世界を壊す。
「まさか、そこまでやるとはな」
影が言う。
「そりゃあ、ね」
「これからどうするんだ」
「彼女の要望を聞いて、一緒にどこかへ行きますよ」
「彼女は、人が嫌いだ。少なくとも、最低でも自分を縛り付けていたこの街を壊す事を望むぞ」
「そうだったら、勿論壊しますよ」
「沢山人が死ぬぞ」
「それは大した問題ではないです」
「私が、俺が言うのもなんだが、イかれているな」
終わってしまえば些細な話だ。
望まぬ才能を持つヒヨドリィナは、その殻に自分を押し込めて自己の身をすり減らしていた。
そんな彼女に付きまとうのは、過去の記憶。
両親に金のため売られ、その後は奴隷として生きる。
生まれ持った美貌があるから、彼女の持ち主は大層気に入って彼女を使った。
何度目かの夜の峠、彼女は持ち主を殺し、逃げ出した。
その頃の歳はこの世界では成人であり、体も完成しつつあったのだから、追っ手を振り切るのには十分な力を持っていたのだろう。
晴れて自由となった彼女だが、結局は自由ではない。
仕事をしていれば、失った過去、つまり生まれの差による経験の差を感じる。
自分には普通の生き方ができないと察知し、腕っぷしをかけて今日まで続いた立場を手に入れた。
しかし、それは尚更自己を縛り付ける。
それでは自分の望みであった、失った時間を取り戻す、つまり誰かの愛情を感じるということは、不可能になっていた。
他者は勝手な偏見で彼女を一人にし、よくて体目当てだ。
チャンピオンとして彼女はそれに応えてしまった。
孤高の、人類最強は、人を惹きつけるには充分にキャッチーであったのだ。
それを理解した、剣を交えて理解できた私はさっき語ったように、彼女と共に歩む事を決めた。
「私は進むだけです。自分がやりたい事に向けて」
「そう言うやつだよな」
「うん」
「ヒヨドリィナが目覚めるまで、少し話に付き合ってくれないか?」
「いいけど」
「生まれた時、記憶がなかったんだ」
「……当たり前では?」
「なのに記憶があるように、頭の中にモヤがあって」
「うん」
「本能のようなものが、私を突き動かした」
そういえば、影の濃度が上がっているような気がする。
「近くにいた魔物を乗っ取って、近くの村を滅ぼして、次はジエーデを、そして今回になって、私の記憶が取り戻されて行く」
「人の感情が、とか言うやつ」
「そうなんだ。人が苦しんで、死を願うようになるときの憎しみの力が、私に力と記憶を取り戻させる」
「だから、人を唆すの」
「そうだと思ってた、そうだと思うんだけど。さっき、お前の斬撃を受けた時、記憶が戻ったんだ。そしてその記憶に、お前がいた」
「へ」
「なあ、俺とお前は、どこかで会っていたのか?」
「悪いけど知らないよ」
これでも物覚えは良い方なのに、むしろ忘れていることの方が少ないと言うのに、彼のような存在に覚えはない。
「そうか。悪いな」
「これからどうするの」
「わからん。しばらく、一人で彷徨って自分の手がかりを探して見るよ。有る気がするんだ、自分の存在根拠が」
「そうか、じゃあまた会えるといいね」
「そうだな」
「知っているとは思うけど、私の名前は光堂リン。職はアイドル、特技はありとあらゆること。貴方は?」
「俺は、影ノ霧継、カゲノが姓で、名はキリツグ」
「いい名前だね」
「ありがとう」
そういうと、彼はどこかへ消えてしまった。
その名前にやはり覚えはないが、しかしいい名前であったのは、覚えておこう。
それと同時にヒヨドリィナは起き、私を見る。
「気分はどう?」
「最悪」
それが言えるのなら、少なくとも元気であろう。
彼女を抱き抱え、共に夜の街を眺める。
見えない死体から放たれる死臭は、彼女が起こした結果だ。
「この街を、破壊してくれる?それで、どこまでも私と逃げてほしい」
「いいよ。それが君の望みなら」
「ありがとう」
(本当にやるのか)
赤いドラゴン、赤龍さんが問うてくる。
私がやるのは、人殺し!
