魔物と人。
変わっていくことに幸不幸はない。
そもそも幸運とかいう考え方自体が後付けの都合のいい物だ。
不幸だ不幸だと自分を憐れむ人は、結局の目的は傷を舐めたいだけなのだ。
だから別に不幸でもいい、すごい泥に塗れていてもいい。
が、そもそもの前提としては人間は社会の中で洗脳的な側面を持つ画一化教育を受けているのだから、不幸に対してみな避けるように接する。
つまるところ、人の感性などは後天的なもので、対して固執する必要もない。
だから善悪は考えなくていいし、人殺しもしたっていいわけだ。
そういうことをわかれば、人間は思想的には自由なのだが、そういうことは皆なんとなくは理解しているのだが、結局は人殺しをする人は少数だ。
これは洗脳による結果ではなくて、ただ思考した時に人殺しをする理由がないからだ。
この結論に達するまで、人間は人殺しを考える。
人殺しを否定する為に、一度人殺しを肯定した自己を考えなくてはならないというわけだ。
私が言いたいのは、人間の思考は、常に反対のものが存在していて、自分が出した結論と真逆のものを考えてはいるはずなのだ。
その無意識的な思考が、行動に移されれば?
優しいと呼ばれた人が人殺しをして、狂った人間が人助けをするかもしれない。
なんというか、自分の常識は、常に安定しているわけではないのだな。
「魔王」
またファンタジックな名称を聞くことになる。
龍だのドラゴンだの魔物だの、ゲームのような存在が実在して見せるのがいかに不思議な感覚か。
昔の人間は異世界へ行ったことがあるのかもしれない。
そんなもんだからやれ神様だのドラゴンだの悪魔だの騒ぎ立て、宗教画を描くことができたのかもしれない。
私、光堂リンは、アカリガとヒヨドリィナと共にその魔王の元へ向かっている。
今の私たちに大した力はないのだから、力をつける必要がある。
そういう力を貸してくれそうな人が、その魔王なのだ。
「勇者なんてものも、居たりしますか」
「さあ?悪魔なので、リィナさんの方が詳しいかと」
「奴隷生活が染みついたせいで本はあまり読まなかったからわかんないや」
格差を感じていると、一つ影が見えてくる。
それは廃村であるが、滅ぼされたといった様子はない。
「寂れて、放置されてた?」
「昔の名残だね」
「昔って?」
「確か、昔はここに人が住んでいたけれど、戦争で人が住めるような場所じゃなくなったらしいよ」
リィナの説明を受けて、それがこの様だとわかる。
「火の跡がある、新しいの」
人の跡……なのだろうか。
狼煙の元へ三人で歩けば、そこには人ではなくて動物がいた。
四足歩行の狼が、炎のそばで眠っている。
人より大きそうなその獣は、足音に気付き起き上がり、こちらを見た。
「このままだと危なそうですし、私が話を通しますよ」
アカリガがその獣に目線を合わせ、獣的な言語で話し始めた。
しかし炎と獣か。
ここに人はいない、だとしたら火をつけたのはこの狼だ。
獣は火を恐れる、だから人が発展できたのが、地球の歴史だ。
が、この世界はどうだ。
目の前にあるそれもそうだが、私のうちに存在する、赤龍さんだって炎を使うし、恐れはしない。
(自分の牙を誰が恐れる)
なら、この世界の人類はどうやって発展して来たのだろう。
人間だけが火を使うといったアドバンテージが消失している以上、それ以外のものがあるはずだ。
この世界の人間の運動神経は優れているが、魔物たちと比べれば酷く弱い。
今は共存し、魔物と共に生活することが一般的だが、昔はそうもいかないはずだ。
穀物を栽培し安定した食料供給がない時代、狩の時代で人はどのように生き延びたのか。
オーバーなスペックを持った人間が産まれた?例えば昨日戦った、アリストの主導権を奪った奴は、明らかに人間だ。そのようなものが生まれれば、人間は狩の時代を抜けるまで生活は出来るし、その後はその人を中心とした王政が引けて、今の世の中にはなれる。
が、結局考えたところで妄想の域を出ないし、確かめる為には私が犯罪者であるというレッテルを剥がす必要がある。
「敵意はないことと、軽く挨拶を済ませました。彼らはこの辺り一体で生活しているようです」
「そうなんだ」
我々には関係のない話である。
目的地はまだ先であり、よる理由もないのだから、お別れをしてさっさと行くべきである。
「また、祭りが今夜あるみたいです」
「祭り?」
意外な言葉を聞き、聞き返す。
「魔物が、魔物だけのために行う祭りのようなものです」
「へえ」
「私は参加するべきだと思います」
「なんで」
「祭りの本質は、祈りと捧げ。その対象が魔物たちの親玉のようなものであるのなら」
「力を貸してくれるかもしれないと」
「猫の手も借りたいですからね」
「いいですね」
待って空が暗くなれば、炎が映えて美しい。
