第五十九話「解散」
「……ねぇ、レイラ」
何となく全員が黙っていた沈黙を破ったのはアスカの声だった。
「次にどこの世界に行くって話、ちょっと相談があるんだけどさ……」
「どこか行きたいところでもある?」
アスカは何だかんだ言って自分からあまり意見をいうタイプではない。自我は強いけど、相手の意見に対して自分の意見をぶつけるタイプだ。
だから、アスカから次に行く世界の相談をされたのは結構驚いている。
「アタシは知らないことをもっと知りたいっていう探求心でこの旅を始めたわ。レイラのおかげで見たことのない世界をいくつも見れたし、世界を渡る者になったことで不老となったから、旅だって生きていたことよりも楽だし」
アスカが少しだけ俯く。なんとなくだけど彼女が言い出したいことに察しがついてきた。
やはり、彼女もまた『旅人』なのだろう。
「みんなと一緒に旅するのすごく楽しかったんだけど、その……。レイラ、あの……」
「欲しいのはこれでしょ、はい」
私は懐から小さな鈴を取り出して、アスカの両手に握らせた。
「えっ……」
少しだけ驚いたような顔で私の目を見つめてくる。
「欲しかったんでしょ? 御霊の鈴」
「そ、そうだけど、なんで……」
「この旅はレイラ=フォードの旅であって、アスカ=ビレンの旅ではない。アスカはアスカの旅がしたいんでしょ?」
「うん……。さっきの世界を見て改めて思ったの、アタシはあの世界にいてもレイラみたいに色々と判断して解決することは出来ないし、ステラみたいな便利な能力もない。このレイラ=フォードの旅にアスカ=ビレンという人間はそこまで必要ではないって」
アスカの声は少し震えていた。別に泣いているわけではないけど、思うところがあるのだろう。
サグメ様のところで心は強くなったかもしれないけど、やはり自分が何もできないということに負い目があるのはどうしても仕方がないと思う。
「そんなことないわよ。アスカがいてくれるから話がいつも簡潔にまとまるし、貴重なツッコミ役だし、助けてくれることだって何度もあったわ」
「そういって貰えると嬉しいかな、でもアタシはもっとアタシの力で旅がしたいの。アスカ=ビレンの旅を!」
「ふふ、身体は少女のままだけど精神はすっかり大人になったわね」
「アスカちゃん、私もその旅に――」
ラヴェルが少し寂しそうな顔でアスカに声をかけると、アスカは少しだけ険しそうな顔をした。
「ラヴェルは駄目! ラヴェルはアタシよりもずっと優秀だから! ラヴェルがいたら、アタシの旅じゃなくてラヴェルの旅になっちゃうから……。ラヴェルはレイラに着いて行って欲しい……」
嫌悪ではなく、愛情があるからこその拒否。二人の間には確かに友情があった。
「ワタシはー?」
「ステラも駄目、ステラの能力は便利すぎる。……それに、そもそもアタシがステラをコントロールできるとは思えないのよね……」
友情もあるけど……。苦笑いしているあたり、そこはそこで本心なのだろう。
まぁ、それには同意せざるをえない。というか、私もまだステラの性格を完全にコントロール出来ているとは思っていない……。
この子はちょっとしたことからとんでもないことをやりかねない危うさがある……。
「キジナについてはサグメ様がレイラについていけ言ってたんだから、アタシの方には誘っても来ないわよね?」
「おっしゃる通りでございます」
「というわけだから、私の一人旅になるわね」
「ちょおおおおおおおっと!! 俺は!? 俺を忘れてないッスか!?」
「は? アンタいたの?」
「ずっといましたよ! アスカさんのお傍にはずっといつでもいますよ! いや、世界渡って全員集合するまではいないですけど!」
「あっそ」
全員が言い終わるのを待っていたかのように大哉が割って入る。
多分、大哉はもう――。
「ひどい!」
「それで? あんたはどうしたいのよ?」
「どう、とは?」
「どうはどうよ」
「アスカさんと一緒に行きたいッス!!」
「……仕方ないわね」
――意外ね。大哉は多分ついていくのは控えようと思っていただろうに、アスカの方から大哉を誘うなんて。
「え、いいんスか……?」
ふざけたフリをしていた大哉が一転して真面目な顔に戻る。お道化ていただけ大哉は心配だとか不安だとかそういった面持ちをした後に、改めて笑顔でアスカに問いただした。
「ホントにいいんスか?」
「……だから、良いって言ってるでしょ」
いつもならわざとらしいくらい笑顔の大哉だけど、珍しく微笑み、想いを噛みしめている。
どこか空っぽな大哉の心に、本当の意味で改めてアスカというピースが埋まったのかもしれない。
「あー、もう! アタシの話は終り!」
恥ずかしいのかバツが悪そうなアスカが話を変えようとすると、それに乗るように今度はラヴェルが声を発した。
「……レイラさん、アスカちゃんがきっかけってなっちゃうと負担になるかもしれないんですけど、私も少しだけ思っていたことがあったんですけど……」
