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1.レジーナの失敗

 

 主のいない寝室で、レジーナは黙々と掃除をしていた。本来ならば掃除メイドの仕事だが、現在暇を持て余している彼女には他にやることがない。

 無駄に広い冥耀宮めいようきゅうには普段使われない部屋もたくさんある。隅々まで掃除をしていれば、適当に時間を潰すことができる。


 レスティエスト公国大公ダラス=レスティエストの筆頭侍女ともなれば、本来ならば多忙を極めていてもおかしくはない。しかし、彼女が仕事に追われるようになる率は非常に低かった。

 侍女メイドは滅多に配置換えが行われず、ベテランぞろいの部署である。己の仕事をわきまえているためそうそう面倒は起こらない。実質侍女メイドのトップにいるレジーナの手を煩わせるような事態になる前に、各々がうまく解決してしまうのだ。

 それに加えて、彼女が世話をするべき存在は長の不在ときている。ここ数十年はその傾向が強く、宰相や大公補佐、それに正妃たちは仕事が溜まる、と頭を悩ませている。

 レスティエスト公国が建国されて六千年。その長い月日を大公として過ごしてきたため、飽きが来たのだろうというのが、彼に近しい者たちの共通した意見だった。


 レジーナもそう思う。彼女が生まれたのは二千年ほど前の事。その時にはすでにレスティエストという国は完成されていて、それなりに平和な時を刻んでいた。

 レスティエスト公国が建てられる前、世界は一人の魔人によって統一されていたらしい。ダラスもその魔人に仕えていた。強大な力を持つ君主の下に統治されていた国が崩壊したのが、六千年より前の事。大きな大戦が起こり、国は亡び君主も命を落としたという。その後、大小さまざまな国が五つの大陸に乱立した。その中でも強大な国として名を上げているのがレスティエストとほかの四大陸に建国された四つの国だった。

 それぞれの君主が大公を名乗っているため彼らは五大公と呼ばれている。五大公の他に、大公を名乗る者はいない。それ以上に“王”を冠しようとする者も存在しない。王は、大戦前に世界を総べていた魔人だけが名乗ることを許されるのだというのが、この世界の常識となっている。

 故に、王と大公を名乗れない他の国の君主たちは、専ら大侯や元首という称号を用いている。各国の君主たちが王や大公位を名乗ることを忌避する理由は簡単だ。

 「王」と「五大公」は魔人の中にあっても存在そのものが異質、と言えるほど強い。五大公がその気になれば、彼らが住む大陸を統一することなどたやすいだろう、と言われている。それをしないのは、なぜなのか。

 誰もが首をかしげるが、ダラス大公に関してはレジーナは確信をもってこう言える。


 面倒なのだ。彼は国を治めることに煩わしさを感じている。


 千七百年以上を彼の侍女として勤めてきたレジーナは、ダラスがレスティエスト公国を納めることに意欲を失っていることに気付いていた。

 やる気が全く感じられないのだ。ただ、あまりある時を惰性で過ごしているとしか見えない。


 ハーレイに大公位を譲ることができればいいのだろうが、そうもいかない。ハーレイでは他の五大公に劣る。五大陸のバランスを考えると、形だけでもダラスが国主である必要があった。それを分かっているのか、どれだけフラフラしていてもダラスは最低限、必要な時には必ず姿を見せた。


「ダラス様は、何を考えていらっしゃるのかしら」


 どれだけ長く仕えていても、レジーナには主の心の裡は全く見えない。悔しいとは思わないが、もどかしいと感じることはある。

 彼の考えていることが分かれば、もう少しうまく立ち回って現在の筆頭侍女の地位を返上できるのに、世の中うまくいかない。

 全メイドたちの憧れともいえる大公の筆頭侍女。

 レジーナは、うっかり初めのころに反抗的な態度をとったがために、嫌がらせでその職に就けられた。おかげで、大公を崇拝する周囲のメイドや側近たちのやっかみは酷かった。負けるものか、と踏ん張った結果、いまだに異動される気配ではない。

 適当に放置されていたメイドたちの整理を徹底して行ったことを評価されてしまったらしい。

 以来、メイドの自分を除くメイドの配置についてはそれが正妃付きであろうと口を出す許しを得てしまった。


 やはり運のつきと言えるのは、あの時だ。


 レジーナはレスティエストの南にある小さな村で生まれた。広大な土地は周囲を高い山に囲まれた辺鄙な場所で、訪れる人もあまりいない。これといった特産物もなく、農耕をして日々の糧を得ていた。レジーナの故郷と同じような村が、あの土地には他に三つあった。

 千九百六十三年前。その地を異常気象が襲った。まずは日照り。それにより、その年の作物はほぼ全滅した。次に嵐。森林が押し流され、河は反乱した。水は蘇ったが、畑は作り直しだった。とどめが、数十年に一度降ればすごいと言われる雪が、降ったのだ。それは吹雪となってレジーナたちを襲った。豪雪は山向こうへとつながる道を全て塞いだ。それが一年ならばなんとかなっただろう。しかし、同じような状況が三年続いたのだ。

 魔力の低いレジーナたちには、山を越えられるだけの転移術を使うこともできなかった。

 食料が底をつき争いが起きるのは当然の成り行きだった。四つの村は自分たちの村を生き延びさせるために、他の村を犠牲にすることを考えた。

 もはや限界だった。弱いものは力尽きて死んで逝き、次は自分か、と怯えるような日々。

 一触即発の間際になって、彼は来た。

 塞がれた道を開き、支援物資を運んできた兵たち。聞けば、国の全土が同じような異常気象に見舞われていたという。加えて、レジーナたちの土地を納める領主が辺鄙なこの場所の事を放置していたがために、助けが遅れた。

 そのことを知ったレジーナは、つい言ってしまったのだ。


 何の気まぐれか、救援物資を持ってきた兵を率いてきた大公に対して、来るのが遅い!!と。


 いくら大公だったとは知らなかったとはいえ、相手が魔人であることは分かった。彼の発する魔力に体は悲鳴を上げていたが、それ以上に苦しかった感情が爆発してしまった。放置されていたことが悲しく、そんな領主を据えていた国に腹が立った。


 それを正面から受けた大公は。

 にやり、と口端を上げてレジーナに言った。


「いい拾いものだ」

 

 その時全身を駆け巡った悪寒は今でも忘れられない。その場で大公に、手首の血をたっぷり飲まされ、気づいたら侍女にされていた。

 段階も全てすっ飛ばしていきなり大公の侍女。現実逃避をした彼女を待っていたのは、大公の侍女として恥ずかしくないように、という地獄のような教育だった。

 そして、様々な経緯を経て二百年ほどして筆頭侍女になった時にレジーナは、つくづく自分の迂闊さを後悔した。

 

 


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