山、火山のような場所ではなくて、急斜面の多い崖が集まってできた山。
そこの、少し開けた場所に対して、炎を囲み私たちは踊っていた。
ここに居るのは魔物だけ。
二足歩行の人のような肉体を持った狼。
キメラというのか、四種ぐらい動物が混じった生物。
羽や牙があるドラゴン。
彼らは種族違えど、今ここで共にはしゃいでいた。
「甘い」
貰った酒を一口飲めば、フルーティーな味わいがする。
(米で作ったらしいぞ)
青龍さんが魔物の言葉を翻訳してくれる。
「へえ」
私の目の前にいるのは、クラゲだ。
なぜクラゲが陸上で暮らせるようになり、かつ巨大化しているのかはわからなかったが、とまかくクラゲが飲み物をたくさんくれる。
(味はどうですか?と聞いてきてるの)
「美味しいよ。これ全部君たちが作ったの?」
青色だった皮膚が赤く変わり、触手の動きが早くなる。
翻訳されずとも、喜んでいることがわかってしまうなあ。
「リン、助けてよ」
魔物の言葉がわからないヒヨドリィナが、私のそばに寄ってくる。
両腕に肉の類を抱えた彼女の背後には、多数の魔物がいた。
「腕相撲で優勝したら、こんなに貰っちゃった」
人類最強は魔物の中でも強いようで、服の袖を捲り、ラフな恰好になった彼女には、確かにパワーが感じられた。
「これも、祭りの一種?」
そばにいるクラゲに聞けば、イエスという感じの動きが返ってくる。
「じゃあ理屈があるのか」
聞けば、ヒヨドリィナが抱える肉類は、死んだ仲間の肉らしい。
なぜそんなものがあるのかといえば、魔物には埋葬という文化がないからだ。
死んだものを見送るのが埋葬なのだが、野生に生きる彼らは、死んだものは栄養と変わり無いらしい。
けれど人間に教わり、その肉類は集団の中で強いもの、リーダーが多く喰らい、より強くなってほしいという願いを込めて、腕相撲で勝ったものが最初に食えるだけ肉を食べるらしい。
「さっきから思ってたんだけど、人間と交流があったの?」
クラゲからはイエスの動き!
なんてことか、魔物と人間は対等にここで暮らしていたらしい。
独自の文化だというのは、それを伝えた時のリィナの表情で分かった。
「苦っ!」
クラゲに渡された少量の飲み物を飲むと、苦さ、というか痛みのようなものを喉が感じる。
「酔い止め?次は儀式だから?」
翻訳を通じずともなんとなく言いたいことがわかるようになったいま、彼女に悪意はないことがわかる。
風が吹いた、それと同時に静まり返った。
皆が空を見上げるので、私もそれにならい空を見上げた。
今は夜なのだから、星空が見えるはずなのに、何故か暗闇だけが見える。
その黒が、生物の腹部だということに気がついたのは、皆が敬礼していたからだ。
「客人よ、今宵の祭りは楽しんでいただけたかな?」
鳥龍?そんな言葉が似合うだろうか。
その羽は鳥のように羽毛に塗れていて、けれど一部に浮き立つ、特に足の部分には筋肉的な物がある。
緑色の鳥は、私たちの前に、私の前方に降り立ち、翼をたたんだ。
龍だ。
彼が出すオーラは、牙と爪を持ったドラゴンのそれだ。
鳥ではない。
「ええ、大変美味しい思いを、させていただきました」
「そうか。ならよかった」
目は鳥のように綺麗だと思う。
立ち姿は鳥の骨格のものだ。
「さて、光堂リン。君らが望む、私の協力だが、この僕の力を貸してやってもいい」
砕けた口調になる彼からは、これが本来の語り方なのだとわかる。
なんで私の名前を知っているのだろうか、名乗る楽しみが減ってしまった。
「でも条件がある」
「それは、なんですか」
「その前に一つだけ話を聞いてほしいかな。君が気になっている奴にも関わっているからさ」
「まあ、いいですけど」
「じゃあ皆、今年のは風納めはなしにして、客人との話で祭りを締めたいと思う。この話は僕らの生い立ちでもあるから、若い衆ほどこの話を聞いてもらうよ」
彼の言葉の後、全ての魔物が一箇所に集まった。
大きな炎を皆で囲み、緑の龍の話を黙って聞く。
「そろそろ200年という月日が経とうとして、僕らの世代も次の物へ託すことに尽力している」
これは歴史の話なのだと、出だしでわかった。
「最初、人と魔物が戦争していた頃。人は領土を求めて人口と支配を拡大し、被害を受けた僕らの集団がそれに対抗した。これが僕らの、魔物という呼称の始まりでもある」
人を仇打つものこそ魔物である。動物の中で、私達に憎しみを向ける奴らが魔物である。
「その戦争は、地平を焼き、大地を割り、空を染めて果てなく続いた。その中でここは一番の激戦区であって、最初に戦争が始まった場所でもある」
原爆ドームの周囲が整備されているように、ここは戦争の跡などないように見えた。
「人が勢いを増し、調子に乗ったまま村を作った。劣勢を弾き返した僕らが、村の外観を破壊した」
