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七夕短編シリーズ

七夕令嬢のため息 承

作者: 乃ノ八乃


※この作品は去年の七夕に投稿した七夕令嬢のため息の続編です。


単体でもお楽しみ頂ける内容となっていますが、前作をお読みになってからの方がより一層、お楽しみ頂けると思います。


では、本編をどうぞ。


 

――――アタシには他の人とは違う何かがある。


 まあ、違うと言ってもそこまで大した違いではなく、ただ、アタシの中にもう一人、誰かがいるというだけ。


 どうしてそれに気付いたのかというと、単純に変わっている時の記憶がアタシにあるからだ。


 一年の中のある日……もう一人のアタシが七夕と呼ぶその一日だけ入れ替わり、身体を自由に動かせなくなる。


 とはいっても、意識だけはあるから、もう一人のアタシが見て感じた事を知る事はできた。


 だからその視点を通してもう一人のアタシがどんな奴かも知っている。


 まあ、気付いていないフリをしているからもう一人のアタシはアタシが何も知らないと思っているだろう。


 もう一人のアタシはなんというか、物凄く達観しているけど、普通の奴だった。


 少なくとも、巷で悪役令嬢なんて言われているアタシよりは大分、マシな奴だとは思う。


(……それなのにどうしてアタシが主人格なんだろうね)


 アタシの性格が終わっているのは自覚している。


 というか、それが直らない、直せないのも分かっているからこそ、もう一人のアタシに全てを明け渡してしまいたいと思っているのだけど。


「――――あ、あの……お、お嬢様……そ、その、お食事の準備が……」

「……お前はいちいち詰まりながらじゃないと物が喋れないのかしら?」


 呼びに来たメイドに対して思った事をそのまま口にして彼女を威圧してしまう。


「も、申し訳ありません!そ、その――――」

「もういいわ。今行くからとっとと失せなさい」


 ひたすらに謝り倒してくるメイドを部屋から追い出し、一人になった室内でため息を吐く。


 アタシは別に好きで暴言を吐いているわけじゃない。


 いや、正確に言えばあの程度を暴言だとすら思っていないといった方が正しいか。


 小さな頃からアタシが何をしても両親は何も言わなかった。


 使用人の一人がアタシを見下してきたからクビにした時も、陰でアタシの悪口を言ってたどっかの令嬢を殴り飛ばした時も、視線が気に食わないとメイドを罵り、辞職に追い込んだ時も、両親は叱りもしなかった。


 だからという訳ではないけど、アタシは少しでも気に入らない事があると我慢ができず、全てを思い通りにしなければ気が済まないようになっていた。


 自覚しているのなら自分でどうにかしろという話かもしれない。


 でも、自分でどうにかできるのならとっくにどうにかにしている。


 この終わった性格を一番嫌っているのは何を隠そうこのアタシなのだから。



 自らの性格に嫌気がさしていた日々の中、十六歳の誕生会でアタシはとあるイケメン貴族に一目惚れしてしまった。


 アタシの性格上、上手くいきっこないと分かっているにも関わらず、感情の赴くままに両親へと頼み込み、結果、そのイケメン貴族との会食をセッティングしてもらう事になった……もう一人のアタシが出てくる七夕に、だ。


 そこでようやくアタシは気付いた。もはや、両親でさえ、アタシの性格に辟易していた事に。


 その瞬間、アタシの中で何かがプツンと切れ、全ての事がどうでもよくなった。


 あれほど必死に頼んでセッティングしてもらった会食は元より、イケメン貴族への恋心すらも一気に冷めてしまい、世界が色褪せているかのような錯覚さえ覚える。


 ここまで一度たりとも叱らなかったくせに、手が付けられないと勝手に見限るなんてひどい両親だと思いもしたが、子が子なら親も親という事だろうし、なにより、結局、一番悪いのは自分だ。


 そこから目を背けるわけにはいかない。


(ああ、でも、ここで引くのはらしくない……きちんとアタシらしいアタシを演じないと……)