逃げ遅れている可能性がある人を巻き込む、人の今後の生活を脅かす、どれを取ろうと正当化できるものではない。
しかし、異世界人である私がここの理屈に従う道理もない。
郷に従う気がないのだから、犯罪をするのに心は傷まない。
私はエゴイストなんだ。
人の足を折った後、ありとあらゆる人から非難された。それでもアイドルを続けていたら、そう言う声は聞こえなくなった。
私を非難した人たちは、現実にいない、ネットだけの存在なのだとわかってしまった。
「だから、今から街を破壊しても、私には確認しようがない。だから、殺せる」
(そうか。ならいい)
ネットだけの存在が、取るに足らない小物であるように、想像だけの被害者も所詮は気にするほどではないと言うことだ。
「まあでも、こうして目の前に来ると、流石に躊躇うんだ。ジエーデ」
私の前に立つのは、少女を連れた一人の青年。
「アリストを守ってくれてありがとう」
「この街を、壊すのか」
「うん。止める?」
「見過ごせる訳には、」
「そうか。ごめんね、王都に行く約束を無くしちゃって」
「止める気は、ないのか」
「悪いけどないよ。アリストは、どうする?私についてくるか、ジエーデと行くか」
自意識の薄い少女に尋ねれば、選べない表情が見えた。
「アリストは、リンと行くべきだ」
ジエーデがそう言い、アリストの背中を押す。
「リン。お前の行動はきっと誰かを幸せにできる。私も、ついていけば幸福がもらえるだろう。けど、私は、人の死を見逃して幸せになるぐらいなら、不幸になる!」
そういい、剣を構えて、私に向ける。
「かっこいいね。本当に短い間だったけど、会えてよかったよ、ジエーデ」
私も、剣を構えて、敵に向ける。
勝負は一瞬でついた。
斬撃を受け流し、ジエーデの腹部に蹴りを入れたリンが、勝ったのだ。
気絶し、尚も剣を離さぬ体は、意思を体現している。
「剣も教えてあげたかった。赤龍さんの為にも一緒に居るべきだと思った」
(それはもういい。この子は、この子の人生を歩むべきだ)
「そう、ごめんなさいね」
(俺も、子離れすべきだ)
「また一人にさせるのは、心苦しいけど、今は一緒に入れないんだ」
龍装、火。
赤き衣見に纏い、その力はあたり一面を燃やして行く。
ジエーデに燃え移らないよう調整された炎は、逆にそれ以外を燃やし尽くす。
メラメラと、人の焼ける音。
否が応でも命が叫ぶ音が聞こえる。
それを罪とは認識できないが、心地の良いものではない。
気絶したジエーデに背を向け、私は歩く。
「逃げるよ。きっとすぐに犯罪者として追われる」
ヒヨドリィナとアリストに言い、二人と一緒に炎の海を歩いて行く。
ジエーデ、きっと君は追いかけてくるのだろう。
誰かが私を恨むのだろう。
それでもいい。
私にとっては、ヒヨドリィナの幸せが大事なのだから。
「……アリスト」
虚弱な少女が差し出した手に、一人の女性は手を結ぶ。
「ヒヨドリィナよ。よろしく」
光堂リンは善人でもない、悪人でもない。
ただ自分の信じたもののために動くから、善悪では測れない。
だから人を救う、だから人を殺す、だから人を不幸にする。
でも、人は彼を悪人という。
そこに嫉妬はある。
何をしても、何を言おうと、彼は幸せになってしまう。
幸を願わず手に入れて仕舞えば、他人からは自分のために人の骨を折るようなやつに見える。
光堂リンは久しぶりに拒絶された。
光堂リンは肯定もされた。
光堂リンは人をぐちゃぐちゃにする。
光堂リンは掻き乱す
光堂リンは。全てを壊す。




