リリリ再生誕
世界の均衡が崩れる。
大量に死者が出て、リンダッシュのいた世界の重きが消え去り、リンがいた世界の比重が増える。
割れる、ズレる、空が深淵の黒色になる。
また世界が形を変えて均衡を保とうとして、全てをリセットした。
その中で、光堂リンも佇んでいる。
寝ている時のように、意識があるようでない。
限界を迎えた光堂リンという人格は、軸をなくして彷徨っている。
はっきり言って、最初から限界だった。
アイドルとしての輝き、また、そうではなくともありとあらゆる分野で成功をと収めるであろうと称されたその才能を持つ彼が、全てを失い異世界へ。
自分の手がするりと滑り、高いところから落ちたみたいに彼は沈んでいく。
それでもアリスト、ジエーデ、ヒヨドリィナといった観客を見つけて魅せて、輝く自己を取り戻すことができた。
でも叶わない、あのステージの眩しさには。
自分が世界の中心となって、国すら動かせて、世界すら我が手の中になった時に比べれば、呆気なくつまらない。
富と名声はそのために欲しかった。
けど、世界を滅ぼす者達を目覚めさせてしまったから、まずその前に目覚めた者たちを倒す必要がある。
遠回りだ。
それで、私のせいでキリツグは自分を見つけて、先ほどの世界を呼び寄せた。
それで、アカリガが目覚めて観客を滅ぼそうとした。
それで、リレイドは目覚めて全てを壊そうとした。
今の私がいる場所は、ステージの真ん中じゃなくて、破滅の中心。
一挙手一投足が世界を滅ぼす者達を目覚めさせているようで、動くのすら怖い。
そうやって言い訳重ねて、落ちている。
失い、負けて、無くして。
生きる希望、前向きな気持ち。人の軸たるそれが、今の光堂リンには、見えなかった。
「でも、生きなきゃ」
残った者を手繰り寄せるため、もがいて、手を伸ばした。
その手が掴まれた時、私の体がふわりと浮いた。
苦しみは消えないので、私は今も過呼吸だ。
辛いこと、幸福の回数や合計の価値は同じだと言う理屈はある。
けれど、100年も物事を覚えていられない人間からしたら、意味のない話だ。
あとは不幸の後に幸があると言う話もあるが、不幸は私を殺して、幸福は癒しになりはしない。
つまり人間なんて、絶対不幸になる生き物なのだと、ようやく経験できてしまった。
そこでようやく視界がクリアになる。
ボヤけた視界が鮮明に色を見せてくれて、私は地面を見ていたのだと理解させる。
「リン」
心配する声、それはヒヨドリィナの声だった。
死んだはずだ、リレイドの攻撃によって呆気なく、腹部を切断され、下腹部と上半身で分かれたはずだ。
その声が聞こえるのなら、ここはあの世か、天国であってほしい。
「おぇ」
腹の底が逆流して、中のものが全部出てくる。
止まらない、嘔吐物が地面を流れて、私の、地面に触れている右手にかかって、ズボンにもかかる。
視界が上がらない、また視界がボヤけた。
でも脳がはっきりとしてくれて、不快感は確かに感じる。
吐き出した、胃の全て。
作られた池から酸っぱい匂いがする。
ようやく、上を向こうと思えた。リィナの声を見ようと思った。
けど今度は右腕が折れる。
喉が焼けたように痛い。
足が限界だと伝える。
嘔吐物の池に顔面から突っ込んでしまう。
動けない、動く気すら起きない。
右手を見る、折れて、青色になっていた。
その手には、嘔吐物の色ではなくて、真っ赤な血がついていた。
私の血じゃなくて、返り血。
その地の持ち主は、私と、私と、私と……
「辛い」
「いいよ」
差し出される、その手を取ることを躊躇う。
今の私は醜くくて、掴めばその手を汚してしまう。
「いいよ、汚して」
私の手が震えているのは、怖いから。
取れば私は進まなくてはならない、しかし怖い。
世界の中心が自己と信じてやまなかった幼稚な心が壊れて、私はもう、ただの人間へと成り果てた。