 さっきまで自分の意志に反して止められなかった性格……というより衝動が嘘のように無くなってしまった。


 今ならこれまでのアタシを捨てられるような気さえするけど、それでもやってきた事が消える訳じゃない。


 今更、良い子になったところでアタシが傷つけてきた相手は救われないし、周りの目だって変わらない……なにより、過去をなかった事にして変わろうなんて虫のいい話、アタシ自身が一番、受けいれられなかった。


(……そうだ、いっその事、とびっきりの道化を演じよう。愚かで無知な悪役令嬢を)


 そう決めたアタシの行動は早かった。


 辟易している事を隠して接している両親にはイケメン貴族との会食に舞い上がっている姿を見せ、使用人やメイドにはいつも通り、気に入らないと怒鳴り散らす、誰にも……もう一人のアタシにも気付かれないよう完璧に演じる。


 そうしている内に会食の日を迎え、もう一人のアタシが無難にイケメン貴族をもてなした。


 おそらく、気付いていないだろうけど、あのイケメン貴族は相当にもう一人のアタシを気に入っていたように思う。


 噂の悪役令嬢が実際に会ってみたら普通の女の子……それもイケメン貴族に(なび)かないのだからある意味当然の結果なのかもしれない。


(まあ、イケメン貴族が気に入ったアタシは七夕の一日だけの存在なんだけどね)


 何も知らないイケメン貴族から届いた会食の知らせを聞きながら、表面上は喜んで見せ、内心ではそんな事を考える。


「まあ!あの方からの会食のお誘い!?なんと嬉しい事でしょう!!」


 阿呆みたいに喜び、変わらずの道化を演じたアタシはその会食の申し出を受け、いつも通りに……いや、いつも以上にはしゃいだ結果、イケメン貴族からの誘いは二度と来なくなった……アタシに対しては、だけど。


 何度目かの会食以降、どんな手を使ったのかは知らないが、あのイケメン貴族はアタシの性格が一日だけ変わるという情報をどこからか掴んだみたいで、もう一人のアタシが出てくる七夕を狙って会食をセッティングしてきた。


 おまけにその会食の日、もう一人のアタシに向かって「今日の君が本当の君なのだろう?」と迫真の顔で尋ねてくる始末。


 確かに性格の終わっているアタシが一日だけ別人のごとく普通の女の子になるなんて非常識な出来事はどこか物語染みているけれど、まさかイケメン貴族がその発想に至るなんて思いもしなかった。


 そんなイケメン貴族の問いに対し、もう一人のアタシの答えは本当のというなら自分は偽物……だからごめんなさいというもの。


 もう一人のアタシの心情までは分からないが、この先、一年に一日だけしか出てくる事のできない自分に会うためにイケメン貴族の人生を棒に振らせるわけにはいかないとでも考えたのだろう。


 この言葉が効いたのか、それ以降、イケメン貴族がアタシの誘いを受ける事も、向こうから誘ってくる事もなかった。


 だからこそ、その年の七夕当日にイケメン貴族がアタシの部屋にいたのには酷く驚いた。


 まあ、驚いたといっても、もう一人のアタシ越しなので特別、反応を示した訳ではないが、ともかく、会食の予定なんてなかっただけにイケメン貴族の訪問はアタシ達にとって寝耳に水の出来事だったのは確かだ。


 聞くところによると、どうやらイケメン貴族は言葉を曲解し、もう一人のアタシが自分のために嘘を吐いていると思ったらしく、更にはもう一人のアタシは一年に一度しか元に戻れない、人格を乗っ取られた可哀そうな子で、その呪縛を解き放って娶るとかとんでもない事まで言い出した。


 正直、勝手に盛り上がっているイケメン貴族には流石のアタシ……いや、アタシ達もドン引きだった。


 けれど、もし、本当にイケメン貴族がもう一人のアタシを本当のアタシにしてくれるというなら願ってもない事だ。


 ずっと嫌気がさしていた日々に、変わりたくても変われないアタシをどうか偽物にしてほしい。


 そんな微かな希望を抱いてアタシは今日もいつも通り悪役令嬢を演じる。


 そこから先、何度も何度もイケメン貴族がもう一人のアタシに会う度、その希望を打ち砕かれながら。


――――ああ……どうか、どうか早くアタシを終わらせて。




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