それがここら辺にある、村の跡地の正体らしい。
「やがて戦争が終わった。人間達が引いてくれたからだ」
痛み分けだったらしい。
「けど、一部の人間はここに残った。彼らにとって、長く続いた戦争の中で生まれた彼らにとっては、ここが故郷だったから」
世代を重ねるほど、戦争をしたらしい。
「僕以外の殆ども、ここが故郷だった」
だからここに住んでいるのだろう。
「戦争の跡で農業もままならなく、戦争でできた崖のせいで貿易は困難であった人間。野生の木のみも食料もない僕ら魔物。だから僕は、人と魔物が寄り添うべきだと思った。戦争が終わったのなら、分かり合えると思った」
これが、始まり。
「僕が人の言葉を覚え、人の要望を聞いた。風が灰を空へ飛ばし、風にタネを運ばせ、風で雨雲を連れてきた」
私が聞いているのは、きっとすごいことなのだ。
「人が農業による豊作を達成した時、僕たちはその味に満足できなかったけど、成果に涙できた」
肉を喰らう彼らが穀物を喰らう。
それは納得できる物ではないが、それ以上に、同族の魔物を食べなくて良かったと、感じたのだ。
「魔物の力で岩を破壊した。破壊した後に人が大地を耕した。そういうサイクルを繰り返した。その中で人の文化を魔物は吸収して、独自に酒や料理を編み出した」
それが、私が飲んだ酒の類、リィナが貰った肉類。
「でも、その生活にも100年ぐらいで終わりが来たんだ。人間の寿命は40年ぐらい。そして子供を大量に作れるわけでもない。そして、医療もなかった。村の中で……きっと、恐らく、魔物から移った病原体が、パンデミックを起こした。そこからどんどん人が死んでいった」
ここは僻地であり、人里から離れているのだから、技術の発展は遅い。
「当然その頃には崖に橋をかけることもできていたから、都会、特に王都に助けを求めた」
ああ、結末は言わずともわかってしまう。
「けれども、僻地で、他の街との交流を経っていた人間を、魔物と共に暮らす人間を、同じ人間は拒絶した」
人は、人が作る集団は、その集団外の人間を排除しようとする。
それは無意識的な行動で、自己中心的で、愚かしいと、歴史的に見れば言える。
「結局皆死んだ。僕たちは大丈夫だった」
共存、地球人がやけに贔屓するその言葉を達成したコミュニティは、すぐに滅んだのだ。
「けして人間は僕たちを恨んではいない。僕たちは人間を滅ぼしたかったわけでもない」
これがこの地域の歴史。
私が聞き、感銘や驚きを受けたように、魔物の若い集団にも響いたようで、ざわめきが起きていた。
「これで昔の話は終わり。さあ、未来の話をしよう、光堂リン」
その瞳は私を見る、瞳の奥には思想がある。
「僕たちは中途半端になったんだ。魔物として認められないから、魔王の元へも行けない。強いてやってきたことは、人から貰った技術を受け継ぎつつ、独自の分岐を作るぐらい」
それは充分凄いけれども、彼はそれに重きを置いていない。
「寿命の長い仲間も死んで、次の世代が育つ様を見て、思ったんだ。彼らに過去は関係ないと、願いを叶える権利があると」
過去の積み重ね、それが作る未来にこそ、彼が希望はある。
「世界の命運決める者、光堂リンよ。君が叶えた願いの手柄を、僕たちにくれないか?」
彼は、アカリガが人類を滅ぼした戦果を使い、魔王とこの地域の交流を産もうとしている。
私には魔王がなんなのかは、いまだにわからない。
魔王の元で作られた魔物の文化と、ここの魔物の文化にどんな違いがあるかはわからない。
けれど私は彼の話を聞いて、人と魔物が紡いだ歴史の先を見てみたかったし、ここにいる若い子が、自由な世界で生きられないことにも憤りを感じた。
「いいよ。この光堂リン、その願いを叶えて見せます!」
「ありがとう。死んでいった者たちを代表して、お礼を言わせてもらうよ」
大きく羽を広げて、私にお辞儀をしてみせた。
そこに動物の習性と人の礼儀を見出して、私は輝きを見てしまった。
「皆!特に若いものよ!聞け!」
威厳ある声は、その場の空気を変える。
「今からここのリーダーは、この光堂リンになる!」
ざわめきは当然起こる。
けれども話を続けてみせる。
「彼は人類を滅ぼし、魔王と僕たちの友好の橋立となるかもしれない!もしくは、魔王を打ち倒し、僕たちと人を繋ぐかもしれない!それとも、どちらでもない未来を見せてくれるかもしれない!」
語り手が羽を使い、声を荒げ、語ってみせる様はまさしく演説!
「そのうちのどれになろうとも、彼は僕たちの文化をより発展させ!人間に僕たちの文化を見てもらい、若きものはこの世界のどこにでも行けるようになるだろう!」
言い切ったのは彼の願い。
受け取ってみせたのは民衆の器。
拍手が私を包んで、緑色の光が私の中へ入ってくる。
(これからよろしくね、光堂リン。僕の名前は緑龍!)




