4.ロダとフロウの談話
時間系列。
11話の翌日です。
ロダがユウノを見舞った翌日のこと。
アテルナ城の中心である本館の最上階にある大公補佐の執務室に珍しい男が、顔を出した。
ロダが侍従から客の来訪を聞かされた直後に扉が開く。国の重役であるロダの許可なく部屋に入るなど、無礼千万。彼女の機嫌次第では、姿を見せた途端吹き飛ばされても文句は言えない。
そんな命知らずの行為をした男は、部屋の主の意向など気に掛けた様子もなく飄々とした態度で部屋に入ってきた。
「なんだ。随分難しい顔してるじゃねえか。また親父に逃げられたか?」
挨拶代りのからかい文句を投げてきたのは、ロウ族出身の魔人フロウだった。
「父上の逃亡に始終目くじらを立てていたら、心労で禿げる。それよりどうした?お前が会議でもないのに黎慶宮に来るなど、暖かい日が続いているというのに雪でも降らせるつもりか?」
普段軍部から出てこないくせに、と言外に匂わせればフロウは小さく笑った。陸軍総統である彼は、当然のことながら一日の大半を軍部で過ごしている。鍛錬であるか執務であるかは日によって違うが、本館に姿を見せることはあまりない。それどころか、天煌宮にある自分の宮に戻らず軍務棟に泊まり込むこともざらだった。フロウに曰く、いちいち戻るのが面倒なのだそうだ。
部屋の東にある来客用のソファに断りもなく座った彼の前に、間をおかず執務室付きの侍女がセハラを出した。
セハラは清涼感のある薄紫色の飲み物だ。ロダが好むため執務室に常備されている。大体において接客にも用いられていた。
「面白そうな噂を聞いたんでな。本当かどうか聞きに来た」
「噂?」
「親父が、娘を迎えたってえのはまじか?」
もう伝わっているのか、とロダはため息をついた。
ユウノという名の第八公女が迎えられたことはまだ正式に発表されていない。それにもかかわらず噂は一人歩きしているらしい。
レジーナの異動が侍女たちから洩れたのだろう、とロダはあたりを付けた。大公の筆頭侍女として名を知られている彼女が任を外されれば、興味を持つなという方が無理だ。
ダラスはそれを狙っていたのだろう。新しい公女を周知させるために、自分が動かなくても周囲が勝手にお膳立てをするようにレジーナを使ったに違いない。
「それか。事実だ。名はおそらくユウノ。推定年齢約三百。出身地を含め出自は全て不明。父上にシークンとされて最低三十五年は経っている」
「なんだそりゃ」
曖昧としか言いようのないロダの説明に、フロウが呆れたような声を出した。
当然の反応だ、とロダは思った。彼女がフロウの立場だったら同じようなセリフを吐いている。
数日前、レジーナから侍女メイドの異動届がハーレイの下に提出された。ダラスの命の下、レジーナが作成した報告書を宰相から見せられたロダは久しぶりに驚いた。
ダラスの筆頭侍女と彼付きのメイド二名が、新しい公女付きになる。そのため手薄になる冥耀宮の侍女を補充するために、余剰のある部署から上級メイドを侍女メイドにするという内容だった。
そこで初めて、ロダはダラスが新しいシークンを作ったことを知った。
ロダだけではない。宰相のハーレイも聞いていなかった。正妃ウィスプですら寝耳に水、の状態だ。どういうことだ、とダラスに事の次第を問おうにも、彼自身は例のごとくふらり、と姿を消していて所在不明だ。
仕方なく部下に調査をさせたところ、上がってきた報告は驚くような内容だった。
何もわからなかったのだ。
本名、出身地、誕生日、年齢、種族と言った第八公女を形作った情報が一切見つからなかった。
分かったのは、彼女が洗濯メイドとして働き始めた三十五年前からの事くらいだ。それとて、最低限の情報しかない。
勤務態度は真面目だが、さして特出すべき点のない下級キンドレイド。
シークンとするくらいのキンドレイドが、力のない存在であるとは考えられない。
掘り下げさせれば、不当な扱いを受けていたらしいということが判明した。下級故か、総監メイド長の目も行き届いていなかったらしい。
