忌み子
「大丈夫。大丈夫。」
母は、一日に何度も何度も言って、私をあやした。
私は、母の助けをしたかったが、まだ手も足もまともに動かせず、首すらも座っていない状態だった。
外の声や車の音に母は過剰に反応する。
賑やかな場所を避け、人の少ない場所を選んで、移動しているようだった。
この頃は、私も、徐々に弱って来て、空腹な時間が長かった。
母から得られる栄養も少なかったのだろう。今まで、まともに泣いた事がなかった私は泣いた。
母は私が泣いた理由がわかるので、強く抱きしめ、
声に出して「ごめんね。ごめんね。」
と一緒に泣きながら言った。
日が昇ったのか暮れたのかわからない日々が続き、
ある日、母が消えた。
本当に消えた。
どこにもいなくなってしまった。
私は、また泣いた。
だが、泣いても意味がないのもすぐわかった。
そして、私はこのまま死ぬのだろうと、察した。
何もなさず、このまま消えるのか。
何も知らないから、そんなものか。と思っていた。
いくらが時間が過ぎた頃、誰かが来た。
「発見しました!」
「おいおい!マジかよ?まだ息あるよな!?」
「だいぶ衰弱してる!お前ら急げ!」
そして、私は救われた。
数人の警察官に守られて病院に担ぎ込まれた。
当時の状態は、栄養失調による衰弱でいつ死んでも
おかしくない状況だったのだそうだ。
幾日も看病された。
母と父の件もあったので、声を出さないようにした。
「容疑者は?」
私の目の前で警察官は小声で話しだした。
この頃には、母のお陰で聞き取りは完璧だった。
母は、私の声を心の声と表現していた。
心の声は、人の口から発するそれとは異なり、私の思いや望みを相手の解釈しやすい言葉で勝手に変換されるらしく、私は、生まれた当時、日本語の一部を把握できなかった。
母は、その事を気づかせてくれたうえで、日本語も教えてくれていた。
「まだ、精神鑑定中ですね。あの言動から、到底正気とは思えませんし。」
「....難しいな」
「唯一の救いはこの子が生きてることですね。」
「そうとも言えん。この先、誰が面倒を見るのだろうか?」
「....親族からあんな言われようでしたからね。」
どんないわれようなのかは若い警察官の心の声でわかった。
忌み子、悪魔、死神、厄、などの言われを受けているようだ。
続けて、このまま、回復すればどこかの施設に入るようだ。
施設も良い印象はないようだ。
ただ、一つ私が救われたのは、
母が消えた理由が私を捨てたのではなく、母が警察に拘束された為だったのだ。
当時の私には母以外に頼れるものがなかったのだから、
その依代が裏切られなかった事が本当に、私を救ってくれた。
「アキは、もう署に戻れ。」
そう老いた警察官は言った。