異世界は中世ではないのだ。
朝日が澱むのは、登り始めだからだ。
目覚めた私には、結局腐乱臭がついていた。
アリストを起こし、墓でも作ろうと思ったが、それは止めにした。
アリストはここのことを、思い出すべきではないからと思ったからだ。
それは独善であるのだが、願いであるのだけど、正しいはずだ。
唯一の善性と呼べそうなもの、青い色の龍に黙祷を捧げ、二人で去ろうとした時。
(聞こえるか)
「あら」
(わしも連れていけ)
その死体から出た、青色の宝玉が私のうちにするりと入る。
液体に物が入るみたいに、気持ち悪かった。
「人の許可を取りなさいよ」
(許せ)
歩く。歩いて、どこかを目指す。
人が踏み締めできた獣道を歩き、やがて舗装された道へ辿り着く。
「街」
「来たことあるの?」
「お母さんが生きているとき、一回だけ」
案外すんなりと検問を潜り抜け、街へ入る。
外国人ばかり、厳密には異世界人か。
黒い髪を持ち日本語を話している人間が多数の景色を、昨日まで見ていたというのに。
美人が多いと、やけに感じるのは、気のせいではない。
虐待されていたはずのアリストでも、肌は綺麗なままだったのだ。
そういう人種なのかな、肌を保つのが得意な。
人に道を尋ね、二人で歩く。
誰も彼も私を見て、次にアリストを見る。
懐疑、疑い、不審。
悪意ではない人の興味が、私を孤独にしていく。
「ごめんください」
ついた先は、金貸屋、つまるところ借金ができる場所だった。
金と物を交換できる場所があるのなら教えて欲しいと尋ね続けてついたこの場所は、暗く狭い一軒家を改造して出来ていた。
「ああ、はい。どうされました?」
カウンターの下から女性が顔を出す。
なんとなくアルバイト顔だなと思った。
「ここでなら、お金と道具を交換できると聞いたのですけど」
「はい、出来ますよ。店長!お客様です!」
しかしまあ、中世の街並み、ゲームでよくある街並みの中に、銀行があるとは思わなかった。
大学でそういう類の研究をしていたこともあるからわかるが、本当に街並みが綺麗で、それこそゲームの中のようであった。
ゴミもなく、喧騒も無く、金とサービスを交換する店が立ち並ぶ。
この街が特異なのか、これが当たり前なのか。
(つまり文明や倫理は、地球のものより発展が早いのか?)
調べてみなければわからないことに興味を抱けば、アルバイトの代わりに店長と呼ばれた人が私の前に立つ。
身長は高く、私と、180cmを超える私と同じぐらいの身長を持っている。
綺麗な金髪、耳につけたアクセサリ。
整った眉毛と濃いまつ毛。
身なりに気を使う人の特徴を持つその方は、柑橘系の匂いと共に私を睨みつける。
「旅の方ですか?」
「そんなところです」
「左様ですか。こちらへどうぞ」
机を挟み、私たち二人はソファーへ、彼女は一脚の椅子に座る。
「さて」
そうだ、私が見かけた人は男女問わずに髪が長い、爪にネイルの類をしていた。
魔法のような奇跡がある、そしてそれは人にも使える素質があるのなら、その元のエネルギ、例えば魔力と呼べるものがあって、それは人の身体の代謝を促せるのではないか。
だから髪や爪は伸びるのが早い、肌は保湿される、全体的に痩せているが筋肉質な体つき、そして高い身長を持っているのではないか?
エネルギ源があるのだから、この世界の人類は地球のそれと比べ生物的に優れているのではないだろうか。
予想の予想をしている最中に、彼女は自己紹介を終えていた。
「それが、換金したいものですか」
普段使いしていたアクセサリ類を全て机の上に出す。
どれも日本や海外で大金叩いて手に入れたものだが、さて。
それこそファンタジー世界なら、錬金術の類でも存在していて、私が見せつけた純金、ダイヤ系のアクセサリは大した価値がないのかもしれない。
「ほぉ……」
ここで命運分けるのは、技術レベルだ。
つまり宝石加工技術が、どの程度あるのかと言う話になる。
仮に錬金術があり、ダイヤや金が無限と呼べるほど取れようとも、それを加工する技術はあるとは限らない。
技術とは科学、科学の進歩に魔法は関係がない。
なのだから、地球で紡がれた技術は、大した歴史を持たぬこの世界において、オーパーツのようなもののはずだ。
「少し待ってくださいね……」
彼女は比較するように自分の耳についたイヤリングを触りつつ、私の金品を見ていた。
やがて決断したように彼女は言う。
「金貨百枚でいかがですか?」
金のメダル百枚、それは、日本で言えば百万円と同価値であった。
(ここに来るまでに通った市場の中で、物の相場は理解している)
銅、銀、金があり、それぞれ百、千、一万と同じ効果を持つ。
一円や十円単位が存在しないのは、まだサービス業が発展途上であり、細かな価値を積み重ねる必要がないのか、それとも発展途上による大雑把さが持つ物なのか。
ともかくとして、地球の技術に彼女は百万をつけた。
「ええ、それでお願いします」
そう言えば彼女の眉は少し上がる。
だから、もう少しぼったくることはできたのだろう。
(まあ百万だろうと二百万だろうと、大した差はないし)
恵まれたものによる、雑な物の見方をしつつ、彼は契約書にサインした。
幸せと不幸は同時にやってくる。
富を得て、高い宿に泊まっている私は幸せ者だ。
しかし全てを失い今ここにいるわけだから、私は不幸だ。
(そういうの、悩んでも仕方ないのではないか?)
