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第7話 祖父と孫娘の睨み合い

 MNSRIでは星術師に関する研究も行っている。


 人間を襲う海魔がなぜ彼らだけは標的としないのか。その謎を解明できれば人類の平穏も夢ではないと賢者たちは躍起になっているが、いまだ大きな進展はない。

 だが、新星の誕生により、今後の研究が著しい変化を遂げるであろうことは想像に難くなかった。


「……うん。やっぱり、海聖ちゃんの推測通り海王星の権能で間違いないと思うわ。本人の星術を見てみないことにはまだ断定はできないけれど」


 賢者の白衣をまとった長身の美女が雄仁の星印を観察して言った。

 長い金髪を結わえ、右肩に垂れ流している。ブラウスとループタイ、ダークブラウンのロングスカートが清楚な印象を与えるが、女性にしてはやたら恰幅の良い体躯と低い声がかの賢者の真の性別を物語っていた。


「でもまさか、アタシが生きている時に新しい星術師をお目にかかれるとはねぇ」


 MNARI日本支部・支部長補佐、浄土じょうど義斗よしと。星術学を専門としている賢者で、当代の〈土〉の星術師でもある。


 雄仁の身に宿っている力が本当に海王星のものであるかを確認すべく、海聖は雄仁を連れてMNARIの本部へと向かい、星術師の一人である彼女――いや、彼のもとを訪ねたのだった。


「星術師って、確か政府に届け出みたいなのを出さなきゃいけないんだっけ? 義兄よしにい

「もう、義姉よしねえって呼んでっていつも言ってるじゃない。そうよ。星印が確認できれば正式に星術師って認められて、国への奉仕を誓わされるかわりに多額の助成金や警視庁の警護を受けられるようになる」


 通常の人間には持ちえない特殊な力というものは、いつだって争いの種となる。星術を悪用せんとする悪徳な輩が跋扈するのが世の常であるため、国家の監視下におかれることが決まっていた。日本だけでなく世界各国でも同じ措置が採択されている。


「あくまで本人の申告があって初めて国が動くわけだから、申告せずに素性を隠し通す人もいるわ。国が非常事態になった場合の強制援助とか、警視庁の監視とか、プライベートを侵害すうることのほうが多いからね」

「でも、義に……義姉はちゃんと申告したんでしょ」

「最初のうちは星術をうまくコントロールできないから、隠したとしても力を持ってるって周りにバレちゃうケースがほとんどなのよ。それに申告しなかったら刑務所行き、国の宝が一転、大犯罪者になっちゃうわ」

「大犯罪者? 申告しなかっただけでですか」


 雄仁が問うと、「ええ」と浄土が首肯する。


「私利私欲のために自分の力を振るう恐れもあるから」

「……なるほど」


 重く相槌を打った雄仁に、浄土は彼の肩を軽く叩いた。


「最初こそ自分と周囲の環境の変化に戸惑うでしょうけど、だんだんと慣れてくるわ。まずは雄仁ちゃん自身が星術をコントロールできるようにしましょう」

「はい」

「大丈夫! 先輩であるアタシがしっかりサポートするから」


 上司のウインクに、雄仁は「よろしくお願いします」と深々と頭を下げた。


「じゃ、あたしは帰るから。海永さんのことよろしく」

「よろしくじゃないわよ」


 浄土に襟首を掴まれ、海聖は強引に後ろへ引っ張られる。


「ちょっ、何すんのさ!」

「さ、海聖ちゃんも一緒に行くわよ」

「行くってどこに」

「支部長のところよ」




     *****




 浄土に無理やり連れていかれ、海聖と雄仁は支部長室に足を踏み入れた。が、海聖はすぐさま踵を返して退室しようとする。


「待ちなさい」


 浄土が海聖の逃走を制止するので、彼女は地を這うような低声で彼を睨めつける。


「聞いてないんだけど」

「そりゃあ、言ってなかったからね」

「何、新手の嫌がらせ?」

「海聖」


 厳かな低声が海聖の敵意を引き寄せる。


 室内中央に配置された来客用のソファに、その人物は腰を下ろしていた。

 セットされた白髪混じりの黒髪に彫の深い顔立ち。海聖より少し薄い青瞳。豪奢な飾紐や徽章きしょうが付けられた騎士服と外套がいとうまとうその姿は騎士団の重鎮であることを指し示す。


「なぜお前がここにいる」

「それはこっちの台詞。なんであんたがここにいるの」

「不躾な口調と眼差しは相変わらずだな、愚孫よ。私は定期会合で立ち寄ったまで」


 CDM日本管区、管区長――阿辻あつじ聖剛せいごう。青海騎士団の総帥にして、海聖の実の祖父である。


「はっ、あんたがまさかあたしのことをまだ孫だと思ってたなんてね。意外」

「お前が阿辻の姓とその青い目を捨てない限り、いくら私が無関係だと言い張ったところで周囲は血縁という認識を捨てない。私とて不本意なのだ。お前を孫と呼ぶのは」

「じゃあ孫って言わなきゃいいでしょ」

「お二方、いがみ合いはそこまでにしていただきたい」


 仲裁の声をかけたのは、聖剛の向かい側に座っていた賢者の女性だった。

 年齢は六十代くらいだろうか。パーマがかかった焦げ茶の髪に涼しげな金瞳をチェーン付きの細渕眼鏡で覆っている。特筆すべきは彼女の肩に乗った梟だ。眼光鋭き鳥の目が牽制してくるが、海聖は敵愾心を維持したまま睥睨し返す。


「浄土。どうした」


 老齢であることを感じさせない凛とした声音で問うたのは、この部屋の主にしてMNSRI日本支部支部長――雁金かりがね智恵ちえ。曲者揃いの賢者たちを取りまとめる女傑にして、日本一の頭脳と称される天才。そして、当代の〈金〉の星術師でもある。


「支部長。会合の最中に申し訳ありません。至急お伝えしたいことが。こちらの海永雄仁さんに星印が出ました」

「ほう」


 雁金は目を眇め、相槌を打つ。


「それで、覚醒した星術は?」

「おそらく、海王星ではないかと」


 雁金はかすかに目を見開き、聖剛もぴくりと片眉を吊り上げた。

 日本の行く末を担う重鎮たちでさえ愕然とせざるを得ない衝撃の事実。

 雁金はすぐに表情を引き締め直し、さらに問うた。


「なぜ海王星だと推測した」

「現時点で確認されていない星術師は、水星、地球、天王星、月、それから太陽の五人。彼の星印は記録にある五種類の星印と一致しませんでした。また模様が海を思わせるものであったので、海王星ではないかと考えた次第です」


 滔々と述べた浄土の推論に、「なるほど」と雁金は頷いた。


「海聖さんは彼が星術師となった現場に居合わせた。そんなところだろうか」

「はい。あたしが駆けつけた時にはもう星術師として覚醒していました。他の騎士や賢者は海魔に喰われて全滅、彼だけが無傷のまま海魔に囲われていましたから」


 簡潔に状況を説明するなり、ふとあの時雄仁が海魔に対し口を開いていたことを思い出す。

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