前編
横尾公敏先生の『ロボット残党兵』を読む。←1週間くらい前
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アイディアが浮かぶ。
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エリュシオンラノベイベントの存在を知る。←5日前
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でも、挑戦してみたいけど、完結作品持ってない……。
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よし、ちょっと書いてみるか!←3日前
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出来たー!←今ココ
ヒュオン、と。
音速を超えた切っ先が、空間ごと目標を斬り裂く。刹那、鬼人の誇る鋼鉄の装甲に一筋の線が走り、そのままズルリと胴から上が滑り落ちた。瞬く間に血とオイルが迸り、辺り一面に鬼人の体液をぶち撒ける。しかし、少女の背後に佇む男には一滴足りとも届かない。少女の握る刀が激しく翻り、汚液が主人を汚す前に全てを弾き飛ばしたからだ。
凍てついた冬の空気がゆらゆらと陽焔に揺らぐ。少女の駆動系から噴出する排熱が紺の着物をはためかせ、夜闇を蜃気楼のように揺らめかせている。
鬼人の上半身が激しく地を叩く。かつて幾十もの戦場で敵を屠ったこの鬼人は、己に何が起こったのか理解も出来なかったに違いない。呆気に取られた表情のまま足元に転がってきた鬼人の頭部を見下ろし、彼を従えていた初老の男が恐怖に呻く。
「鬼人を一撃で殺すだと……!?まさか、全身式零号か!?」
それに答えるように、少女が刀を振るう。刀身にへばりついた鬼人の体液を恐るべき速度で振り払えば、3尺(約1メートル)にも及ぶ先反りの打刀が月下にその見事な拵えを輝かせる。流れる火炎のような刃紋が美しい長刀は、冷たい美貌の少女の生き写しのようだった。
情けなど一切持たない黒真珠の瞳に射貫かれ、男がたじろぐ。絶対の信頼を寄せていた護衛の鬼人はいとも簡単に斬り伏せられた。目の前の少女は、少女の形をしているだけの化け物だ。今、彼が対峙してしまっているのは、ヒトが単身で立ち向かうにはあまりに無謀な機械の武者なのだ。
己の最期が近いことを察した男が、上質そうな山高帽を地に叩きつけて半狂乱に声を上げる。
「わ、私を殺しても何も変わりはしない!戦争は終わらない!西洋列強を駆逐するその日までこの戦いが終わることはないのだ!貴様が何をしようが無意味だ、槍仁!!」
「―――いいや、変わる。変えてみせるさ」
少女の背後の影から、静かな、しかし力強い声音が発せられる。淡い月光に照らされて、若い男がゆっくりと姿を現す。高い背丈に整った顔立ちの美丈夫が足を踏み出せば、少女は彼のために脇に退いて道を開ける。
「確かに、僕たちでは戦争は止められない。だけど、終わらせる方向に導くことはできる。無益な戦争でこれ以上犠牲を生み出さないために、誰かが踏まなければならない最初の一歩を踏むことは出来る。それが、この国を導く宮家の者の義務だ。違いますか、叔父さん」
悲しげにそう告げた美丈夫の双眸には、確かに強い意思が漲っていた。若者だけが秘めることを許される、熱く燃える決意に満ち満ちていた。現実という巨大な壁に「否」を突きつける若者の姿は、現実にひれ伏して久しい男の目にはたまらなく不快に映った。
「貴様、何を世迷言を言うか!この裏切り者め!貴様はこれから、全ての宮家から命を狙われることになるだろう!政治家も、軍需企業も、陸海軍も、この国で力ある者全てが貴様らを殺そうと躍起になるだろう!覚悟せよ、くだらぬ理想に溺れた左巻きの若造めが!朝敵め!穀潰しめ!破壊主義者め!宮家の恥晒し―――っ、―――ぉぶ」
彼の最期は思いの外早く訪れた。少女の主人を口汚く罵倒したがために、瞬きよりも遥かに速い一閃に喉を寸断され、大量の吐血で頬を膨らませながら崩れ落ちる羽目になったのだ。ゴトンと頭を地面に打ち付ける頃には、彼の意識は二度と浮き上がれない奈落の海に沈んでいる。
宙に銀光の尾を走らせ、刀身が少女の腰の鞘に吸い込まれる。キン、と小気味よい音が路地裏の空気に染み渡る。
「お話の途中に申し訳ございません、槍仁殿下。つい、」
「つい、で人を殺すものじゃない。綾狩」
「ですが、いずれは殺さなければならない人間でした」
「……ああ、そうだ。その通りだ。出来れば、もうこれ以上、誰かを殺したくはないものだ」
「私もそう思います。ですが、そうはいかないでしょう。これからもっともっと、誰かを殺すことになります」
「……っ!」
冷徹な言葉に、若者がぐっと苦しげに喉を鳴らす。温和そうな面差しを後悔に歪め、瞳をきつく閉じる。彼は心優しい男だった。虫一匹殺せないほどに穏やかな人間だった。だからこそ、他人を殺める道を踏み出さざるを得なかった。無駄な犠牲を払わないために、払うべき犠牲を斬り捨てる修羅の道を選んだのだ。
「貴方は正しい」
目と鼻の先で囁かれたその言葉に、ハッとして目を見開く。濡れ烏のような黒長髪の美少女が、冷えきった若者の手をそっと握る。
「貴方のしようとしていることは絶対に正しい。これ以上、死ぬべきではない死者を生まないために、貴方は立ち上がらなければいけません。貴方以外には出来ないことをしなければいけません。貴方が目的を果たすためなら、私は何人であろうと一刀のもとに斬り伏せてみせます。その身に振りかかる業は私が全て背負います。だから、どうか躊躇わないで」
「……駄目だ」
若者が少女の手をぎゅっと握り返す。黒真珠のような人工眼球を強く覗きこみ、少女の肩を抱き寄せる。
「君だけには背負わせない。罪は二人で背負うんだ。地獄に落ちるのなら、僕も一緒に堕ちる」
少女の後頭部に大きな手が置かれる。若者に寄り添う少女がつま先で背伸びし、顎を若者に近づける。
「愛している。一緒に往こう、綾狩。僕たちが、この国を変えるんだ」
「はい、槍仁殿下。綾狩は何時までも何処までも御身にお仕え致します」
大日本帝国率いるアジア連盟軍とアメリカ合衆国率いる国際連盟軍との戦いが泥沼の様相を呈した頃、帝都の路地裏で一対の男女が唇を重ねた。
皇紀2670年、霜月のことだった。
そして、この物語はまだ綾狩と呼ばれる少女が少年であった頃まで遡る。
だからさあ、もうすぐ仕事の資格試験があるんだって……。こんなことしてる暇ないんだって……。「テスト前になったら大掃除したくなる病」だよこれ……。