青い龍は、内側から聞こえる脳に響くそれは、正論だった。
「だから自己を信じて生きる。自分は幸せであると、無責任に」
それはできている、それは正しいと思えている。
私は、だが。
「私以外の人には、難しい場合もあるみたいで」
横にいる、ただ無気力なだけの少女は、自己を幸せだと思えるのだろうか。
彼女は自分を理解しているのだろうか。
記憶喪失になれば、自分が目覚めた瞬間に誕生したと思えるように、彼女は今日誕生したのではないか。
「ね」
笑いかければ反応が返ってくる。
ただそれは笑い返すでも無く、こちらを認識した、という事実のみ。
それは彼女の中に、彼女のためだけの思考回路がある。
内向きで、決して他者に開かれることのないであろうそれ。
「君が幸せになれば、異世界まで来た甲斐はあるけれど」
その方法は、長い年月がかかる。
虐待されていた年数の倍?三倍?
いやもしかしたら、時間も方法もないのかもしれない。
それはそうだ、失った時間は、無限の価値を持つのだから。
翌日、仕事を探す。
旅をする中での金銭は必要であり、その金銭は貯金からでは無く収入から出されなければならない。
「なら、ギルドへ入ってみては?」
「ギルド?」
銀行へお金を受け取りに来て、なんとなく相談してみたら、受付の女の人がそういった。
「悪いですけど、世の中の常識には詳しく無くてね。教えてもらえます?」
「そうですね、かいつまんで言えば、人員を求める側と、仕事を求める側の仲介屋さんです。求人を集める場所といえばいいですかね」
「へえ、何でも屋さん」
「そうですね。だから、私みたいに就職先を探すことにしたり、あなたが求めるような日雇いの仕事などもあります」
「でも仕事というのは、身分が必要ですよね」
「だからギルドができました。広い世界に共通する身分証を作り、国と国の間での移住や移動を簡易にする」
「……思ったよりも、大きな組織なんですね」
「そうですね、だからうちみたいに検問すら雑になるところもあります。信用も力もありますので、下手な国よりも大きいですよ」
「じゃあ後で行こうかな。何か必要な物ってあります?例えば契約金とか」
「特に、いや、ちなみにですが、具体的にどんな仕事を?」
「基本的に何でもしますよ。害虫駆除とか、泥仕事でも」
「魔物退治は?」
「魔物退治……?ああ、あのバケモノのこと。それなら……」
(できるぞ。というかやろう)
龍は言う。
「するかもしれませんね」
「でしたら、あまり目立たないようにするのがいいかと」
「へぇ、ご忠告」
「魔物退治に関していえば、人間としての力量が、つまり上下関係は自然とできてしまう要素が関わっているんです。徒党を組み活動するか、個人でやるか」
「仕事を奪い合う仲に、もしかしてですけど、その魔物退治を主軸にする人って多かったりします?」
「はい。子供から大人まで、男も女も、等しく」
「金が、ロマンがあるからですね」
「はい。強き魔物を打ち倒し、その死体を持って帰れば」
「生物的には貴重なサンプル、商売的に言えば珍しい素材。そして強さの実績」
「成功すれば、人としてほぼ全てのものを得られます」
「……なるほどね、言わば錬金術だ。石が金になるように、」
「我が身一つが、人類の進展となる、ですよね?」
「そう、そう!いやあ、わかりやすかったし、綺麗な人と話せて楽しかったよ」
「こちらこそ。あまり刺激がない生活ですので、あなたのような人が来てくれると楽しいですよ」
「また来ていい?」
「いいですけど、理由はないですよね。デートになりますよ」
「じゃあお金がなくなったら」
「なくなりませんよね?成功するのでしょう?」
「……あら、ありがとう。そうだね、会えないのかもしれないのは名残惜しいけど」
「会いたくなったらギルドに要望を出しますので、来てくださいよ」
「勿論」




