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落下して沈む。

転落転落、落ちて行く。


崖に転がる岩たちは、きっと底で割れて砕ける。


誰しもいつか転がり死ぬ。


年が力を奪い、坂で踏ん張れなくなれば落ちる。


落ちた先には死が待っていて、その後には?









崖沿いを歩いていると、やけに見渡しがいい事に気がついた。


「いい眺め」


「そうなの?」


しかし私に捕まり、下を向いている彼女は見ていないみたいだ。


「アリストはどう?」


「広い」


「そうだねー」


こちらの問いかけによく反応するようになってくれたのに嬉しく思うと、ヒヨドリィナは私を急かす。


「いいから、進んでよ」


あの後街を逃げ出して、人が訪れない場所へ向かった。


それがここの渓谷で、確かに人二人分しかない幅は、通る意味を感じさせない。


「落ちたら助けてあげるからさ、そんな心配しなくていいよ」


「怖いもんは怖いよ」


慰めも意味をなさないが、もうすぐで崖沿いを歩くのは終わる。


坂道を登り、野原へ出れば、平原があった。


後ろにある崖には、古びて朽ちた橋の跡がある。


草が生えてきた肌色の道を歩き始めれば、静寂を打ち消すためのおしゃべりが始まった。


「そういえばさあ」


話を切り出したのは、ヒヨドリィナだ。


「お金、というか賞金無駄になったね」


そうだ、そういえばそうだ。


懐にある金貨が詰まった袋。


それは全て価値をなさない。


人と関われそうにない今後の人生で、これは意味をなさない。


「まあ、いいよ」


一応強がってみせるが、この中には私の所持品を売っ払って手に入れたものもある。


つまり私は損したのだ。


「これだったら、何か買っておけば良かった」


日傘とかがよかったかもしれない。


「……化粧」


アリストが珍しく口を開き、意外な言葉を口にする。


化粧品。


シャンプー、トリートメント、ヘアオイルやワックス。


洗顔、化粧水、保湿クリーム。


下地、口紅、ビューラー。


日焼け止めとボディクリームに石鹸やボディソープ。


ネイルにチーク。


最後には服とアクセサリー。


ああ、どれも買っておけば良かった。


私は別にそんなことをしなくても美しのだが、それはそれとして化粧はしたい。


自分の美しさをより際立たせるのは、大変楽しい。


「ここら辺に街でもあれば、買っていいかもね。まだ指名手配はされてないかもだし」


「崖を越えて言わないでよ」


そうだ、人が居ないからこっちに来たのだった。


人が居ない場所に活気ある街がある訳ない。


「アリストにももう少し服を買ってあげても良かったかもなあ」


今は動きやすい服装を何着か着せているだけで、アリストが着たいものを着れていない。


「私も、服とか準備すればよかった」


「そういえばなにを持ってきたの」


「特に、いや、ほんと勢いでこうなっちゃったから」


「私もだよ」


我々は突拍子すぎたのだ。


「美味しいもの、食べたかった」


アリストの願いは叶えそうにない。


「ごめんね、私のために我慢してもらえる?」


「うん」


申し訳なさそうにアリストを抱きしめるヒヨドリィナ。


ああ、食糧類はあるのだから問題はないのだが、人としての営みはできない。


つくづく年収の低い人間はどうしているのか気になる。


年収の低いやつほど子供を産むし、何故か破産していない。


アレは不思議だ。


何故あそこまでして貧乏になり、貧乏な子育てをするのかが謎だ。


「あ、なんかある」


平原を超え、森へ入り、まっすぐ歩いていれば巨大な建物が見える。


洋館、だろうか。


そこまで続く獣道は、草が生えていないのだから、もしかしたら人が出入りしているのかもしれない。


「ごめんください」


お金と何かを取引してもらおうと、手入れされている扉を叩く。


怖いぐらいの静寂のあと、扉の先からやや急足の音が聞こえ、扉が横にスライドして開く。


建物に珍しくスライド式のドアから出たのは、一人のメイドであった。


「ようこそ、本日はどういったご用件で?」


「私たち、旅のものなんです。できたら金貨と何かを交換していただけませんか?」


「少々お待ちください」


お辞儀と共に去った彼女を待っている間も、結局おしゃべりしかやることがない。


「何買う?」


「馬車とか?」


「おお。いいね」


やがて重いはずの扉がするりと横にずれ、先ほどと同じメイドさんがやってくる。


「まずは私たちの主が、お客様に会いたいと」


「いいんですか」


「ええ」


こちらです、そういい案内する彼女についていく。


中は意外と質素で、木製の落ち着いた雰囲気が、太陽の光と優しく調和していた。


(男が多いな)


