アイドルは当然喧嘩もできる。
「これで、ギルドへの登録は終わりです」
「そうですか、ありがとうございました」
酒の匂いがする、酒場同然のこの場所は、ギルドらしい。
ギルドにも支部は色々あり、ここはあまり良いとは言えない場所らしい。
「依頼を受けるときって、どうすればいいですか?」
「そこの掲示板に貼ってあるのから一枚持ってきていただければ」
「制限とかあります?指定の条件を満たしてなければ受けられないとか」
「そうですねえ」
受付の男は少し困ったように、辺りを見渡す。
周りに誰もいないと分かれば、私の近くで囁くように話す。
「一応依頼は誰でも受けられますが、実際にその依頼へ取り組んでいいかを判断するのはこちらなんです」
「へえ」
「例えば魔物退治なら、新参者より、実力がわかっている古参の者が優先される場合が多いです」
「ほお」
私はそれを聞けば、すぐさま掲示板から一枚の張り紙を取ってみせた。
「ならこの依頼も、優れたものが行うわけですか?」
依頼の中で最も報酬金が高いものを見せれば、彼は頷く。
「ええ。この依頼を受けたいというグループの中から、公平性で選ぶわけでなくこちらの独断で決めてます」
「じゃあ、これは……今日か。今日実際に依頼を受注できる人を決めるわけですね?」
この世界の文字で書かれたそれを見ながら話せば、いかにも仕事ができそうな男はさらに頷く。
「受かった人を教えてもらうことってできます?」
「流石に、そこまでは」
「そう」
試しに、こっそりと金貨一枚を隠すように、つまり賄賂を渡してみる。
純金の硬貨を見た彼は、こちらを二秒見つめた後、私の手を押し返してきた。
「そういうのは受け取らないようにしているんです、個人的に」
少し残念感、落ち込みが襲ってくる。
が、彼は私に耳打ちする。
「そこまでの熱意があるなら、特別ですけど教えてあげます」
全てが新鮮であるのは、異世界だからだ。
一度も来たことのない美容院へ行くかのような、そんな不安が付き纏う。
それが人であるのなら尚更である。
「冗談なら笑えないぞ」
「冗談であるのなら、か弱い女の子を連れてこんな場所へ来ていません」
目の前には、歳を食った、四十代ぐらいの男がいる。
「名も聞いたことのない、しかも今日ギルドへ登録した、貴様を連れて行けと?」
「ええ」
若さ、特に服の上からでもわかる筋肉が動く。
「怒りました?」
「それは、貴様のような若造が調子に乗っているからだ」
「だって強いですよ、だから調子に乗ります」
そう言えば、彼の筋肉はピクピクと動く。
私を見下ろす目は怒りに満ちている。
(この程度の煽りで、そこまで怒るとはのお)
呆れた声が内側からすれば、私はそれに同意したくなる。
「まあ、貴方からすれば、私を雇いたくないのはわかりますよ」
左右に歩いてみたり、手を広げて回ってみたり、わざと仰々しく動いてみる。
この街で一番強い男、そしてその取り巻きが五人程度、それらは私を怒りと疑心で見つめている。
「やってみます?私が、どれぐらい強いか」
私は考える。
他人のことを無視し、自己の利益を最優先に。
「賭けた賭けた!」
ギルドの側、やや開けた道の真ん中に、私と六人は立っている。
アリストは受付の人に預け、今ここにいるのは私一人。
(わしもいるぞ)
我らを取り囲むように民衆は騒ぐ。
あるものはわたしを、またあるものは彼らを鼓舞する。
私が大衆に掲げてみせた金貨の束は、彼らの掛け金を払えるのを証明した。
だから彼らは金を賭ける。
娯楽の少ないこの世界では、喧嘩など娯楽として扱う。
賭け金の徴収が終われば、辺りは静かさに包まれる。
始まるからだ、喧嘩が。
無言で私を囲む、五人の男女達がそれを告げたのだ。
「いつでもどうぞ」
私は構えをするでもなく、ただ立つ。
息を呑む音さえ聞こえるような静寂。
そこに金属が擦れる音、実剣が取り出される音が、人々の注目を集める。
刹那、その目線の先には走り出した一人の男がいた。
一秒もせず、よく研がれた金属がリンに振り下ろされる。
(遅い!)
私は斬撃を全身を捻りギリギリで回避して見せる。
「なっ……」
当たったと思い込んだ彼の間抜け顔に向かい、蹴りを1発入れる。
重い音と同時に彼の目は白くなり、生気が消え失せる。
しかし倒れ込む彼を見届ける暇もなく、次の攻撃はやってくる!
左右からの同時攻撃を、私は両手で受け止め、そのまま腕を上げる。
「人が持ち上がった!」
観客の言葉はまさしくただしい。
空中で身動きの取れない彼、彼女をそのまま地面へ垂直に投げ付ける!
骨が折れたかのような音と共に、悲鳴がふたつこだまする。
(後二人!)
今度はこちらの番だと、残りの二人へ向かい走る。
「は」
速いとでも言おうとしたのか、しかし次の言葉が出る前に腹部へ向かってストレートにパンチを放つ。
「次!」
こちらを認識すらできていない最後の一人へ回し蹴り!
ほとんど誤差なく衝撃を受けた二人の体は、同じタイミング、同じ速さで吹き飛ばされる。
「こんなもんか」
意識を失った五人は綺麗に一ヶ所へまとめられており、それを認識した観客は歓声を上げる。
人を痛めつけられる様をみて盛り上がるのは下劣としかいいようとしか言いようがないのだが、この時代にそれを求めるのもお門違いだ。
「ラストはアンタだけだけど」
威圧感、強者が持つそれを醸し出す巨漢は、
「危なっ!」
蹴りを繰り出した。
質量が空気を押し出し風を作り、人ごみの間をすり抜ける。
「いいぞー!」
「やっちまえー!」
純粋な力がたった一回示されただけで人は盛り上がる。
大剣使わずに、つまり本気を出さずとも、彼は己が力量を示してみせる。
全力こそが人の実力ではない、人の立ち振る舞いこそが、真の実力だ。
「なるほど、当たれば岩石ぐらいなら割れるだろうけど……」
「けど?」
「私は倒せないよ」
「言ったな」
少し本気を見せる。それは私の力を示し、名をあげるためである。
目を瞑り、息を吐き出す。
「悠々と!」
巨体の体が捻り曲がる。
速さ、力、質量が加わる回し蹴り。
鳴ってはならぬ音が鳴る。
人の骨が折れそうな、もしかしたら折れたのかもしれない、そんな音が。
「嘘……」
エネルギーが人の体から煙をなす。
リンの体、その蹴りを受け止めた腕から、蹴りの衝撃により湯気が立つ。
「立ってるよ……あれ食らって……」
しかし誰も音を聞いていない。
ただ余裕の笑みで笑う彼を、光堂リンを見つめている。
「ね、言ったとおり」
そう言った瞬間、観客からしてみれば巨体が地面に勢いよく倒れる。
リンは残った片足に足払い、浮いた巨体の腹部へ向かいチョップをかます。
音と共に巨体が触れた地面が割れ、土埃が舞う。
凹み割れた石畳の道へ沈む巨体を見て、観客は文字ではない音を上げる。
ただの叫び、喜び、盛り上がり、人の感情のみの歓声が辺りを包む。
辺りは楽しそうだというのに、私の気分は高揚しない。
それは当然、人を殴って楽しくなるのはおかしいことだからだ。




