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7.ニェンガの企み



 冥耀宮の廊下を、ヒト目を忍んでニェンガは歩んでいた。目的の場所は、滅多にヒトが来ることのない使われていない部屋だった。主が留守がちである為か、国のトップの宮であるにもかかわらず、使用人の数は驚くほど少ない。

 だからこそ、ニェンガのような愛妾が忍び込む隙がある。

 黙って作った合鍵を使って扉を開け、部屋の中に入る。万一のことを考えて、扉にはすぐに鍵をかけた。

 ここには何を保管しているわけでもない。週に一度メイドが掃除をする以外訪れる者もない空き部屋だ。大公の宮の一室ということを除けば、重要性は低い。

 けれどニェンガにとってこの部屋は重要な意味を持っていた。この部屋はちょうど大公の部屋の下に当たる。広い大公の私室の中の寝室の真下だった。

 少しでも彼の気配を感じる場所にいたい、と繰り返し冥耀宮に忍び込んでいたニェンガが見つけたのがこの部屋だった。

 ニェンガがダラスの愛妾になったのは四百三十年前だった。元は侍女メイドですらなく、客室メイドとして遠くから大公を見つめていることしかできなかった。彼のキンドレイドとなれた奇跡に満足するしかなかった虚しい日々の終り。自分は選ばれたのだという歓喜。


 しかしその喜びも長くは続かなかった。


 初めのころはそれなりにあった通いが、年が経つにつれ減っていった。

 理由は、ニェンガの身体の限界だ。一夜を共にするたびに注がれる大公の力を受け入れるにはニェンガの器は小さすぎた。三日連続で相手をした翌日から一週間、身体を苛む大公の力に苦しめられることもあった。

 普通なら、すでに愛妾を引いている頃合いだ。無理をすれば、受け入れきれなかった力がニェンガの身体を壊す。

 そうと分かっていながら、ニェンガは愛妾の地位を返上する気はなかった。それをしてしまったら、ずっと焦がれ続けていた大公ダラスの傍にいることができるチャンスはこの先もう来ない。

 シークンにも側妃にもなれないただのキンドレイドでは、ダラスの顔すら見ることができないのだ。今以上にダラスから遠ざかることなどニェンガには耐えられなかった。

その為に死を迎えるのだとしても、彼女には問題がなかった。

 むしろ、愛する大公の力に焼き殺されるというのであれば、本望ですらある。最後の時まで大公を想って逝ける。これ以上の幸せがあるだろうか。

ゆったりとした歩みで、ニェンガは寝台に向かった。そこはちょうどダラスの寝台の真下でもあった。

 柔らかな敷布に横になり、わずかに感じるダラスの気配を追いながら彼を想う。それが、この部屋に来た時にニェンガがすることだった。


 いつものように天蓋を降ろそうとしたニェンガは、ありえないものを見た。

 彼女が横になろうと思っていた寝台に女が眠っていた。見たことのない顔だ。後ろに大きく突き出した頭と掛布の上からも分かる身長に見合わない腕の長さから、彼女が手長族だということが分かる。

 女は身じろぎひとつすることなく昏々と眠っていた。わずかに上下する旨の動きがなければ、死んでいるのかと思うほど静かだった。


「ど、どうして……」


 ここは大公ダラスの宮。この建物の中で休むことが許されているのは、大公を除けば彼付きの侍女と侍従。そして、宮の主に許された存在だけだ。

 愛妾であるニェンガどころか、正妃や側妃ですらここでの生活を許されていない。役目なくこの宮に留まることができるものは、大公に認められた存在だけ。

 では、この女は大公に許されてこの場所にいるのだ。ニェンガの聖地に、大公は見知らぬ女を寝かせた。

 おそらく大公のキンドレイドなのだろう。しかし、彼女がどういった価値を持つ女なのかニェンガには計れなかった。特別美しくもなく何か能力に秀でているようにも見えない。

 自分よりも間違いなく劣ると思う女が、ニェンガに許されなかったことをされている。

 えも言えぬ衝撃を受けて、ニェンガは逃げ出すように部屋を飛び出した。






 翌月。

 ニェンガは再び例の部屋の寝台の前に立っていた。

 あれからしばらく大公や冥耀宮の動向を気にかけていたが、特別目立った動きはなかった。あの手長族の女の事も分からないままだ。

 もやもやと胸に広がるわだかまりを抱えながら、ニェンガは天蓋をめくった。

 そこには。

 一月前と変わらぬ格好で、女が眠っていた。


「どうして。……まさか、目覚めていないというの?」


 そうでなければ説明がつかなかった。呼吸はしているが、ひどく弱い。生命活動が著しく低下されている。仮死に近い状態だ、とニェンガは気づいた。

 なぜだ。キンドレイドとなった以上、並外れた生命力を手に入れる。特に最高のプレイム(純魔人)である大公のキンドレイドであれば、与えられた力は他のキンドレイドとは比べ物にならない。

 それにもかかわらず、女はまるで死んだように眠り続けている。

 半ば呆然としながら手長族を見つめていたニェンガは、女の中にある大公の力がどこか宙に浮かんだような状態であることに気付いた。

 それが意味することを悟ったニェンガの目に、激しい怒りが宿った。

 この女は事もあろうに、大公の力を受け入れず、抵抗しているのだ。


「なんと、愚かな女なの」


 大公から力を与えられながら、それを拒絶するなど。

 大公を絶対と考えているニェンガからすれば信じがたい事実だった。受け入れられないというならば、諦めて死ねばよいのにそれも選ばず往生際悪く足掻いている。

 いっそ、殺してしまおうか、とニェンガは思った。

 大公を認めない存在など生きている価値などないのだから。

 ニェンガの目に本気の色が宿る。口と鼻を塞いで呼吸を止めてしまえばいいだけだ。

 相手は眠っているだけの無抵抗な存在。簡単だった。

 ニェンガの唇が、にぃっと大きく吊り上った。

 使われていない枕に手を伸ばした時、手長族の女の瞼がピクリ、と震えた。は、とニェンガが動きを止め見守る中、女の大きな目がゆっくりと開いた。

 赤い目は焦点が定まらず茫洋としている。意識がはっきりとしないまま、女は再び瞼を閉じた。


「目覚める気がある、というなら話は別ね」


 ニェンガは伸ばしていた手を引き、腕を組んだ

 殺してしまっては楽になってしまう。大公を一度でも拒絶した女には、苦しみを与えてやりたかった。

 どうすればいいだろう。城から放り出す?それは駄目だ。力の扱い方をわかっていないキンドレイドがふら付いていれば、目立つ。すぐに連れ戻されるだろう。

 ならば大公のキンドレイドという栄誉にありながら、それにふさわしくない地位につけてやればいい。


「そして、あたくしの役に立ちなさいな」


 ニェンガがもう一度大公に関心をもたれるように。

 このままニェンガが生き続けても、大公の目に留まる確率は低い。愛妾と言っても通われなければ意味がないのだから。

 この世の何物よりも愛するあの方の目に今一度映りたい。

そして、敬愛する偉大な魔人の手で死にたい。

 そのために、おまえは蔑まれ、苦しめばいい。


「わたくしのために、墜ちなさいな」


 くすくすと狂気すら感じさせる笑いをこぼしながら、ニェンガは彼女の最上をもたらす存在に手を伸ばした。





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