光堂、激進!
「あの街は、年に一回剣術大会を開くことで有名で、今日がちょうどその日なんだ」
「詳しいね」
ジエーデによる説明を受けると、まあよく知っている物だと思う。
地域のお祭りは基本的に参加しない人間だったので、囃し立てる祭りに対して興味や覚えてやろうと思わない私からしたら、珍しかった。
「村では、一応剣を習っていたんだ。村の警備だってやってた」
(そこそこ強かったぞ)
赤いドラゴンの声が補足をする。
やや誇るように聞こえたそれは、彼が彼を肯定しているがゆえだ。
「赤いドラゴンが言ったよ、けっこう強かったらしいね」
「……そう、なのかな?わかんないや」
有耶無耶にしようとしているが、彼は笑っている。
上がった口角を無視し、馬車の中、荷台で寝ていたアリストが、外の後ろにいた私に近づいてくる。
「その、アリストは喋れないの?」
「喋らないだけでしょ」
「なんで」
「話す必要がなかったからじゃないかな」
「そらまたなんで」
「父親に家から出してもらえなかったんだって」
「虐待?」
「さあ?過保護なだけか、虐待なだけか、そんなことはどうでもいいよ。別に人として障害があるわけでもないし、コミュニケーションは取れるんだし」
「そうは見えないけど」
「話さないのなら、それ以外の行動でコミュニケーションを取るのが当たり前になるんだ。昆虫だって音を介さず意思の疎通をできたりするし、それの真似事さ」
「じゃあ、今は?」
「私たちの会話が気になって、近づいただけじゃないかな」
「こっちの言っていることは、理解できるんだ」
「そうらしいけど。そういえば、教育とかってどうなってるの?義務教育?それとも慈善事業?」
「言葉の意味を詳しくは解せないけど、多分、義務教育だと思うよ。王都が村に金と人を寄越して、そこで子供は大抵教育を受けるし」
「受けてた?」
私の膝の上に座ったアリストに聞けば、頷きが返ってくる。
「あれ、文字も書ける?」
また、頷き。
「教育が整っているんだねえ」
まあ、こんな時代でそんなことをやる意味があるのかはわからないが。
「奴隷制度とかってあるの?」
「あるはずだけど、最近は聞かないな」
「ほーん。なんで」
「なんか、奴隷商人が沢山死んでるから、とか」
「奴隷も教育って受ける?」
「まあ、多分。王都が対象としているのは子供ってだけで、詳しく規定されているわけでもないから」
「魔法ってさ、遺伝したりする?」
「ある程度は。使える魔法が遺伝することも、魔力量だけが遺伝することも。でも基本的にはランダムかな。魔法が使える人同士の子供でも使えないことはあるし」
「へー」
「何が知りたいの?」
「教育については、アリストがどれぐらい社会的に見て異端なのか知りたかった。あとは興味本位かな。奴隷に教育を受けさせて、奴隷に疑問を持つ基盤ができて、さらに奴隷の子が強力な魔法を使えれば、みたいな?」
「まあ、反乱が……ああ、思い出したよ。実際に反乱が起きて、それで奴隷商人が殺されたって」
「当てて見せます。その反乱のリーダーが新しい奴隷商人になったんでしょ」
「そう。だから奴隷商人をやるには奴隷を押し込める物理的な力が必要で、今までの商売の知恵があれば良かった時代が終わりを迎えて、それで奴隷商人が減っている」
哀れだ、商才が無いのに奴隷商人になるなんて身をわきまえない人間のやることだと、酷く思ってしまう。
他愛無い質問を繰り返せば、時間は過ぎていく。
馬車は止まり、馬からは熱が見える。
「お代です」
硬貨を数枚払い、その場を立ち去ろうとすれば馬車の主が話しかけてくる。
「あんたら、大会に出るのか?」
「剣術大会のことですか?特に出るわけでは」
「でも金はもらえるぜ、ギルドで話題になった光堂リンさん」
「ああ、そうですか。ありがとうございます」
馬車はそのままどこかへ行き、私たちは人混みに取り残される。
「出る?」
ジエーデにそう聞けば、期待したのとは違う答えが返ってくる。
「いや、いいかな」
「ふーん。じゃあ私は出るからさ、アリストの見守りをしてもらえる?」
「え、出るの?」
「そりゃあお金がもらえるならね」
「でも勝てるかは」
「勝つよ。アイドルだからね」
やいやいと騒いでいる。
男女問わず猿になるこの場はある意味カフェのようなコミュニティだ。
大勢の参加者が集まったこの場所は、学校の校庭よりも広い。
(三十人か?大会という割には参加者が少ないな)
青い声の疑問には私も同意するが、それ以上にあたりの視線が癪に触る。
まるで異端を見るように、誰もが私を見ている。
その目はまるで、
