第6話 謎めいた白亜の賢者
混じりけのない白髪に丸眼鏡、長身痩躯は研究者にありがちなシャツとズボンに包まれ、賢者であることを証明する白衣がさらにそれらを覆っている。
「生存者! 早く助けないと」
この状況下でたった一人生き残っていることは僥倖でしかない。だが、よく見れば彼には傷一つなく、おまけに彼自身、何ら抵抗を示さず海魔たちを見据えていた。その表情に浮かぶのは恐怖や怯えなどではなく、驚愕。彼はなぜか大きく目を瞠って巨大な魔物たちと向き合っていた。それに何か海魔に話しかけているようだ。
――海魔と会話……?
だが、今はそんなことを気にしている暇はない。生きている人間がいるとわかった以上、その命が理不尽に奪い去られることのないように脅威を打ち払うだけだ。
再び右目をスコープに当て、ウツボ型中位海魔の目玉に照準を合わせる。
発射。破魔の弾丸は空を裂き、やがて眼球を貫いた。苦悶の咆哮が鼓膜をつんざくと同時に、海魔たちの注意が一斉にこちらを向いた。
「なっ……⁉」
賢者の男性も目を瞠り、海聖をとらえる。
敵意をはらんだ魔物の目を的に見立て、海聖は正確に撃ち抜いていく。海魔全体の動きを鈍らせたところで、海聖はバイクを停めて大きく跳躍し、最初の標的であるウツボ型海魔に飛び乗った。そのままブレードで急所の脳天を刺し貫く。
最期の叫号が轟いたところで、ウツボ型海魔は呆気なく海面に伏した。続けてマグロ、サメ、タコ型の海魔を閃光弾ける刃で斬り裂いていく。
強力な電流による痺れと深い裂傷により、残りの海魔たちはすべて絶命した。
荒れ狂っていた大海が鳴りを潜めるように凪いだ。海聖は海魔の残骸からバイクへと乗り移り、白髪の賢者のもとへ愛機を走らせた。
「怪我はありませんか」
海聖に声をかけられ、放心していた男性ははっとする。
「え、ええ。大丈夫です。あなたは……」
「阿辻海聖。フリーで海魔を討伐している者です。ああ、元騎士なのでちゃんと政府から許可はもらっています。だから通報とかはしないでくださいね」
言って、海聖は改めて周囲の状況を確認した。
やはり、この賢者以外に生存者はいない。みな海魔の餌食となり、その遺体は見るも無残な姿に成り果ててしまっている。助けがないなかで海魔の壁に直面していたというのに、この賢者は五体満足のままだ。
――まさか……。
一つの可能性が浮上する。
この世に海魔に襲われない人間が一定数存在する。彼らに共通しているのは――
「あなた、星術師ですか?」
水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星。それら七つの惑星に加えて月と太陽。合わせて九の惑星にまつわる特殊な力を扱える人間を星術師と呼ぶ。彼らはいつから存在するようになったのかはいまだ解明されていない。しかし、長年の研究と記録によると、当代の星術師が死ねば新たな星術師が無作為に選ばれるということ。そして数十年、果てや数百年間、新しい星術師が誕生していない惑星もあるということだった。
賢者の男性は困惑したまま「……おそらく」と答えた。
「おそらく?」
「僕もよくわからないんです。いつも通り他の賢者や護衛騎士の方々と一緒に海域調査に出ていたら急に胸が痛くなって……。その後すぐに海魔たちが押し寄せて皆を襲い始めたんです」
だが、どういうわけか海魔たちは自分以外の人間に牙を剥いた。そのうえ自分を守るかのように海魔は他の賢者と騎士たちを葬ったという。
海聖は思案の後、神妙な面持ちになって言った。
「脱いで」
「えっ⁉」
「いいから上だけ脱いで」
――この状況で何を言い出すんだこの人は!
賢者の男性は当然、戸惑ったものの、海聖のいたって真剣な声音に拒否することもできず、渋々上半身を露わにした。
――どうして初対面の人、それも女性に……。
男性が羞恥心で苦悶するなか、海聖は彼の胸部を確認する。そこには予想外のものがあり、思わず目を瞠った。
「これは……!」
心臓の上に青い特徴的な印が浮かんでいた。星印と呼ばれる、星術師の胸部に刻まれる印の一種だ。だが、眼前の星印は見たことがなかった。
「水星の星印? いや、違うな。水星のは雫型だった」
海聖も多少なりとも星術師に関する知識を持っているが、かの星印は文献に記録されていなかった。
紺色に近い深い青。波しぶきを彷彿とさせる形状。
「もしかして、海王星?」
新たな星術師である可能性に、賢者の男性も胸元に視線を落として息を呑んだ。
「嘘でしょ……。まさかここにきて新しい星術師が誕生したって?」
「僕が、〈海〉の星術師……?」
両者ともに言葉を失う。
暫時の沈黙の後、海聖は男性に目をやった。
「……とりあえず、名前と所属を教えてもらってもいいですか」
海聖は努めて冷静に問いかけ、男性もまた隠しきれない困惑を滲ませながら名乗った。
「海永……海永雄仁といいます。MNSRI日本支部、第一研究所の海魔生態研究チームに所属しています」




