進むと言うこと。
自己を嫌う青年は、それでも生きたいと願った。
そこに現れた風来坊が、そのための手助けをした。
そこには因縁めいたものがあるのだろうか。
惹かれて異世界へ来た光堂が、人に仇なす影を見つければ、感じられずにはいられない。
そして実際、ここから物語は始まる。
影と光が出会ってみれば、それは人の個を、世界の全てを変える話へと広がっていく。
影が目の前から消える。
残ったのは青年と、アイドル。
そしてそれを見に来た、取り巻きたち。
「リン!お前!」
巨漢が私の背中を叩き、激励する。
龍装を解けば、私はいつも通りの美男子になる。
巨漢は一礼をして歩く。
「こうして会うのは初めてだよね。私は光堂リン、一応リン・ライトロードとも名乗っているよ」
「私は、」
「畏まらなくていいよ」
「俺は、ジエーデ。ジエーデ・クライシス」
「どう?生きてみる決心をした気分は」
「わからない。けれど、悪くはないのかもしれない」
「そうか」
風が吹く。
灰が舞い、どこかへ飛ぶ。
私も次へ行かなくてはならない。
ギルドへことの顛末を、ある程度の情報で報告すれば、私達はきちんと報酬をもらうことができた。
「ただいま」
宿へ戻り、自室のドアを開けば中に人が二人いる。
アリストとジエーデが、そこにいた。
「じゃあ、改めてよろしくね。私はリン、この子はアリスト。君と同じように滅んだ村の生き残りさ」
「そうなんだ。よろしくね、アリスト」
ジエーデは手を差し出すが、アリストはその手のひらをじっと見つめているだけ。
「手を出されたら、こうやって握り返すの」
握手の仕方がわからない、ということがわかれば私が手助けをし、二人の手を結ばせる。
「……よろしく?」
「お互いに助け合おうね、そういう意味だよ」
納得したように、彼女は私から目線を外す。
握手の解き方がわからないアリストのせいで、微妙な沈黙が訪れ、ようやく握手が終われば話は次へ進む。
「それで、これからどうするの?」
私についていきたいと、私が面倒を見るべきだという理屈をつけ、私と共に生活することになったジエーデは、私が何をしているのかさえ知らない。
それでよくついてくる気になったものだが、彼は真面目なだけなのだ。
恩返しがしたいと考えているのだろう。
そんなつまらないものを受け取るつもりはないのだが、彼の出鼻を挫くわけにも行かないので、それは受け取るだけ受け取ることにした。
馬車が私を乗せている。
馬が街を出て、次の場所へ歩いている。
ただ何処かを目指すわけでもなく、なんとなく選んだ先へ行くことにした。
「懐かしい」
「何が」
海外に行かなかった、もっと言えば旅行なんて沢山してきたが、こうして、当てもなく進むのは久しぶりだった。
「アイドルだったから、私の才能を全てアイドルに捧げてきたから、仕事のことを忘れるというのが、久しぶりなんだ」
「ふーん」
隣にいるジエーデが、わからないように空を見上げる。
今はこうして生きているが、つくづく私は死んだ存在なのだ。
やりきってない仕事も、研究もある。
冷蔵庫の中身も、残してきた人たちも。
「結婚……はしてないけど、同居人がいるんだ」
「結婚」
「今は何してるかね。私を、探しているのかも」
「帰らないの?」
「帰れない、どれだけ願っても」
願って叶うなら、私はここにいない。
「でも、生きる」
「そう。辛いけど、苦しみが抜けることはないけれど、幸せが来ないわけでもないからね」
「うん」
アリストの寝息が聞こえる。
馬車ががガタガタ揺れる音も聞こえる。
草が揺れる音も、何処かの音も。
一時間前に出た街からも、人の声が聞こえる。
人としてオーバースペックを手に入れた私は、果たして人間なのか。
(どうでも良いのではないか、そんなこと)
青い龍がそう言う。
そうなのだ、自己がなんなのかはどうでもよいのだ。
しかしアイドルとしてキャラクターを演じてきた私、就職活動でキャラクターを伝えなければならない現代人として、自己については考えてしまう。
親がいた。兄弟もいた。
しかし自分は優秀で、小学生になる頃には親を見下していたし、超えていた。
そんなものだから、私は親を親として扱わず、親は子を子として扱わなくなる。
だから小学生から一人暮らしをすることにして、同時に芸能活動も始めた。
私には才能があるので、当然仕事は軌道に乗る。
仕事と学問の両立をしているうちに親の存在など忘れていたし、色んなことに手を伸ばせば思い出すこともなくなっていた。
絵を描いて、旅行して、読書して、恋をして、研究をして、論文を書いて、会社を立ち上げて。
誰もが私を羨んだ、誰もが私に寄り添った。
「こうなってしまえば、もう少しやれることがあったと思ってしまう」
「私にそれを言う?」
「死人の見送りをすると、やはりつくづく寂しさを感じてしまう」
「でもそっちは生きてる」
「会えるかねえ」
「会えるでしょ。私とあなたが会ったみたいに」
時代は変わっている。
魔物がいて、発展途上の中世と酷似していて、魔法があって。
変わって一つの結論に達している途中である。
その中には、不安定さゆえを安定させるがために行われる行為がある。
差別だ。
同性愛も、身分を超えた愛も、近親による恋も、そして男尊女卑も。
ましてや魔法なぞがあれば、それを元手に宗教たるものの発言力は増す。
宗教は別に優しくない。むしろ残酷である。
人を救うためでなく、社会を安定させるためにある宗教は、異端なものを、つまり先ほど書いた愛──異常な愛と呼ばれてしまう物──を排除する。
しかしそれは、光堂リンにはどうでも良いことであった。