更に、芋づる式に彼女の同僚が全てダラスのキンドレイドであり、能力的に下級メイドとして置かれているのがおかしいことも判明した。
レジーナから聞いた限り、ユウノの能力は初めからシークンとして名乗れるだけのものだった。
昨日直接見舞ったことで、ロダもその素質は認めた。洗濯係だ、ときっぱり告げたユウノは、ロダという魔人を前にして堂々と自分の意見を言うだけの度胸を持っていた。
ただのキンドレイドが魔人の中でも上位に入るロダと直接話す事など、普通なら無理だ。
ユウノと会った時、ロダはあえて魔力の制御をせず素の状態になっていた。同じ空間にいれば下級キンドレイドならば息苦しさを覚えるだろうレベル。
体調不良であるユウノは平然としていた。それどころか、言うべきことは言うとばかりにロダの顔をまっすぐ見た。
その時の生気に満ちた黒い目。下級キンドレイドだと信じ込んでいるにもかかわらず、一歩も引こうとしなかった態度。
ダラスに血肉を分け与えられる前から、きっと彼女の本質は変わっていないのだろう。この資質をダラスは気に入ったに違いない。『なるほど』と納得してしまった。
「父上のシークンであることに間違いはない。まだ取り込まれきられていなかった血肉の魔力が、父上の物だったからな。今の所あれ自身に害もなさそうだ」
「今のところ、ねえ」
頬杖をついてフロウが意味深な声音で復唱した。
「一度会っただけだからな。まあ、小細工ができるタイプではなさそうだったな。騙されやすそうな娘ではあったが」
「単純ってことか?」
「一言で言えばな。必要なことはレジーナが教育するだろう」
侍女が教育係ということはあまりない。しかし、長くダラスの筆頭メイドとして勤めてきたレジーナであれば、十分未熟な公女を育て上げることができるだろう。専門知識については、相応の教師を用意すればいいだけの話だ。
「親父も考えたな。レジーナを筆頭侍女にすれば多少正体が怪しくても誤魔化しがきく。大公の意思に表だって逆らおうなんて馬鹿はそうそうでねえからな」
「ああ……」
ロダがうっかり出した沈んだ声を、フロウは聞き逃さなかった。
「どうした?気がかりでもあるのか?」
「その馬鹿が出たんだ」
明らかにおかしい扱いを受けていた洗濯メイドたちの事を教えると、フロウが難しい顔を作った。
ダラスのキンドレイドを勝手に連れ去った犯人に心当たりのある存在を思い浮かべているのだろう。
「しばらく面倒が続きそうだな」
「早々に片づけるさ。余計な仕事を増やすのは好きではないんだ」
「だろうな」
常にダラスが片づけなければならないような案件を代理で捌いているロダだ。
少しでも仕事を減らしたい、と思うのは当然だろう。
「軍の方は洗っておく。ったく。本来はアーロンがやる事だぜ」
第二公子にして軍務大総統であるアーロンは、三年ほど前から行方不明だ。どこで遊んでいるのか知らないが、彼の尻拭いの大半をフロウがぬぐう羽目になっている。
「それを言うなら、こちらは父上が片づけるべき案件だ。変わるか?」
「冗談じゃねえ。一日中机と仲良くするなんて趣味じゃねえよ」
フロウは、セハラを一気に飲み干し立ち上がった。冗談ではなく、ロダは忙しい身だ。
あまり長居をするべきではないことくらいは、彼も承知をしている。
「ま、がんばれよ」
「ああ」
軽く手を上げて出て行ったフロウを見送ったロダは、机上に積まれた書類に手を伸ばした。
いつもの通り、山となっている書類にげんなりする気持ちは隠せない。
加えて、第八公女の件。
しばらく、ゆっくりすることはできないかもしれない、と思わず天井を仰いだロダだった。
おまけの登場人物紹介
アーロン
ダラスの第二子。第二公子。ベタル。
母親は第一世代ベタル。
軍のトップである軍務大総統。
現在、城を出奔中。
ドリーン
ダラスの第七子。第四公女。
ベタル(準魔人)。
母親は人魚族。
海軍総統。
普段は国の南にある海軍基地にいる。
リックス
ダラスの第八子。第四公子。
ベタル(準魔人)
母親は第二世代ベタル。
空軍総統。
普段は国の西にある空軍基地にいる。
作中に名前だけでてきたヒトたちでした。