だけどたしかに、彼女は僕に近づくのを躊躇った。その事実に内臓がキリキリと締め付けられる感覚を味わう。愛しい人間に嫌われることほど辛いことはない。やはり、彼女は僕のことを心から慕ってくれてはいないのかもしれない。それでもいい。嫌われるようなことをしたのは事実だ。勝手に女の子の身体に改造されたのだから、恨んで当然だ。綾狩が男に戻りたいと言えば、その希望を叶える義務が僕にはある。
一歩、二歩と近づいてくる綾狩の双眸を見つめる。凛とした硬質の輝きを秘めた黒真珠の瞳は、人工のモノでありながら綾狩の雰囲気にピッタリと重なっている。その瞳にうっすらと怯えが滲むのを見て、僕はこの薬を使うことを決める。彼女の気持ちを、覗き見よう。
「まずは何も聞かずにこれを飲んで欲しい。怪しいものじゃない。いや、怪しいものなんだけど、なんというか―――」
「わかりました。このままでよいのですね」
「えっ、あ、ああ」
もっと怪しまれるかと思っていたのに、綾狩は小瓶をさっと手に取るとそのまま口に流し込んでみせた。コクコクと細い喉が律動して薬を飲み干していく。中身が何なのかも知らないはずなのに従順に飲んでくれるのは、僕への忠誠心の現れなのか、それとも機械の身体を信用しているからなのか。
呆気にとられる僕が見守る中、冷静な動作で小瓶が元の場所に置かれ、ハンカチが桃色の唇を丁寧に拭っていく。動きや表情の端々までじっと観察してみるが、その落ち着き払った仕草には何の変化も見られない。そもそも心の変化は見た目にはわからないし、効力がどのタイミングで現れるのかも聞いていなかった。必死になりすぎて慎重さを欠いてしまっていたことに今更ながら後悔する。
とりあえず、綾狩の体調に変化はないかを尋ねよう。グスタフを信用していないわけではないが、万が一にも悪影響を与えては大変だ。
「き、気分はどうだい?頭が痛くなったりはしていないか?」
「何も変化はありません。私はいつも通りです」
「そ、そうか」
得体のしれない液体を飲まされて不服なのか、少しきつ目の眼光にジロリと見つめ返される。後ろめたい理由がある僕は、その熱すら感じる視線を受け止めきれずについつい視線を逸らしてしまった。
変化がないのは良いことなのか悪いことなのか。ハキハキと答えてみせる綾狩の様子はやはり普段と変わらず、僕は早くも薬の効力に疑いを持ち始めた。そういえば、グスタフは去り際に「説明はビン底に書いてある」と言っていた。飲ませることばかり頭にあって目を通していなかったが、もしかしたら効果を発揮させるために欠かせない注意事項があったのかもしれない。
それを読んでみようと手を伸ばし、
「私は、いつも通りです」
「うわっ!?」
ずい、と綾狩が僕の懐の中に滑りこんできた。直前の動作すら悟らせない達人の摺り足で急接近され、驚愕に大きく仰け反る。反った背中が椅子の背もたれを強く叩くが、綾狩は僕を追ってさらに身体を密着させてくる。人間一人と全身式電装義肢一人の体重を受け止めた椅子がギシと大きく軋む。涼し気な美貌が目と鼻の先まで詰め寄る。
「私はいつも通りです。いつも通りなのです、槍仁様」
「どうし―――ぅうッ!?」
膝の上に跨がられ、スカートの裾から肉付きの良い純白の太ももが覗く。慌てて視線を上に持ち上げれば、視界が綾狩の容貌でいっぱいになる。ギョッとする僕の両のこめかみに白魚の繊手が添えられて頬を艶っぽく擦る。まるで筆先でさわさわとくすぐられているような感覚だ。そのまま水が伝うようにつうっと首筋をなぞられ、背骨に手を突っ込まれて直接弄られているような痺れが走る。
「槍仁様、槍仁さま、やりひとさま」
髪、頬、首筋と流れた嫋やかな手が脇の下を通って背中に回される。はっと気付いた時には人外の膂力でぐいと半身を抱き寄せられ、柔らかさと張りが極限のバランスで調和した2つの球体が鳩尾の辺りにむぎゅと押し付けられた。誘惑するような仕草に狼狽する僕の眼前まで美貌がさらに近づく。
常ならば黒曜石を想起させる硬質な瞳が、今に限っては夜の湖面のようにしっとりと潤んでいる。その水 面の奥底で、様々な検知装置が狂ったようにギリギリと激しく稼働しているのが透けて見えた。明らかに様子がおかしい。肌色もほんのりと朱色に染まっているし、吐息も湿っていて熱っぽい。だというのに、綾狩はまるで自分の豹変を自覚していないかのように「いつも通り」と繰り返す。
「ど、どこがいつも通りなんだ!さっきの薬のせいで電装義肢が故障したんじゃないか!?」
「いいえ、綾狩はいつも通りです。いつも通り―――」
言い終わらぬ内に見る見る表情が綻んでいく。凛と引き締まっていた面差しは瞬く間にとろんと蕩け、焦点がボヤけていく。否、正確に言うなら、僕以外のものが目に入らなくなっている。弾むような吐息がふうふうと鼻頭に吹きかけられる。オゾンと化学薬品の匂いは不思議と甘酸っぱい。次にささめかれる言葉を予想して息を呑むと同時に、甘く鼻にかかった声で雌猫が鳴き声をあげる。
「心からお慕いしております、やりひとさまぁ」
「……!!」
効果は、あった。抜群の効果があった。だけど、この効き目は自白剤なんてものじゃない。まるで媚薬のような、
――――――濃いまま使えば媚薬みたいな効果もあるわ
「ま、まさかッ!?」
グスタフの野太い声が思い出された途端、冷や汗と共に嫌な直感が噴き出して反射的に小瓶を掴む。アルミニウムとガラスで構成された瓶の底には、小さな文字でこう記してあった。
『注意:原液のまま服用しないこと。一滴を約100倍まで薄めてから飲用しなさい。さもないとどうなっても知らないわよん』
「グスタ――――――フ!!!!」
ゴロゴロと喉を鳴らす雌猫に頬ずりされながら、僕にとって忘れもしない 聖 夜 が始まった。
「逆に考えるんだ、主。逃げちゃってもいいさ、と」
ジョースター卿にそう言われたら従わざるを得ねえよなあ。だろ、みんな?ははははは!!
ごめんなさい。




