死に戻り令嬢、今回は暗殺者に媚びて生き延びようとしたら、彼も一緒にループしていて逃げ場がありませんでした
――まただ。 また、私の首が飛んでいる。
ゴロン、と視界が回転し、地面に転がった自分の体と、泣き叫ぶ群衆が見える。
(通算五度目の死、完了……! って、いい加減にしろぉぉぉ! もう慣れたわよ、首が飛ぶ瞬間の『あ、冷たっ』って感覚!)
断頭台の冷たい感触が、脳裏に焼き付いたまま意識が引き戻される。
気がつけば、私はいつもの自室、柔らかなベッドの上に立っていた。死ぬ一ヶ月前の定位置だ。
一回目は毒殺。二回目は馬車。三回目は冤罪からの処刑。四回目は……ええい、思い出しても腹が立つ! どうあがいても、私は一ヶ月後には事切れる運命なのだ。
ついでに、この死に戻りのおかげのエラーなのかバグなのか何回目かのタイミングで前世の記憶まで戻っちゃって、前世の分も入れたら私は何回死んでるのよ。
1番近い前世なんて社畜の上カフェインの摂りすぎで死んでるわ……可哀想に…
ふぅ……
私は一息ついて
「でも、共通点はあるわ」
私はベッドの上で拳を握りしめた。
どの死の瞬間にも、必ず視界の端に映る影がある。
真っ黒な装束に身を包み、血反吐を吐くような絶望の顔で私に手を伸ばす、あの暗殺者だ。
「あいつ……名前はゼノ。たしか、私を暗殺しに来るか、あるいは王家の影として私の処刑を見届ける役目のはず」
窓の外、夜の帳が下りた庭の木陰。
そこには、プロの暗殺者にしか分からない「かすかな気配」があった。
普通の令嬢なら怯えるところだが、五回も死んでいる私は、もはや「死」に対してコンプライアンス意識が欠如している。
(あいつを味方にすれば、少なくとも暗殺は防げる。それに、あいつの戦闘力があれば処刑台からも逃げ切れるはずよ!)
私は窓を勢いよく開け放った。
冷たい夜風が入り込むのと同時に、木陰の気配がビクッと揺れる。
「そこのあなた! 隠れてないで出てきなさい!」
木の上で影が固まる。私は身を乗り出し、驚愕で目を見開く(であろう)暗殺者に向けて、全力の笑顔で人差し指を突きつけた。
「死ぬほどタイプなの! 一目惚れよ! 今すぐ暗殺なんて辞めて、私と結婚してちょうだい!!」
「…………っ!? え……?」
木の上から、ドサッ! という情けない音とともに、真っ黒な装束の男が転げ落ちてきた。
庭の芝生に尻もちをついた男――ゼノは、仮面の奥で目を白黒させている。
「な、何を……おっしゃって……」
「聞こえなかった!? あなたのその、闇に溶けるようなストーカー気質……じゃなくて、ミステリアスな雰囲気に惹かれたのよ! さあ、今すぐ私の部屋に上がりなさい!夜通し私たちの『契約結婚(もとい今後の新婚生活)』について語り合いましょう!」
「……っ……ぁ……」
ゼノは顔を真っ赤にし(ている気配を見せ)、あわあわと手を動かしている。
(よし、チョロい! 暗殺者なんて言っても、所詮はうぶな童貞ね! このまま私の「私設警備員兼夫」として雇用して、処刑エンドを粉砕してやるわ!)
この時の私は、まだ知らなかった。
彼がなぜ、そこまでうぶな反応を見せたのか。
そして、暗殺者が「暗殺者に一目惚れした令嬢」をどう扱うのが正解だと考えているのかを――。
庭に落ちて呆然としているゼノに、私はスカートの裾を翻して駆け寄った。
今ここで、この最強の戦力を確保しなければ私の首はまた飛ぶ。必死なのだ。
「暗殺なんて薄給で物騒な仕事、今すぐ辞めて私の私設騎士兼夫になりなさい!
お給料は今の三倍、有給休暇完備、福利厚生として私の直筆サイン入りブロマイドも付けてあげるわ! なんなら毎日、至近距離で私の顔を拝める権利もセットよ!」
我ながらブラック企業のスカウト顔負けの条件を叩きつける。
ゼノは地べたに座り込んだまま、ゆっくりと仮面を外した。現れたのは、夜の闇も震えるほどに整った、けれどどこか「空虚」な美貌。
「……エルゼ、様……。それは、本気……ですか? 僕を、あなたの隣に置いてくれると?」
「ええ、本気よ! だからさっさと契約書(婚約届)にサインしなさい!」
ゼノの瞳が、内側から発光したかのような異様な光を宿して揺れた。
口元には、三日月のような、歪で、けれど陶酔しきった笑みが浮かぶ。
(あれ? なんか思ったより食いつきが良いわね。チョロいわ。やっぱり美少女(私)の逆ナンは最強だわ。これなら今回の人生、イージーモード確定じゃない!)