「ああ、ライバルはもう潰されたんだ」
そもそも大会を目指す人は数日前にはこの街に来ているだろうし、その人方が始まる前に勝手に潰しあっていてもおかしくは、ないよな。
(狡いのお)
(情けない)
青と赤の声は、まさしく上位者たるドラゴンや龍のお考えではあるが、人間の目線で立てばおかしくはない。
潰し合い、足の引きづり合い、それは社会ではよくあることだ。
「しかしまあ、そんなことをする奴らならば、高が知れているということです」
この場に集まる歓声を見ていればわかる、私にだけこのステージは相応しいのだと。
歌って踊り、人を殺すあのステージに、ここは似ている。
(順当に勝てば、五回勝てば良いはずだ)
ゴングが鳴り、試合開始の合図が始まる。
渡された木刀を握ったまま、そしてさらに考えたまま歩く。
(それで賞金が、金貨百枚分の紙幣か)
対面から向かって走ってくる、二刀流の男が私に剣を振りかざす。
(貨幣と紙幣の中間的な時代なのだろうか)
軽く右手を横に振れば、私の木刀が相手の両手に握られたものを弾き飛ばす。
首元に剣先を当てれば、相手の降参の声がする。
二回戦目も、三回も四回戦目もあっけなく勝ってしまった。
大会、かつ世界的にも有名なほどだというのに、集まった人はあまりにも弱い。
(青龍さんたちの力を使うまでも無い)
普通に以前までの、クーラーの風を浴びていた私の方が強い。
決勝戦、とは盛り上げられているが正直対戦相手の実力も分かりきっている。
「初め!」
相手の攻撃を、盛り上げるためにギリギリで避けて見せる。
(いや、弱くは無いけど、ないのだけど)
あの影のような奴や、青い龍が持つような、強大な力たるものが感じられない。
(だから魔物に庇護されて生活するのか)
魔法がある、運動能力が地球の人間より優れている。
だとしてもそれは、たいした価値をなさないみたいだ。
(いや、ジエーデのようなものもある。ジエーデの筋は、目の前のコイツよりいい)
何が人を分けるのだろう、魔法は遺伝しない場合が多いのだから、血筋は意味をなさない。
(ならやはり教育か?地球と同じような教育格差があるのか?)
時代が進みテクノロジが発展すれば、そこにあるのはなんだろうか。
(強力な魔法を使える子供を引くための出産?より顕著な男尊女卑?それとも人工的な人間造り?)
どうあれ後ろ向きしか出ないのだから、魔法は素晴らしいものでは無いのだろう。
やはり人は人であるべきだ、知恵を高め、深い考えを持つ人間へとなるべきだ。
「がっかりだ」
子供の頃見たファンタジーは、リアルとなれば色褪せる。
百万円あれば一生暮らせると思い込んでた子供が、いつか現実を知るように、光堂リンはこの世界に対しての買い被りを無くした。
リンは一振り木刀を、横に振り、決着をつけた。
この世界を植民地化するぐらいしか、地球側の利益は増えないのだから、異世界と地球の共存など無理だ。
絡まり複雑になった現代社会を治す治療薬は、異世界にはないみたいだ。
果たしてこの世界に価値はあるのか、社会から見た価値はあるのか。
ダウナーな気持ちで優勝すれば、金貨百枚と同価値の紙幣も軽く感じる。
「さあ!ここでチャンピオンの登場です!」
歓声が上がる。
そうだ、エキシビジョンマッチとして連戦無敗のチャンピオンと戦えるとか。
しかし期待ができるのか、それは分かりかねる。
「美人……」
だけどそこにいる人を見れば、観客と同じ場所を見れば、私の興奮は高まってしまった。
綺麗な顔をして、筋肉質ではない体で、しかし強者のオーラを感じさせながら、彼女は舞台へ上がってくる。
「初め!」
興奮止まぬまま始まる試合は、彼女の先制攻撃から始まる。
(重い)
空気が破裂するかのような剣の一振り。
速さよりも音に目を惹かれるその斬撃は、木刀に過大な負荷がかかるものである。
(壊れないらしいけど、どうかな)
自身の剣を握り締めて、受け止める。
木製同士がなる音は、空気を含んだものが鳴らす悲鳴。
私の体が力で浮き、場外スレスレまで弾き飛ばされる。
「防弾チョッキみたいだ」
痛みはないが、衝撃は来る。
当たれば痛みすら超えたものが来るという確信が、私に来た。
「キラキラ輝いている女性と、この大歓声の中で舞えるのは、幸運だな」
「減らず口!」
ようやく話した彼女の声は、綺麗なものである。
そこから連想するのは私の恋人、前世に残した忘形見。
「いい!綺麗だ!」
幾度斬撃交え。
その度に舞う彼女のワンピース。
「退屈してたんだろ!」
「何を!」
数回言葉を交え、わかった。
私はこの女のことが、好きだ。
(え?)
