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第8話 魔物の声を聞く者

「そういえば海永さん。あの時、海魔と何か話していませんでした?」

「え?」

「あたしの見間違いでなければ、海魔に向かって何か言っているようでしたけど」


 海聖の一瞥を受けて雄仁は驚愕した後、視線を逸らし重々しく答えた。


「海魔の声が……聞こえたんです」

「声?」


 海聖同様、両組織の幹部たち三人も胡乱な目つきになって雄仁を見据える。


「声、というよりテレパシーと言ったほうが適切かもしれません。信じられないかもしれませんが、僕の脳内に直接訴えかけるように海魔からと思しき言葉が響いてきたんです。いま思えば、彼らとの対話も〈海〉の星術の一種なのかもしれません」

「それで、海魔は何と」


 雁金が問うと、雄仁は刹那の沈黙の後、ためらいがちに口を開いた。


「『王よ。貴方の帰還をお待ちしていた』と」

「王……?」


 海聖が鸚鵡返しし、浄土も「どういうことなの」と顎に手を添えて思案する。


「僕も浄土さんと同じように聞き返したんです。王とはいったいどういうことかと。でも、そこから海魔の〈声〉が途切れ途切れになってしまって、いくつかの単語しか聞き取れませんでした」

「覚醒したばかりで、星術も不安定だったというわけか」


 聖剛の言葉に「おそらく」と雄仁は頷く。


「僕が聞き取れたのは『記憶』『数千年』『目覚め』。この三つだけです。その後は阿辻さんが助けに来てくれて海魔はみんな討伐されたので……」

「なるほど」


 雁金は相槌を打つなり立ち上がり、雄仁の前まで歩み寄った。


「どうやら君が得た力は、我々が解明できていない多くの謎を解き明かす可能性を秘めているようだ。君が星術を極めればわかることも多いだろう。となれば、まずは君が星術師としてできることを増やすことが先決だ」

「はい」

「浄土。彼に付き添って星術の手ほどきを」

「承知しました」


 ――なんか、すごいことになったなぁ。


 他人事のように思いつつ、海聖は彼らに背を向けてしれっとその場を離れようとする。


「待て」


 だが、またもや制止の声が降りかかった。

 煩わしい雑音が鼓膜を震わせ、海聖は辟易した面差しになって振り返る。


「もうあたしに用はないでしょ。状況報告は済んだし、海永さんのことも完全にMNSRIの案件になったんだから、これ以上あたしが出る幕はない」

「お前は今日から騎士団に戻り、海永君の護衛につけ」

「……は?」


 何寝ぼけたこと言ってんだ、このじいさんは。


「賢者に護衛をつけないわけにはいかないだろう。海魔に狙われない代わりに一部の人間の標的となるのだから」

「それくらいわかってるよ。なんで騎士でも何でもないあたしが護衛をしきゃいけないの。ていうか、もともと海永さんについてた騎士がいるでしょ」

「実は僕、一週間前に賢者になったばかりで、まだ騎士の方がついていないんです」

「え、そうだったの?」


 賢者は研究のために各海域や地区、場合によっては他国の領土領海に赴くため、賢者一人につきバディとなる騎士が一人つく。それゆえ〈CDM〉と〈MNSRI〉は切っても切り離せない強力な互助関係にあった。


「だからお前が護衛騎士として適任だと判断した」

「冗談じゃない。そんなの、他の騎士にやらせれば――」

「彼の力があれば、黒竜を見つけ出せるかもしれないぞ」


 海聖は瞠目し、言葉に詰まった。

 そうかもしれない。一瞬とはいえ、憎悪する祖父が提示した可能性を肯定してしまった。


「海魔の声を聞くことができるということは、海魔との繋がりを持つことができるということだ。星術の使い方次第では、お前が探し続けている海魔を見つけることも可能だろう」

「僕が、特定の海魔を見つける……」


 本当にそんなことができるのだろうかと、雄仁はふと自身の手のひらに視線を落とした。

 対して海聖は歯噛みしながら反駁する。


「……そんなの、まだわからないでしょ」

「たった一人でできることなど限られている。お前の小さな両手で救える命はほんの一握りだということを忘れるな」

「……救えたはずの命を見捨てたあんたに言われる筋合いはない」


 凄みを利かせて憤怒を露わにする海聖に、雄仁は畏怖せざるを得なかった。一挙手一投足、己の発言にすら神経を張り巡らさなければならない緊迫した状況に、ただただ気圧された。

 これで終いだと言わんばかりに、海聖は強制的に話を切り上げて支部長室を後にした。


 緊迫した雰囲気のなか終始やり取りを見守っていた雄仁はおずおずと言う。


「別の方に頼んだほうが……」

「いや、君には必ずあの愚孫を付けさせる。態度こそ生意気だが、あれでもかつては最年少で海域長を務めた元騎士だ。〈青海の女王〉の血を受け継いでいる以上、その力は貴重な人材に使わなければならない」

「〈青海の女王〉……。阿辻凪さんですか」

「やはり君も知っていたか。誰がそのような聞こえの良い異名を付けたのかはわからないが、私にとってあの女は殺戮人形同然だった。母と違ってまだ感情はあるものの、あれも同じ存在と言えよう」


 淡々と述べて、聖剛は腰を持ち上げた。


「そろそろ失礼する」

「会合はもうよろしいので?」


 浄土が尋ねるなり、聖剛は「ああ」と首肯する。


「君たちが来る前に話し合いは終わっていた。ちょっとした世間話をしていたに過ぎない」

「送ろう」


 隣を通り過ぎた聖剛に雁金が声をかけ、彼の背を追った。

 聖剛はドアノブに手をかけたまま振り返る。


「君の心配は杞憂に終わる、海永君。さっきは反発していたが、いずれ愚孫は自分から君の護衛につくことになる」

「そう……でしょうか」

「ああ。だから何も案ずることはない。君はいま自分がなすべきことをしたまえ」


 今後の活躍を期待している。


 そう言い残して、威厳ある老騎士は退室した。雁金も彼に続き、室内は静寂に包まれる。

 雄仁の緊張と懸念を拭うように、浄土は彼の肩に手を添えた。


「いろいろと疲れたでしょう。アタシの部屋に戻って休みなさい。美味しいケーキがあるからごちそうするわ」

「……ありがとうございます」


 浄土の厚意に甘え、雄仁は彼と一緒に支部長室を後にした。

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