赤龍さんが言った通り、この屋敷には執事が多い。


基本的に黒いスーツを着て、忙しなく働いている。


カーペットの上を歩けば木製の音は鳴らないが、かなり年季が入った建物だ。


「こちらです」


今度は押すタイプの扉が開かれ、中に招かれれば、その先には男がいた。


「初めまして。この館の主を務めています」


「こちらこそ、わざわざ旅のものをお招きくださり、ありがとうございます」


「いえいえ、どうぞ好きな場所へおすわりを」


広いテーブルを挟み、3対1で向かい合う。


「わざわざこんなところまで旅を?」


「ええ。私はここから遠い国から来ていまして、当てもなくフラフラしていたらここが見えまして」


「其方のお嬢様方は?」


「道中で出会った、仲間みたいなものです」


二人がお辞儀をすれば、館の主は二回頷く。


警戒を解いたのか、本題へ入ってくれた。


「旅の方にこちらが売れるものとなると、食糧や馬車の類になりますが」


そこまでいい、彼はワインを一口飲んだ。


味わうように、余韻に浸っている間、私を見る。


お金持ちはお金のことを話さない。


だから問われている、言葉の続きをわかっているのか。


「ええ、買わせてください」


つまり相場を知っているのかを問われているのだが、私はそれを知らない。


まあしかし、お金はあるのだから買えるはずだ。


「そうですか。しかしこちらにも準備というものがありますので、しばらくこちらで待っていただけませんか?」


「ええ。ゆっくりさせてもらいます」


「待っている間、食事などいかがですか」


「願ってもないことです」


髭がイカした主人が去れば、食事が運びこまれてくる。


ナイフとフォーク、スプーン。


横に座るアリストに使い方を教えながら食事をする。


肉を切り、口に運んでよく噛む。


よくある高級な、そして技巧が施された奥ゆかしさを持つ味わいが噛む度味わえる。


美味い、というのがはっきりあうぐらいにはよくできていた。


「とんでもない金持ちね」


ヒヨドリィナが呟くぐらいには、ここには金があった。


使われている皿も、座っているイスも、私たちを見ている使用人も、どれも金をかけて手に入れたものだというのは、同じ金持ちだった身としてはわかる話である。


柑橘系のジュースを飲み干し、食事が終われば、タイミングよく主さんがやってくる。


その後についていけば、館の外の、つまり庭へ招かれた。


そこは飼育小屋であり、中には家畜達と、目的であろう馬達がいた。


その中から好きなのを選んで良いと言われ、私は2頭の馬を、白と黒の馬を一目惚れで選んだ。


猛々しく輝く瞳は炎のようで、生命の強さを光らせていた。


次に馬車の種類も選ばせてくれて、しかし荷物はあまり持たないので簡素な作りを選ぶことにした。


馬への負担等を考えれば、大きすぎる意味がないのだ。


そこで、主人が言う。


「今から出発するのには遅すぎますし、今日は泊まって行かれては如何かな?」


そうして、ご厚意に甘えて、世話してもらい、今は与えられた部屋に三人でいた。


「怪しくない?」


「ね」


トランプでババ抜きをしながら会話をする。


現在三連敗のヒヨドリィナが苛立ちながら私から一枚とる。


「まあでも、馬車は欲しいからねえ」


「なんか試されてたし」


「ね、ずっと見られてた」


「最初は別荘かと思ったけど、そういうわけでもなさそうだし」


「逃げる?あ、上がり」


「……上がり」


ヒヨドリィナ、四連敗。


夜も更けて、相手がアクションを起こすなら今なのだが。


(魔力だ!魔力反応!!)


青龍さんの叫びが私の頭に響く。


その瞬間、部屋に模様が現れて、光り輝く。


魔法陣、その一部の光に目をつぶりそうになったとき、それより強い光が、館を爆発させた。


「嘘を」


魔力で壁を作っていたから、爆発を退けることはできた。


しかし館の跡には、主人がいた。


「生きている、どういうことだ」


私たち三人を見て驚愕している。


その理由はわかった。


「魔力でコーティングしていたから、生贄にならずに済んだんですよ」


彼のそばには死体がある。


爆発によるものではなく、魂だけを抜かれた死体が。


私たちもそれに巻き込まれそうになったが、先手を打てたおかげで私の魔力がごっそり減ったぐらいで済んだ。


「人の命をたくさん使って、呼び出されたのがそれか」


白い、白い人。


「初めまして。名前はないですが、悪魔です」


白い悪魔、そういうのもあるのか。

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