第五十八話「赤い糸のない世界」
星空と草原しかない世界を進み、ピーさんが見えない位置まで来ると、私は右手を前に差し出し、青白い光を放つ円を生み出した。
並行世界を渡る『門』のようなもの。
世界を渡る者であれば誰もが使えるようになる能力。
以前、ヨーコと『パラレルワールドゲート』、略して『PWG』と呼んでみたり、お酒を呑みながら名づけでやたらと盛り上がったこともあったけど、最終的にもうちょっと良い呼び方があるのではないかと急に冷静になって、名称は結局保留になってしまった。もし世界の理として正しい名称があるなら教えてほしい。今度サグメ様に聞いてみようかな。
閑話休題。
光る円を入って世界樹の空間へ全員が移動をする。
「全員来たわね」
ステラ、ラヴェル、アスカ、大哉、そしてキジナの五人がいることを確認した。
「レイラさん、まだ結果を見てなかったと思ったんですが……」
「まだ脳波ってやつがうんたらってだけで、精神は生き返ってなかったんじゃないの?」
ラヴェルとアスカが尋ねてくる。当然の疑問だ。
「まずそこから説明するわ。さっきピーさんと話をしたときにも言ったけど、冷凍睡眠が解除されたさっきの段階でステラの星をみるひとで人間がいることは確認できたわ」
「……その割にレイラ様のお顔が優れないあたり、何か問題があったのでしょうか」
「キジナの言うとおり、別の問題が発生したわ」
私が言い淀んでステラの顔をつい見てしまったら、ステラは顔色を一つ変えず痛いところをついてきた。
「なんかね『人間』は八人見つかったけど、『ルーラシード』と『レイラフォード』は見つからなかったんだよね」
「つまり、あの世界には『人間』が存在する状態になっても未来を拓く二人が生まれなかったのよ」
『人間』がいるのにレイラフォードとルーラシードがいない。それは重要な意味を持っている……。
「あの八人に偶然いなかっただけじゃないんですか?」
「残念だけどそれはありえないわ。冷凍睡眠という仮死状態であったとはいえ、あの世界の『人間は全員死んだ状態』になっていたのだから、そこに『生きた人間』が現れたらルーラシードかレイラフォードも生まれなければ理屈にあわないわ」
『人間がいないからレイラフォードとルーラシードがいない』という理屈は理解できる。でも、それであれば対偶である『レイラフォードとルーラシードがいるから人間がいる』も証明できなければならない。
レイラフォードとルーラシードがいないのに人間がいるという状況は存在するはずがないのだ。
「それなら、ピーさんの言うようにまだ精神が回復しきっていなかったから反応しなかったとかは?」
「それもあり得ないわ、ステラの星をみるひとは精神を探知する能力だということが判明して、そのうえで『人間』という精神を八人分しっかり探知できている。ステラの能力が反応できているのに世界が人間と認定しないとは考えづらいわ」
「じゃあなんで……」
「多分だけど、神話にも合った通り『人が産み落とした』人間じゃないから――そう、あの世界にいる人たちは『造られた人間』なんじゃないのかしら……?」
「造られた人間……?」
人間の種類が一つであるなんていうのは、単なる固定観念でしかない。実際に『鬼』であるサグメ様もレイラフォードだ。
『鬼』は『人間』か? 答えを知らなければ迷うかもしれないけど、現在もレイラフォードであるサグメ様という答えを知っているから、この問いの答えはイエスだとわかる。
「ピーさんはアンラマンユとの戦闘で大幅な被害を受けた際に、冷凍睡眠する人間を補充する形で『製造』すると言っていたわ」
「製造……あっ――」
「そう、『産み落とされていない』のよ、あの世界の人間は」
最初に気が付いたのはラヴェルのようだった。やはりラヴェルは賢い。
「確かに姿かたちは人間かもしれないですけど、複製した人間や魔法を使って生み出した人間は厳密には『人間』として扱われないということですね」
「本物そっくりに複製したとしても、所詮偽札は偽札、買い物には使えないわ」
「なるほど、確かにそれであれば理屈が通ります」
キジナも理解が出来たようで頷いている。
「もしかしたら、眠っている人たちのなかには『産み落とされた』人間がいるかもしれないけど、それを私たちの目的のためだけに冷凍睡眠を解除していくなんてのは自己中心的過ぎるし、もしかしたら一人もいない可能性だってある」
「人類を守るのがピーさんたちの役割だし、私たちも未来を生み出すのが使命ではありますけど、人間が滅んでしまうかもしれないというのであれば話は別ですからね」
「うーん、なんというか、人類の一人としてはまだ希望が残ってるって感じかもしれないッスけど、世界を渡る者としては辛い世界ッスね……」