怖い、他者に助けを求めるのが。
だって情けないと思ってしまうから、無駄に高いプライドが私にはあるから。
けど、それ以上に。
そう、そこまで考えてリィナの手を取る。
「なんで、ここに居るの?」
泣きそうな声で、私は言う。
「リンがここに居るから」
二人で一緒に立つと、ようやく世界が私の目に入る。
知らない場所の、けれど知っている場所。
そこの地形が、魔王領で見たものと同じだと気づけば、ここの正体がわかってくる。
歩く、二人で一緒に、歩幅を合わせて。
「カッコつけて、一緒に進むと言ったのに、私だけ立ち止まってごめん」
「そんなに、辛かった?」
「リレイドに負けて、私のプライドはズタズタで、リィナ達が死んで尚更に、それで、そのメンタルで人を殺したから」
「そんなに、私のことが好きなの?」
「うん。思って以上に、私は、誰かに頼っていた」
「そう」
私は、完璧だと思っていたのに、呆気なく壊れてしまった。
「完璧、完璧な人間なんてあるのかね」
「ないでしょ」
「……やっぱり?」
「そりゃあ、リンはすごいと思うよ?誰よりも。けど、それが永遠の幸せを保証するわけでもないし、それが、辞書通りの完璧、一つの過ちのないこととは、違うと思う」
「そうだね」
ああ、そんなことはわかっていた。
今の自分は、以前の自分より阿呆になってしまっていて、直視してしまえば悲しくなってしまう。
でも、でも。
「生きてて、よかった」
「何よ急に」
ここは過去で、不安定な世界がもたらした一時の幻想だ。
多分きっと、ここにいるのは私たちだけなのだろう。
中にいる龍達の声は聞こえないから、二人きりなのだろう。
替えの服もないから、ひたすらきつい匂いを嗅ぎながら歩く。
リィナからも自分と同じ匂いがするのは申し訳ないと思ってしまう。
歩く、歩いて人影が。
その影揺れて前を歩く。
誘われるまま後を追い、森を抜け、山を越え、海がそばまで来た。
波のさざめき無音を消して人の心を変えていく。
光堂リンは、海へ飛び込んで、全身を水浸しにする。
磯の匂い、血の匂いをかき消して、私の汚れを祓ってくれる。
人影が海の遠くへ見えたけど、瞬きをしたら消えていた。
リィナも海水を浴びて、波に洗われる。
人影が見えていた場所に空から誰かが降りてきて、それがリレイドだというのはすぐにわかった。
けどここは、少なくとも、何千年も前の世界だ。
不老不死というのが実在するのかもしれないという思考と、自分もそうなのかもしれないと思うと、彼女は歩いていった。
かのものにも親がいるのだろうという事実は世の疑問を加速させるが、今の自分にわかるはずもない。
海を歩き、私たちの存在を無視して、森の中へ歩いていく。
「追うか」
原初の生物、つまり恐竜達がある森を、可憐な少女が歩いている。
しかし牙を持つものでさえ恐れ逃げていくのだから、彼女はもうすでに星を支配していた。
「わかった」
「なにが」
「リレイドは、独りぼっちの私なんだ」
「じゃあ、一緒に居てあげなきゃね」
世界は壊れた、安定した。
空は青いから、大地の匂いが私を存在させるから、ここは現実なのだ。
「光堂リンは、どういうつもりだ!」
「私は、リレイドを助ける!」
キリツグの攻撃、数多のミサイルが上空から降り注ぐから、斜めに飛んで避ける。
「そう、恩返し、過ち直しの行為だ!前提から間違っている、否定して見せろ!龍装!」
掴んだ、私の色!
「光!」
内のエネルギーが、私を光り輝かせる!
どんなに私がなくても、どんなに自分を見失っても、私にはある、軸が!
「光って、輝いて、人を魅せる!それが私、世界の主役の私が役目!」
未完成な龍装は、ただ光が光堂リンから溢れているだけ。
でもそれは光堂リンそのもの。移ろい変わりゆくものの、けれど変わらない、変えられない、変わるための軸、そう、光!
