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第5話 日常からの非日常

 海聖の朝は早い。

 四時に起床し、身支度を整えてリビングに移動。二十四時間いつでも家事代行可能なテスラに朝食を頼み、食事の用意ができるまで端末でニュースを見る。


『昨日、関東海域で中位海魔数匹が出現し、〈CDM〉によって駆除されました。また今年から低中位海魔による襲撃が急増しており、過去二十年間において最多となっています』


 女性キャスターが淀みなく読み上げた〈CDM〉は青海騎士団の正式名称〈Cavalieri Del Mare〉の頭文字をとった略称だ。騎士団はもともとイタリアで発足した組織で、本部もかの国に位置している。青海騎士団は日本での呼称に過ぎなかった。


「ま、実際に倒したのはあたしだけどね」


 こちらを見据えている女性キャスターに得意げに笑んで、海聖はニュース画面を閉じ、端末を机に置いた。

 騎士団以外の民間人が海魔を討伐することは法令で禁止されている。しかし、海聖のような元騎士であれば特別に討伐が許可されていた。


 それゆえフリーでの活動自体は違法ではないのだが、如何せん民間人が騎士団を差し置いて何件もの海魔事件を解決するというのは騎士団にとって体裁が悪く、海聖も世間からいらぬ注目を浴びてしまう。マスコミが海聖を放っておくはずがないので、面倒くさい事態になることを避けるため、航志郎をはじめとした騎士団関係者に後処理を頼むようにしていた。


 騎士団に手柄を譲るくらいなら、騎士団に戻ればいいじゃないか。そもそもなぜ辞める必要があったのかと後ろ指をさされそうだが、それ相応の理由がなければ海聖とて騎士団を辞めようだなんて思わない。


「おまちどオ」


 テスラがモーニングセットを持って、こちらに歩み寄ってきた。

 机に置かれたのはふわふわのたまごがぎっしりと詰まったたまごサンドにサラダ、それからブラックコーヒーだった。


「ああ、そうか。今日は水曜だっけ」


 この家の食事は曜日によって異なり、朝食も和洋中交互になっている。ちなみに中華の朝ごはんは中華粥や蒸しパンで、デザートは杏仁豆腐がお決まりだ。

 海聖はたまごサンドを掴み、はむっと一口咀嚼(そしゃく)する。


「おいし」


 ふわふわたまごと柔らかい食パン生地の相性が絶妙で、何度食べても飽きない。週一どころか毎日食べたっていいぐらいだ。


「カフェでも開いたら絶対口コミで人気になるよ。あんた、何でそんなに料理うまいの」

「レシピ本通りニ作ってルだけダ」

「おかしいなあ。あたしたちが作ってもたまごと食パンは丸焦げになるのに」

「それハお前たちノ火加減ガ終わってルだけダ」


 正論を返されてぐうの音も出ないまま絶品朝食を堪能した後、海聖は自室へと戻っていつもの装備を手に取る。


 対海魔専用の特殊ライフルとブレード。ライフルは父が、ブレードは母が生前それぞれ使っていたもので、両親が殉職してからは海聖が形見として受け継いでいる。

 部屋にあるタンスの上には一枚の写真立てがあった。七年前、海聖がわずか十八歳で最年少海域長になった時に家族で撮った写真だ。写真中央には海域長用の騎士服をまとった海聖、そして彼女を挟むように阿辻夫妻が両端に佇んでいる。


 父の優聖は少年のような屈託のない笑みを浮かべているのに対し、母の凪はほんのわずかに口角をあげてカメラに向かって微笑む海聖を見つめている。凪は表情に乏しく、ほとんど笑わない人だったので、貴重な一面が残された数少ない思い出の写真だ。


「行ってきます。父さん、母さん」


 いつも通り、敬愛する父と母に挨拶してから海聖は家を出る。


「さて。今日はどこへ連れて行ってくれるのかな。うちの相棒は」


 頭につけていたサングラスをかけ、愛機のエンジンをつける。ぶうんと起動音がした後ナビが起動し、海聖はタブレットを操作するのと同じく液晶画面を指でなぞっていく。

 海に潜っているバイクの裏側には高度なセンサーが付けられており、半径一キロ以内にいる海魔を瞬時に把握することができる。画面には海魔を表す赤い斑点が点在し、海聖はここから一番近い標的をタッチして目標地点に設定した。


「行くか」


 頭頂部につけていたサングラスをかけ、愛機を走らせる。

 ナビから赤い斑点を消していき、バイクをさらに東の方角へと進めていくと――


「ん?」


 ある地点から斑点が急激に増え始めた。その数はすでに十を超えている。


「何これ……」


 このような現象は初めてだ。嫌な予感がして、海聖はすぐ現地に急行した。

 目標地点に近づくにつれ、青黒の巨大な影が浮かび始めた。少なくとも十数匹の中下位海魔が集結している。


 海聖はバイクをオートモードにし、ライフルを構えた。スコープ越しに状況を確認すると、数人の騎士たちがすでに事切れていた。騎士だけではなく白衣を着用した〈賢者〉――MNSRIの研究員たちの姿もあり、なかには海魔に噛み千切られたのか上半身が欠如した無惨な遺体が海面をあてもなく漂っていた。


「遅かったか」


 もう生きている者はいないかもしれない。

 海聖が悔恨に顔を歪め、海魔に照準を定めようとした刹那、真白の髪が視界にちらついた。


 咄嗟にスコープから目を離して前方を注視すると、水上バイクに乗った一人の男性が海魔に囲まれていた。

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