「複製した人間――クローン人間は『人間』ではないし、『レイラフォードとルーラシードになることがない』。これは世界の理のなかでも重要なことかもしれないわね……」
私は少なからず嫌な想像をしてしまった。
『アイツ』ならやりかねない、『アイツ』にチャンスを与えたくない――と。
「今までの話は何となくは理解できたけど、複製人間だっけ? それがいると何かマズいことでもあるの?」
アスカは理解できているのか微妙な顔で私に尋ねてきた。
私は嫌なことがある、私はアイツの考えが時々わかってしまうことだ。私が嫌がることを自分自身ですぐに思いついてしまう……。
「単純な話よ、複製人間だらけでこの世界みたいにレイラフォードとルーラシードがいなくて一番喜ぶのは誰? この前嫌っていうほど実感したはずだけど」
キジナ以外の全員がハッとした顔をする。
そう『アイツ』だ。
「魔女……ユキナ……」
アスカがトラウマを植え付けられた時のことを思い浮かべているのか、歯ぎしりをして苛立ちを露わにしている。
「レイラフォードを殺して回っているユキナにとって『レイラフォードが生まれない方法』というのは、喉から手が出るほど欲しい情報でしょうね。だから、みんなが中途半端に気が付く前に伝えて戒厳令を出そうと思ってね」
「でも、実際にこの方法を知っても、実行することってできるんでしょうか……?」
「そこはわからない。でも、知ってると知らないというのは大きな違いよ。みんなのこと信頼して伝えたんだからね」
「確かに俺たちはユキナの洗脳にはかからないから、俺たちが黙っていたら問題はないッスからね。まぁ、自白剤とか打たれたらわからないッスけど」
「そもそも、そのユキナという者は小生たちがレイラフォードとルーラシードを生み出さない方法を知っているとすら思わないでしょうし、ユキナという者の能力は精神のみの存在である我々には通用しないというのであれば、先ほどの世界の幻体たちにも通用しないはずです」
キジナが目を瞑って語る。この子は物事の裏にある内容を引っ張りだしてくれるので助かる。
「確かに……。彼ら幻体に対してはユキナの洗脳能力は恐らく殆ど効かないでしょうね」
「それは私たちの世界で魔法使いが魔女の洗脳にかからなかったのと同じことですか?」
ラヴェルの出身世界でユキナは懲りてるはずだ。自分の能力が通用しない世界の面倒さというものを。
「そうよ、さっきまでいたピーさん達の世界はラヴェルの世界と同じ――いや、それ以上に相性の悪い世界でしょうね」
そう、こちらの弱点が見つかったのと同時に、アイツの弱点も見つかったわけでもある。アイツはよっぽどのことがない限り未来の世界には行かないでしょうね。
いや、一度行って痛い目を見て欲しい。むしろ見ろ!
いずれにせよ、少なからずユキナに対抗できる手段というものが見つかりだしているというのは好都合だ。アイツを未来世界に連れ込めばただの弱々しい只の女になる。
「それでレイラ様、こういった事情がわかったうえでどう対処され、次はどこへ旅立つのでしょうか?」
目を瞑ったままキジナが問いかけてくる。今私が一番聞かれたくないことを言うのはやめてほしい。
「そうね……。正直、今回の新たなレイラフォード達が生まれないという事に関してすぐにどうこうするような案は思いつかないわ。世界を何百年と渡っても、頭の出来がよくなるわけじゃないからね」
「そんな、レイラさんがいたから今の私たちがいるんですから。謙遜する必要はないですよ」
「そうだよー、レイラのおかげ、おかげ!」
ラヴェルとステラが励ましてくれるけど、それでも私からしたらやっぱり大したことは出来ていないと思う。
何百年と世界を渡っているといっても、元々は所詮ただの女子大生だ。
「ありがとう二人とも。でも、正直私が世界を渡る者になってから成功させた事例って全体から見たら少ないのかもしれないのよね……。こういう事情で頓挫してしまったり、事情は言えないけどラヴェルがレイラフォードだった世界でも自分の気持ちを優先して赤い糸を紡ぐのをやめてしまったし……。正攻法で行くなら成功率の高い世界かなぁ……」
最初に私が未来に行きたいと言った結果がこれだから……。なんて自己嫌悪するほど繊細な人間ではないし、みんなも私を責めるようなことは絶対にないだろう。
ただ、赤い糸を紡ぐよりも他のことを優先してしまうというのは、覚悟という点においてはユキナよりも劣っているという自覚はある。
きっとユキナが私の立場だったら、あの世界の冷凍睡眠を全て解いてでも赤い糸を紡いでいただろう。
私は弱い……。強いのは守りたいという想いの力くらいだ……。