「見てろよこの場の観客達!私が光を、もう迷わない、もう進むのみの、私の力を!」
リレイドも、キリツグも、リィナもジエーデも魔王もアカリガも、私を見る。
「私は、救ってなんて言ってない!」
リレイドの攻撃。無数の氷の剣、2本の水のビームが迫る。
「でも叫んだ、独りぼっちの世界の中で!」
光が自動的に私を守り、全ての攻撃を消した。
「優しいだけの精神は、自己を殺す!」
命を産んで、それら全てを見てきたんだろう、でも飽きてしまって、新たな世界へ歩みたい。
「命産んだ責任を考えてしまえるから、転生なんかするし、いっそ滅ぼそうという理屈が飛び出てくる!」
質量を持った光の剣でリレイドへ刃向かう。
「そう!そうよ!」
全ての魔法を混ぜ、黒色の魔力を持った剣が、私へ刃向かう!
「けれどそれがお前を殺すなら、私が代わりに滅ぼしてやる!代わりに見守るよ!」
「そういう理屈、信用できるかぁ!」
「できます!させます!」
光速まで加速して連続で斬りつける。
リレイドはそれを勘で全て捌く。
「どういう訳が!?」
「私はお前に助けられた!からだぁ!」
白が黒を弾き、優位性を示せば、世界は彼の味方をする!
「お前が産んだものが、私を救った!見えぬというなら見せてやる、見れぬというなら見てみろよ!アリスト!!」
光を纏う右腕が、アリストとリレイドを分離させる。
髪型、化粧のせいで別人だが、芯を見れば双子のように瓜二つの存在が世界へ誕生した。
「なに!?」
「私を最初に助けた奴だよ!お前の中で、ずっと眠っていた!」
「意識は奪った!」
「でも殺せない!殺せないから生きていた!貴様にこの星を壊して次へ進む信念は作れない!」
「言わせておけば!」
「そう、言った!言えば後は感覚の理解だ!お前の全てを、私へぶつけろ!」
「全員、死んでしまえ!」
光、彼女が持つ全部の魔力。
「光の祭壇!」
それは世界を壊すから、私が代わりの世界を作る。
白だけの世界に白だけのエネルギ。
「龍装反転、龍装黒!」
光あれば影がある、だから私は二面性の龍装を持つ!
黒い衣私を包んで、全てを吸収するリフレクターが生成される。
リフレクターを前へ出して、光の光線を受け止める。
(耐えろ、耐えろ、耐えろ!)
逃げもしない背中は向けない、だから前へ進む。
光がリフレクターに飲み込まれて、私のうちへ入る。その量は膨大で、終わりを感じさせない。
(受け止めて見せて、示して見せろ!)
リレイドの魔力がもっと増す。
増して、精密になって、ビームの線が細くなる。
私は押し戻されて、目を開けるのも困難だ。
リフレクターが揺れている、黒色の私が白く見える。
(まだ!)
進む。
進む。
進む!
「嘘……」
耐え切って見せたのは、光堂リン!
「龍装、光!」
世界を破壊するほどのエネルギが男に纏えば、瞬間の攻撃でリレイドは吹き飛ぶ。
しかしこの世界には光だけ、距離という概念はないのだから、吹き飛んでも私と彼女の距離は変わらない。
できるのは、近づくことだけなのだ。
「こんなことしか、私にはできないみたい」
「私も、それは同じなのに」
どれだけ魔力を持っていても、主体が生物なのなら、間違いを犯す。
感情もあるし、器という概念もある。
不完全。人は皆、生物は皆、不完全なのだ。
「見たよ」
倒れているリレイドの隣に座り、語る。
「君が一人だった理由は知らないけど、この星に来て、この星の生命に魔力を与えたんだろ」
この星の古代生物は、地球と同じものだった。
そして度重なる戦闘の規模、旅の過程で見えたものは、このは地球と大して変わらない星だということだ。
そう、奇跡的な確率で、地球と瓜二つな、違うのは精々大陸の形ぐらいで、空気の濃度も、海の面積も、海の塩分濃度も、ある金属も、太陽との位置関係も、星の大きさも、一年という長さも。
だから、本来としてはここは地球と同じような歴史を歩むはずである。
でも違う、魔物がいるとか、そんなことではなくて、生物全体が意思を共通していることが、違うのだ。
それはすなわち、言語の共通であり、もっと深いところで言えば、脳の共通である。