「うん、構わないわ。この際だからみんな吐き出しちゃってさ。みんなでスッキリしましょ」
「はい、実は私もアスカちゃんと同じくレイラさん達と別れて旅をしたいっていう気持ちが強くなってきていたんです。もちろん、この旅が嫌だというわけではないですし、レイラフォードとルーラシードの赤い糸を紡ぐ旅――そして何より、自分自身がレイラフォードであったこと、色んな経験を経て私にももっと何かできるんじゃないかって思ったんです!」
「そうよね、きっかけが私だっただけで、元々ラヴェルもアスカも旅に出たいって思っていたんだものね」
「はい、私は北へ向かいたかったのが、今はもっと先の世界を見てみたい、その好奇心が抑えられないんです!」
「ラヴェルもアスカも、やっぱり根っからの旅人なのね」
キジナのように命じられて旅をしている者もいれば、ステラや大哉のように誰かに付き添って旅をするものもいれば、ラヴェルやアスカのように旅をしたくて旅をしている者もいる。
みんなそれぞれの事情で旅をしている。
その事情に私が足かせとなってはいけないと思っている。だから、ラヴェルやアスカが別れたいというのであれば、それは笑顔で見送らなければならない。
「えー、ラヴェルも別れちゃうのぉー?」
ラヴェルとアスカの別れに対して、ステラは理解しつつも寂しさを拭いきれない様子がうかがえた。
「ステラはどうする?」
「どうって……。うーん……」
目を瞑り、両手の人差し指を頭に当て、うんうんと悩んでいる。
「別に無理して私についてこなくてもいいのよ、ステラの好きにして構わないからね」
「好きにって言われると余計に困るよぉ……。レイラともラヴェルとも旅したいし……」
「アタシは?」
「うーん、じゃあアスカとも」
「なによその言い方!」
「まぁまぁ、悪意のある意味じゃないんだから。それに、ステラがもし迷っているなら、できればラヴェルと一緒に行ってほしいわ。アスカは大哉と、ラヴェルがステラと、私はキジナと共に二人ずつ旅をするっていうのでちょうどいいじゃない」
「なによそれ、人数あわせで決めるつもり?」
少し不服そうにアスカが私を睨んでくる。そこまで怒らなくてもいいのに……。
「流石にそこまで適当な決め方じゃないわよ。単純にね『独り』ってのは寂しいのよ。私たちは精神が死んだ時に改めて完全な死が訪れるわ。だから万が一の時に支えてくれる仲間がいるっていうのはとても重要なことなの」
「確かにワタシもこの前、偽物の兄様と戦って死にかけたけど、ラヴェルに助けてもらったし……」
ステラが少しだけ寂し気な表情を浮かべてラヴェルの方を見る。
彼女にとって、それは間違いなく瀕死の重症を負った辛い出来事なのだろう。
「うん、わかった。ワタシはレイラの言うとおりラヴェルと一緒に行くよ! いいよね、ラヴェル?」
「もちろん、大歓迎だよ!」
ステラとラヴェルが抱きついて喜びを分かち合う。
彼女たちの旅もきっと楽しい物になるに違いない。
「よし! みんなそれぞれの道を歩むということで、しばらくのお別れね!」
「そうですね、しばらくの間はステラちゃんと二人歩んでいきます!」
「ラヴェルと一緒なら何があっても安心だね!」
「あーあ、アタシもラヴェルと一緒にいけばよかったかな。まぁ、でも言い出しっぺはアタシだしね」
「アスカさんには俺がついているから何があっても大丈夫ッスよ!」
「小生は引き続きレイラ様に同行する形となりますが、次はどこに向かわれるのか決めておられるのでしょうか?」
キジナが私の顔を見上げて無表情のまま尋ねてきた。
「そうね、ステラがいなくなるから、またサグメ様に御霊の鈴を貰いにいかなきゃならないけど、それから次に行く場所は一応決めてはいるわ」
「それはどちらでしょうか?」
「古代よ。世界樹の根っこも根っこ、限りなく神代に近い世界へ行こうと思うの」
私は人差し指を下に向けると、みんなも目線を下に下げたが、この空間では常に世界樹の全てが視界に収まっている。
だから、下を向いたところで景色は特別変わらない。
「神代? なんでまたそんな所に行くんスか?」
「知りたいのよ、レイラフォードとルーラシードについて、もっと詳しく。もちろん、サグメ様に聞けばわかることもあるとは思うけど、出来ればこの眼で見てみたいの……」
「なるほど、それがレイラさんの旅の中継地点の一つというわけですね」
「そうね、今まで気にしてすらいなかったことに気が付いてしまった。だから私はいかなきゃいけない、旅人としても、赤い糸を紡ぐ者としても……」
何故私はこの旅をしているのか、この数百年気にもせずに過ごしてきたけど、いよいよそれと向き合わなければならない時が来た……。
「それじゃあ、みんな。また会いましょ、それぞれの旅にキリがついた時にね。もちろん誰かが困った時には助けに行くわよ」
こうして、私たちの長いようで短かった旅に一区切りがついた。
もちろん、私の物語はまだ続いていく……。




