戦争は終わらない。
1944年 6月
インド帝国北東にて
冷たい地面に横たわる男がいた。
男の名は、篠原総司。
この戦場にて、隊を率いて作戦を実行していた男である。
彼の脇腹に突き刺さる、鉄の塊。
じんわりと暖かな感覚が広がり、それに比例するように体の力が抜けていく。
(……ここまでか。)
「……。」
『必ず帰る。』
(――嗚呼。)
(なんと、情けのない。幕引きだ。)
(……俺は、一度たりとも。)
(……おまえ……に……。)
重くのしかかる瞼を閉じる。
意識が途切れ。
再び、目を見開いたその先には。
先ほどの荒野とは打って変わって。空の上のような景色が広がっている。
「……死後の世界、か?」
急激な景色の変化。
総司が辺りを見回していると――。
「半分正解。半分は、不正解です。」
声の方へと振り向くと、そこにはブロンドの髪を靡かせる女性が居た。
(……西洋人?)
「……こんにちは。随分と、日本語がお上手なのですね。」
「ああ、いえ。私が発している言葉は、貴方の世界の言葉ではありません。」
「意思疎通の取れるよう、こちらの方で手を加えさせていただいているのです。」
「……。」
総司は、静かに女性を観察する。
「そう警戒なさらないでください。害意はありません。」
「……単刀直入に話します。」
「もうお察しかもしれませんが。貴方は既に亡くなっています。」
「そして、私は亡くなった貴方の魂を呼び出させていただきました。」
「貴方に、ある任務を依頼するために。」
「……その前に、一つ。」
「貴方は、何者だ?魂を呼びだすと言っていたが。そんなことが可能なのか?」
「……私は、異世界の管理を担う神々の一柱、ネルファと申します。」
「魂への干渉は、可能です。神々の力の一端とお考えください。」
「……なるほど。」
(信じがたい話だが……この空間のことを思えば、そうと仮定して話を聞くほかない。)
「……確認に時間を割いた。申し訳ない。感謝する。」
「話を戻します。」
「私が貴方に依頼する任務。その内容は――。」
「我々の管理する世界に君臨する魔王。その抹殺です。」
「……抹殺。」
「――なぜ?」
「貴殿らが真に神だというのなら。魂に干渉するような力があるのなら。」
「貴殿らが魔王に手を下せば良い。なぜ、わざわざ俺に?」
「……その疑問はごもっともです。ご説明いたしましょう。」
「我々は、この天界と呼ばれる我らが領域においてでしか、力を発揮できないのです。」
「地上に降り立てば、神々の権能も使えず、人並み。もしくはそれ以下の力しか持ち得ない。」
「故に、我々は天界にて我らの力の一端を授け、地上へと派遣することしか叶わぬのです。」
「……加えて聞きたい。」
「なぜ魔王を狙ってらっしゃる?魔王を殺すことに、私に利点はあるのか?」
「……魔王は。」
「かつて、神の一柱でした。」
「ですが、ある日禁忌を犯し神々の力を盗み地上へと亡命。」
「地上に生きる人々を蹂躙し始めたのです。」
「故に、我らはかつての同胞として彼を止める責務がある。」
「故に、貴方のように死した魂に交渉を持ちかけています。」
「先ほど、利はあるのか。相互質問されましたね。」
「魔王を討伐した暁には、」
「あらゆる願いの成就を約束致しましょう。」
「……あらゆる。」
「それは――。」
「私の元いた世界に戻る。生き返ることも可能なのか?」
「無論。その程度であれば容易く。」
「……。」
(あまりにも、法外な報酬だ。)
(となると――。)
「……魔王にはだいぶ手を焼いている、と。」
「……ご明察です。」
「かつて、多くの死者に呼びかけ、我らの力の一端を託し、彼らを送り出しました。」
「ですが、誰一人として魔王の元に辿り着いたものはいないのです。」
「……魔王も神であるのなら。魔王も無力なのでは?」
「……確かに、彼は、戦う力を持ちません。」
「しかし、彼は他者に力を与えることができる。」
「魔王の軍勢の中でも、彼に力を与えられた選ばれしもの。」
「四天王と呼称される四人の精鋭が、魔王を守る盾となり、敵を屠る矛となっているのです。」
「……我々も、貴方に力の一端を授け送り出します。」
「が、そうして送り出した転生者たちも皆敗れてしまいました。」
「これを踏まえた上で、お聞きします。」
「異世界へと赴き、魔王を抹殺する。」
「この任務。お受けいただけますか?」
『修司。』
『そんな顔をするな。』
『……はい。』
『……大丈夫だ。必ず帰る。』
『帰ったら、共に飯を食おう。』
『……はい。』
『兄さん。お気をつけて。』
「……。」
「こちらの望んだ願いは必ず叶えるのだな?」
「……内容にもよります。ですな、先ほど申された元の世界に戻る。生き返る程度のことであれば、必ず。」
「ならば構わない。」
「受けよう。」
「……ありがとうございます。」
「では――。」
「貴方に、我らの力を授けましょう。」
総司は眩い光に包まれ、光は総司の体の中へと入り込んでいく。
「貴方に授けたのは、【複製】」
「一度触れたものであれば、全く同じものを複製することを可能とします。」
「魂を持つものは複製できませんが……強力な力だと心得ています。」
「……【複製】」
(――本気で言ってるのか?)
(それが真実であるのなら、戦場の全てがひっくり返る。)
(無限に弾薬や石油を補給できる――。どころか、戦争をする意義すら失う力だ。)
「健闘を祈ります。」
再び総司の姿は光に包まれ。
消える。
「んっ……。」
眩い光が晴れ、目を開けるとそこは――。
途方もなく青い空。緑の平原。
その奥には、活気づいた街の姿がぼんやりと見える。
「……ここが。」
「異世界か。」
魔王を抹殺し、願いを叶える。
篠原総司、2度目の人生。
否。
――2度目の戦争が始まる。