ガッツポーズを決めようとした私の手首を、鉄の枷のような力でゼノが掴んだ。
「……やっと、言ってくれた。五回目。……五回目の人生で、ようやく君が僕に手を伸ばしてくれた……!!」
「……は? 五回目? あなた、今なんて――」
聞き返そうとした瞬間、視界が上下反転した。
ゼノが私を抱き寄せたまま、芝生の上に押し倒したのだ。
震える彼の手が私の腰をガッチリと固め、耳元で熱い吐息が漏れる。
「そうだよ。君が毒を飲んだ時、僕は時間を巻き戻した。馬車に轢かれた時も、冤罪で処刑台に送られた時も、僕は僕の心臓を対価に、時を戻し続けたんだ……!」
「……え、ちょっと待って。心臓を対価って、それ、めちゃくちゃ重くない!?」
「君が死なないように、裏で料理人を全員暗殺して入れ替えた! 暴走馬車を御者ごと細切れにして始末した! ……それでも君は、僕が目を離した隙に勝手に死ぬんだ! どうすればいい? ねえ、どうすれば君を、永遠に僕の檻の中に閉じ込めておけるのか……それだけを考えて、僕はもう気が狂いそうだったんだ……!!」
ゼノの瞳には、熱い涙が浮かんでいる。
それは慈愛ではなく、獲物を絶対に逃がさないという狩人の、そして崇拝対象に触れてしまった狂信者の悦楽だった。
「…………(白目)」
あ、これ、アカンやつだ。
味方につけようとした男は、私と一緒にループしていたどころか、ループの**『主犯(原因)』**だった。
(私の考えた今回の生き残り計画……こいつと実行するの……(白目))
「……待って。ゼノ、あなたがループしてたのは分かったわ。でも、私にも考えがあるのよ」
私は押し倒されたまま、至近距離にあるゼノの美貌を真っ直ぐに見つめ返した。
恐怖? いいえ、あるのは「どうすればこの処刑を回避できるか」という算段だけだ。
「今回の人生で、私はある仮説を立てたわ。……運命っていうのは、予測可能な範囲でしか動かない。なら、これまでの人生で一度も起きなかった『イレギュラー』を無理やりねじ込めば、システムエラーを起こして死ぬ運命を覆せるんじゃないかって」
「……イレギュラー?」
ゼノが怪訝そうに眉を寄せた。私は彼の手を自分の腹部に導き、大真面目に言い放つ。
「そうよ。例えば――今すぐあなたの子を身籠もることよ!!」
「っな……!?」
「これまでの四回、私はずっと清らかな処女のまま死んだわ!
でも、もし今この瞬間に私が妊婦になったら?
処刑台に妊婦を送るなんて、いくらこの国の倫理観がガバガバでも、さすがに歴史のバグが起きるはずよ!さあゼノ、私の生存ために、今すぐ一肌脱ぎなさい!」
これぞ社畜の最終手段。
死ぬのが嫌なら、死ねない状況を物理的に作り出す。命がけの「できちゃった婚」作戦だ。
しかし、私のこの合理的(?)な提案を聞いた瞬間、ゼノの瞳の温度が、スウ……と数百度跳ね上がった。
「……なるほど。僕との子供を作れば、君は死なないし、一生僕から離れられなくなる……」
「え? あ、いや、そこまで重い話じゃなくて、あくまで運命のバグを――」
「素晴らしい考えだ、エルゼ。……やっぱり君は、僕に愛されるために生まれてきたんだね。いいよ、君が望むなら、今この場所で、何度でも、君が壊れるまで僕の愛を注ぎ込んであげる……!!」
「ひゃっ!? あ、ちょっと待って! 今のなし! 今のなしよ!!」
(……あ、これ、言っちゃダメなやつだった。火に油どころか、爆薬の中に松明を投げ込んだわ私!!)