頭に響く困惑の声打ち消し、私は構える。
盛り上がった観客のボルテージ、高まる私の高揚感!
決めるならここ!輝くならここ!
後ろに大きく飛び上がり、着地と同時に助走をつけて走り出す。
重心を低くする時の、私にかかる重力全てを片足に写し、反作用を加えてスタートダッシュをすれば、頂上的な加速が出る。
私の足がスタジアムを凹ませて、次に彼女の剣を上空に弾き飛ばすまでには、一秒もかからなかった。
「私の勝ち!私が一番!」
その場で一回転し、胸を張れば、そこで落ちてきた木剣がカランと音を鳴らす。
そこで勝敗が決まった。
だから歓声が上がる。
突然現れた新参者が、チャンピオン打ち破り優勝を果たす。
(輝いている、私が一番!)
アイドルとしてステージに立てば、隣で煌めく仲間たちが目に入る。
私はそれより輝こうと、よりキレを増して踊る。
仲間たちも私を倒すためより情熱を捧げる。
それで作り、終わった瞬間のあのステージの熱を、今私は感じている。
徐々に増した剣の攻防、上がっていく観客の期待。そこで私が見せた、一瞬の煌めきのような決着。
だから長く短く、暑くも冷めたようなこの戦闘は、観客に興奮を与える。
そして、与えてくれた私に対する感謝の歓声。
ここで不幸なのは、負けた彼女ぐらいだろう。
「ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
互いに握手をして、真反対の方向へ退場していく。
汗が頬を伝う。
水を一口飲んでみるが、一口に暑さは取れない。
「光堂、リン」
先ほどの男性の名前を呼んでみるが、それはここにいない。
あの目、綺麗な目だった。
(同類、なのだろう)
虚なようで、たった一つ、その一つに対してだけ見せる執着とも言えるような目つき。
光堂リンはそれを持つ。
一瞬だけ見えた、剣が弾かれる前に見えたあの目は、確かに時々鏡で見るようなものだった。
「はあ、価値がなくなってしまった」
これしかなかったのに、この大会しかなかったのに、負けてしまった。
夜逃げでもしようか。
スポンサーになんて言われるか、強い私を求めていた人は私に何を思うか。
(終わりだ)
「終わったな、また」
絶望が私を包む。
孤独なこの部屋では尚更にそれは加速する。
落ちていく、私の意識が溶けて、溶けて、ドロになっていく。
「事情はわかった。その体、俺にくれないか?」
影だ。
私の影ではない。しかしここには他に誰もいない。
「貴方は」
「俺は、人の心の闇に入り込むような存在だ」
「ふふ、ご丁寧に」
「なあ、壊さないか?」
「そんなことをして、何になるの?」
「復讐にはなるだろ。親に捨てられ、騙されて奴隷に、やっと得た輝かしい、人類最強のチャンピオン!しかしそれも終わりを告げた。ならお前の人生にも、終わりを告げ、新しい方向へ進むべきだとは思う」
「案外、優しい方ね」
「別に人殺しが好きなわけでもないし、ただ人の負の感情が私に力と記憶をくれる。だから人の闇につけ込むだけだし。そこに善意も悪意もないよ」
「そうね、私も戦うのが好きなわけでもないし。そういうものよね」
「で、どうする」
「そうね、乗るわ。私の体をあげる。その代わり、私が嫌いなものを、人間を全員殺してくれる?」
「……善処する」
「ありがとう」