例えば、日本人と外国人が分かり合えるのは、脳の構造が同じ人間である。
だから脳の発展が同じように、具体的には言語が共通すれば、目線を合わせることができる。
が、動物と人間はそうはいかない。
犬がこちらの言葉を理解しても、こちらが犬の話を理解しても、脳の構造、本能的な物が違うのだから目線は合わせられない。
この理屈が成り立つと仮定すれば、この星の生態系はおかしいのだ。
動物と人が同じ目線にある。
だから生態系をかけた、戦争という行為ができた。
戦争のあと、互いを尊重したコミュニティを作れた。
何故?脳の構造が、同じだからだ。
やけに皆が同じ思考回路、それも理性的だから、肉食動物が我慢して草食になれてしまうし、人間が魔物に神様の役目を押し付けることもできた。
そうなった理由こそが、目の前のリレイドなのだ。
魔力というエネルギは、脳を発展させる。
生物の種類問わず発展系のモデルが同じだから、この星の動物たちは、目線を合わせている、合わせられる。
「自分が作為的にこの星に干渉した、最初はそれで良かった。けれど他の星が、宇宙を旅してみたくなれば、勝手に関わっておいて途中で投げ出すことになってしまう」
「それは、嫌だったの。私の手を離れて、この星が死んでしまったら?私のせいじゃないかって」
「そう」
「それで、最初は、宇宙に出て、諦めをつけるつもりだった」
「死んじゃったんだ」
「キリツグが襲ってきて、相打ちになって、精々魂を作ることしかできなかった」
「はあ」
そうか、それが始まりか。
相打ちになった互いが、未来へ己が転生をかけたのが起源だったのか。
キリツグは乗っ取るという形で転生を果たそうとした、それは確実性が大きくて、けれど記憶や力は失う物だった。
反対にリレイドのそれは、合う器を見つければ成り立つから、記憶や力はそのままなのだ。
そう、そういえば、キリツグの行動開始時期と、リレイドの転生は近い時期に行われていたと、前から考えていた。
リレイドはアリストに居たのだから、精々10年ちょい。
キリツグも、記憶を取り戻せた、つまり具体的な活動ができたのは私に出会ってからの時期。
相打ちだったのなら、確かに成り立つ。
「まあそんなことはどうでもいいか」
関係ない、過去なんぞは。
「もう、アリストを殺せなかったのならわかるでしょ。この星は君の手を離れても大丈夫だし、君はそもそもこの星を殺せない。どうせ人間たちの力を奪ったっていうけどさ、生活ができるぐらいには残してあるんだろ?」
無言はイエスだ。
「アリストは、虐待されて、辛い思いをしたけれど生きている、生きようと思ってある。それは彼女が彼女だからだ。そういう奴らがきっと、もっとこの星にいて、君の助けが無くても生きていこうと思えるように社会は作られていくはずだ」
「そう、だったのに」
「見えないふりをしていた。それが間違いだったら怖いから」
「もう、大丈夫なのね」
「うん」
この運命の始まりは彼女だったらしい。
優しさと、憧れと、つい多方に手を伸ばしてしまうような習性が起こしたこの現状は、到底許されるような物ではないと思う。
人を、何人かは殺したのだ。
人を、何人も洗脳したのだ。
人の世を統べるというのはそういうことであるし、それは悪と捉えられる。
だから彼女を許す人はいないだろう。
が、だとしてもだ。
「アリスト」
手を伸ばす人はいる。それだけは事実なのだ。
「こういうとき、よろしく」
「なんで」
「わたし、生まれて良かった。リンと、会えたから。ありがとう」
見えないかもしれない、見ようとは思えないかもしれない。
だって辛いから、動けないから。
けれどそれでも願うのは、本当に罪なんてものはないんだと、信じてほしいのだ。
人を殺したかもしれない、蔑まれているかもしれない。けど、信じてほしい、光はあると!
人を殺してはいけない、人の死を否定してはいけない、けれど人は殺してもいい、人の死を否定してもいい。
生きたって、死んだっていいと。
考えて、君の幸せを掴んでほしい。
誰も、幸せになる権利があるのだ。