※※※
そんな私のツッコミも虚しく、気がつけば私は、地図にも載っていない山奥の豪華な別荘に運び込まれていた。
「ゼノ、あのね……。私、処刑さえされなきゃ良かっただけで、山籠もり(監禁)したいとは一言も言ってないんだけど……」
私が抗議すると、ゼノは困ったような、けれど酷く艶っぽい笑みを浮かべて、私の手首にカチリ、と「何か」を嵌めた。
それは、大粒のダイヤモンドが散りばめられたブレスレット――から繋がる、細くて頑丈な銀の鎖だった。
「何を言っているんだい、エルゼ。……『イレギュラーを起こして、僕との子が欲しい』って言ったのは、君じゃないか。外は危ないよ。君の体には今、僕との大事な『運命のバグ』が宿っているかもしれないんだから」
「…………(※自分の発言を音速で後悔中)」
「君の安全も、健康も、自由も。……そして君を愛でる権利も。全部僕が、一生かけて独占してあげる。もう二度と、君に『死』なんていうバグは許さない」
ゼノに抱き寄せられ、逃げ場のないベッドに押し込まれる。
至近距離で見つめてくる彼の瞳は、五回分の人生の執着に「パパになる自覚(狂気)」が加わった、逃げ場のない熱を帯びていた。
「さあ、続きをしよう。……運命が完全に書き換わるまで、何度でも、君が壊れるほど注ぎ込んであげるから」
「…………」
(あ、見て……。天井の梁の木目が、だんだん『詰み』っていう漢字に見えてきたわ……。あ、あそこを歩いてるアリさんのほうが、よっぽど自由な人生を謳歌してるわね……)
五度目の人生。
私はたしかに、断頭台(処刑エンド)を回避した。
その代わりに、死ぬまで逃げられない「ストーカー暗殺者の飼い鳥エンド」という名の、二十四時間体制の子作り(強制)ブラック終身雇用に、無事再就職を果たしたのだった。
「愛しているよ、エルゼ。君が望んだ通り、一生、離さないからね」
耳元で囁かれる甘い呪い。
(誰か……誰でもいいから、不用意な発言の撤回方法と、ホワイトな転職先を、、、)
私の魂の叫びは、ゼノの満足げな、そして止まることのない抱擁によって、本日も平和に(?)かき消されるのだった。
【後日談】
――あれから一年。
私がかつて、四回も連続で首を飛ばされていた「運命の処刑記念日」は、拍子抜けするほど穏やかに過ぎ去った。
理由は簡単だ。ゼノが私の周辺の「不安要素(人間)」を文字通り一掃したこともあるが、何より私が、物理的に処刑台に登れる状態ではなかったからだ。
「……見て、ゼノ。私のお腹、もうパンパンよ。これじゃ断頭台の階段どころか、玄関の段差も登れないわ」
そう。あの夜、私がヤケクソで提案した「イレギュラー(妊娠)による運命のデバッグ」は見事に成功した。
お腹に宿った新しい命は、世界の理を書き換えるほどの重みを持って、私をこの世に繋ぎ止めたのだ。
そして無事に出産を終えた後、ゼノは意外なことを口にした。
「エルゼ、君の体調と子供の健やかな成長を考えたら、やっぱり実家で子育てをするのが一番安心だよね。僕の部下も全員、実家の周りに配置し直しておいたから」
かつての「別荘監禁」はどこへやら。ゼノは私の心身の健康を第一に考える、超・有能な(けれど相変わらず重い)夫へと進化していた。
実家へ戻ると、父も母も「ゼノ殿がいれば我が家は鉄壁だ!」と、もはや私よりもゼノを信頼し、手厚く迎えてくれた。
……それから、さらに数年後。
「ママ、見て! パパに暗殺の基本(※かけっこ)を教わったよ!」 「ママ、私はパパに隠密行動(※かくれんぼ)を習ったわ!」
実家の広い庭を駆け回るのは、元気いっぱいの四人の子供たち。
そう、ゼノは「イレギュラーは多い方が、運命のバグは起こしやすいよね」という謎理論で、私に四回も子宝を授けてくれたのだ。
気づけば私は、死の運命を回避したどころか、最強の護衛と、愛する子供たち、そして両親に囲まれた、安心安全・最高難易度の「幸せな奥様」という地位を確立していた。
「エルゼ、お疲れ様。……庭でみんなが待っているよ。今日の夕食は、君が好きなものを僕が作ったんだ」
後ろからゼノに抱きしめられ、首筋に優しいキスを落とされる。
相変わらず彼の愛は重く、視線は独占欲に満ちているけれど、不思議と嫌な気はしない。
「……ゼノ。あなた、本当に過保護なんだから」
「当然だよ。五回も君を追いかけて、ようやく手に入れた家族なんだから。……死んでも離さないって、言っただろう?」
彼の瞳に宿る執着は、今や「家族への献身」という名の光に変わっている。
「…………(※幸せすぎて白目)」
社畜時代の知識によれば、これは完全なる「勝ち組ホワイト企業への永久就職」。
五度目の人生、私は最高にヤバい男を捕まえて、最高に平和な未来をデバッグすることに成功したらしい。
私の日常は、ゼノの満足げな微笑みと、駆け寄ってきた子供たちの笑い声によって、今日も平和に、甘く飲み込まれていくのだった。
一か月くらいあれば着床くらいするよね?




