第五十五話「赤い糸の神話」
「これはこの前、みんなが眠っている間にサグメ様から聞いた神話の話よ」
「サグメ様から……!?」
ずっと黙っていたキジナが驚くような反応を見せた。
やはり彼はレイラフォードとルーラシード、そしてサグメ様以外にはあまり興味がないようだ。
「私もこの前初めて聞いたのだけど、元々レイラフォードとルーラシードは神話に出てくる神の名前だったそうよ。何の神話か知らないし、もしかしたら別の宗教の話に統合されていたりするのかもしれないけど……」
「どんだけスゴいンすか、サグメ様……」
「あのお方は事実しか述べません。誰が見ても明確に戯れだとわかるとき以外、話すことは全てが絶対でございます。今こうして小生共が悩んでいる『件の』ことが起こったこの世界についても、一瞬で解決してしまうことでしょう」」
キジナがきつい視線で大哉を見る。厳しいなぁ。
まぁ、実際のところそれだけすごい人物であるというのは間違いないから、キジナが従うのも無理はない。
私ですらあの方の言うことは絶対だと理解できる。
「私たちが並行世界を移動する時に見る大樹――世界樹がまだ芽吹いたとき『神から人に堕ちた者』がいた。それがレイラフォードとルーラシードなんですって。別の話のついでで聞いた話だったから、どういう理由なのかまでは聞いてはいないんだけど」
「なんだか話が急に壮大になったわね……」
「でも、サグメ様が言うなら……」
アスカとラヴェルが少し戸惑った様子でこちらを見る。
確かにさっきまでコンクリートで囲まれた世界が不安だのなんだの言っていたのに、気が付いたら創世神話みたいな話をしているんだもの、当然よね。
「――レイラフォードとルーラシードはその魂を人に宿らせた。そして、その者が死した時は、産み落とされた異なる魂へと移る――っておっしゃってたわ」
「それって、ワタシたちがいつも『探してても見つからないー!』ってなってるけど、実は死んじゃってて違う人になってるってやつだよね?」
流石に何度もそういった事態に遭遇しているから、ステラでも状況は理解できたようだった。
「そうなの、私も死んだ際の再抽選のことに関する神話だと思っていたから、そこまで踏み込んで聞かなかったんだけど、いま改めて考えたら実はもう一つ意味があるんじゃないかと思って」
「もう一つ……ですか?」
「レイラフォードとルーラシードの魂は『人から産み落とされたものに宿る』っていう部分。人が『作ったもの』にはレイラフォードとルーラシードの魂は宿らない。だから、機械はもちろん、人間以外から産み落とされた生物も対象にはならない」
「――まぁ、それはこの世界を見ればわかるッスけどね。半透明の精神体ばっかりッスから」
「つまり『レイラフォードとルーラシードは産み落とされた人間から選ばれる』ってことじゃないのかしら?」
全員が静まり返る。
私の理屈もあっているのかどうか……。
「なるほど。あり得ます」
口火を切ったのはまさかのキジナだった。
「小生は、これまでサグメ様を始め、小姓たちと共に様々なレイラフォードとルーラシードを見てきましたが、精神のみ、あるいは肉体のみの者は見たことがありません。また、人間以外の者も同様ですが、人間とはサグメ様のような『鬼』や『獣人』なども該当するため、具体的な線引きは難しいかもしれません」
世界の理のプロフェッショナルであるサグメ様の側近のキジナが言うんだから、きっと間違いないのだろう。
「するってぇと、この『アレ』した世界にも『精神と肉体を持つ男女の人間』を用意すれば、自動的にレイラフォードとルーラシードになるってことッスか?」
「まぁ、推論だけどね。それにどうやってやるとか思いついてないし」
正直、思いついたことをそのまま口に出しただけだから、キジナの助言があった以外は何の根拠もない話だからね。
当たっていたらいいなぁーってくらいのものだ。
「ピーさん、ちょっといいですか?」
ラヴェルが神妙な顔でピーさんに声をかける。
『どういたしましたか』
「ここに来る前に『幻体は精神だけだから量産しやすい』という話をしていたと思うんですが、それって量産がしやすいから幻体を作っているんであって、逆に言い換えれば『人間や物体は費用が高いから作らない』っていうことですか?」
ラヴェルのその言葉に、全員が息を飲んだ。
確かにピーさんはそう言った。もしそれができるなら、人類がアレ――滅亡したこの世界でも未来を生み出すことができるかもしれない……!
別に焦らしているわけではなく、ピーさんの反応が気になって一瞬の間が時の鎖で繋がれたかのように長く感じてしまう。
『――肯定。物体はアンラマンユとの誤認を避けるために製造が禁止されており、人間に関しては保護対象の増加を防ぐために新規製造は制限されております』
っていうことは、つまり――
「レイラフォードとルーラシードを作ることができるってこと!?」
セリフをアスカに取られてしまった。まぁ、私が言いたいことを言ってもらえたと思えばいいか。
問題は製造が制限されている状態をどうやって打破するかなのだが……。
「ピーさん、制限されているというのは理解できたわ。じゃあ実際に制限を解除して製造するにはどういった手続きが必要なのか、そして製造する上で必要なコストをしりたいんだけど」
「否定。人間の製造に関するプロセスについては、機密事項に当たるため開示することはできません」
「どうやったら教えてもらえるの? いえ、人間はどう状況のときに作られるの?」
「人類の数が大幅に減少した際に製造がおこなわれます。直近では一万千二百年ほど前に第十一次アンラマンユ討滅戦にてフォースエルサレムが半壊した際に、他のエルサレムで人間を生産し、既に冷凍保存されていた人間と共にフィフスエルサレムへ補充して冷凍保存いたしました」
なるほど、人類の総量が減ったタイミングで人間を製造して補充しているというわけなのね……。
それならば『人類が減っている』という事実を教えてあげれば人間を製造する――というわけね。
それにしても、一万千二百年前に人間が製造されたということは、その時に一旦はレイラフォードとルーラシードが生まれていたのかしら……?
いや『産み落とされた人間』に魂が宿るんだから『製造された人間』はレイラフォードとルーラシードにはならないのか……?
ステラの星をみるひとを感知したとはいえ、世界の理を伝えられるわけではない。ピーさんにレイラフォードや世界の理に関することを聞けないのがネックね……。
「ピーさん、これから話すことに関して理由は言えないけど、出来れば信じて欲しいわ」
『了承。内容に応じて対応いたします』
「コールドスリープしている人間を何人か冷凍解除して存命かどうかを確認したほうが良いと思うわ」
『理由を伺ってもよろしいでしょうか?』
「先ほど発したステラの精神感応波は人間を探索するためのものだったの。でも『人間』という条件での『精神』を感知することができなかったから、コールドスリープしている人間は物体も精神の『停止』しているか、コールドスリープしている人間が『死んで物体となっている』のどちらかだと思うの」
『…………』
「何人か一時的にコールドスリープを解除して、ステラに星をみるひとを使わせてみてもいいし、あなた達が生きていると診断してもいいわ」
『なるほど……。先ほどの精神感応波は間違いなく斥候能力として優れたものでした。その対象で調査されたのであれば納得が行く理由です』
「どうかしら、検証の余地はあると思うんだけど……?」
『認証。人類管理本部へ照会し、当該事項の検証を打診します』
「おぉ…」
私たちの間で安堵とも感動とも言える声があがった。
これでこの世界のレイラフォードとルーラシードを――赤い糸を紡ぐのではなく作り出すことができるかもしれない……!




