第五十四話「生きている、とは」
ふと考える。
人類がいない――例えコールドスリープしているとしても、人間は『いる』はずだ。しかし星をみるひとでは人間は『いない』と出た。
つまり、コールドスリープされている人たちは『人間ではない』のだ。
じゃあ、どうして『いない』のか。それは生きて『いない』からだ。
星をみるひとでは生き物を探索する、死んでいるものは探索できない。
コールドスリープしている人間は生きて『いない』のだろうか?
仮死状態だから生きて『いない』のであれば、それでいい。
だが、もし生きて『いない』のであれば、もう人類は滅んでいるのだろう。しかし、それを幻体達は後生大事に守っているわけと……。
悲しい現実だ、サイコリライトシステムでそれを知ってしまうというのは……。
◇ ◇ ◇
幻体居住区ルンビニというところにやってきた。
まばゆい光を通った先にはやたらと背の高い改札のようなものがあるが、特に問題なく通り過ぎることができた。三メートルくらいはあるのではないだろうか。
『幻体のサイズには様々なものがあります。概ねこのサイズであればどの幻体でも対応が可能です』
「なるほど……」
「レイラ、あんた今適当に『なるほど』って言ってたでしょ」
アスカが私の顔をジトっとした目で見てくる。
「ちゃんとわかってるわよ!」
そんなに大きいサイズの幻体っていうのが、どんなものか想像がつかないという点においてはそうかもしれないけど、まぁ大体は想像ついているわよ。きっと重機みたいな仕事をするために大きいのよ。
そうこう言いながら改札を抜けると、そこには一面の星空のもと、打ちっぱなしのコンクリートのような建材で作られた大小様々な四角い建物が一面に溢れていた。地面もコンクリート張りだ、わお。
「うーん……。実に効率的なお住まいっスねぇ……」
「そうねぇ……」
「なんだかちょっと不気味な感じがします……」
「あぁ、コンクリートに馴染みがないラヴェルからしたらそう感じるのね。いや、まぁ私でも流石にホラー映画の舞台みたいで気持ち悪く感じるけど……」
不思議なもので、仮にこれがコンクリートでもレンガ造りだったり、色味が違えば印象が違うんでしょうけどね。
それにしても、ルンビニに到着したのでピーさんはここでサヨナラなのかと思ったら、どうもそうではない様子だった。
「ねぇねぇ、どうかしたの? ピーさん?」
『…………先ほど、ステラ様が発せられた精神感応波ですが。あれは探索機能でしょうか?』
ピーさんがふよふよと浮きながらステラに向かって問いかける。
なにか気になることでもあるのだろうか。
「そうだよ? どして?」
『探索機能を持つ斥候幻体はおりますが、あれほど広範囲で使用可能な幻体は珍しかったためです』
「でしょー! ワタシすごいんだから!」
喜ぶステラとは対照的にアスカは少し冷ややかな目で二人のことを見つめていた。
多分、何となくだけど私と同じことを思っているような気がする。
「ピーさん、まさかとは思うけどステラを勧誘するつもりじゃないでしょうね」
『肯定。先の探索機能は対アンラマンユにおいて非常に有効と判断いたしました』
気持ちはわかるけど、私たちも探索と戦闘の優秀な要員がいなくなってしまっては困る。というか、そもそも気になっている部分がある。
「ステラ、あなたの星をみるひとって今まで『生き物』には反応して『生き物ではないもの』には反応しないって言ってたけど、『生き物』の定義ってなに?」
自分で言っておいて何だけど、ステラには難しい質問だったかもしれない。
「えーとえーと……」
案の定、ほら、両手で頭を抱えて眼を回している。申し訳ない気持ちはあるけど、私には他に聞き方が思いつかなかったから仕方ない。
「えーっと、ステラちゃん? 私やレイラさんは星をみるひとで見つけることはできるんだよね?」
「うん、ラヴェルたちも見つけることはできるよ」
ステラがうんうんと頷く。
「私たちの世界ではイノシシとかクマを探して狩りをしてたよね」
「うん、やってたやってた」
ステラがうんうんと頷く。
「じゃあ、亡くなってすぐ、焼いたり地面に埋める前の人やイノシシなんかはどう?」
「うーん、使ったことないんだけど、多分無理だと思う。何となくだけど」
なるほど、流石ラヴェル先生。わかりやすい聞き方だ。
こういうところで地頭の良さが出るんだろうなぁ。
「ピーさん、残念ですけどステラちゃんはアンラマンユは探索できないと思います」
『どういうことでしょうか』
「ステラちゃんは幻体である私たち、そして幻体と物体が合わさった状態の人間は探索できますが、死体――つまり物体のみの存在は探索することができないようです」
「加えて言うなら、名称も必要っていうことかしら。それも、捨てた名前ではなく、その人が本当に自分の名称だと認識しているものね」
「あ、そうなんですか。 すみません、確かにレイラさんの方がステラちゃんの能力については詳しいですよね」
ラヴェルがこちらを向いて申し訳なさそうな顔をするが、申し訳ないのはこちらの方だ。
ステラの能力では『タイド=サン=ブラック』という名前では誰も見つからなかった。
この名称に関することは全て、ラヴェルの実父である「タイド=サン=ブラック」さん名前が「タガノ」という名前に変わっていたことで判明した条件だからだ。
ステラの星をみるひとは『生き物』というよりは『精神』を探索対象にして、『名称』や『属性』で詳細検索しているということになるのかな?
確かに今までだって物体を探索できるのであれば、特定の建物やそこら辺の石ころを探索することだってできるだろうし。
『なるほど。我々の物体に関する認識が甘かったようです』
もしかしてって想像だけど、人間が既に絶滅しているということも物体に関する知識というか扱いに不慣れだから、絶滅していないと思っているのかも……?
コールドスリープなら脈も止まっているだろうし、生きているか死んでいるか、人間『だった』私たちですら素人では判断できないだろう。
……精神、肉体、人間。
そういわれると、あまりしっかりと考えたことなかったわね。
精神と言われても何にどうして宿っているのだろうか……。
動いているものが『生き物』……?
でも、少なくともステラは植物は探索できないと言っていたから、食虫植物みたいに反射的に動くような植物であっても『精神』はないのだろう。
植物と動物と中間の存在は? 純粋な人間以外は? 獣人族や鬼であるサグメ様やキジナには精神が宿っている……。
『生きている』ってどういうことなんだろ……。
いつもステラの星をみるひとでレイラフォードとルーラシードを探索してもらっていたけど、つまりレイラフォードもルーラシードも『精神』に紐づいている……。
ん?
「あれ? なんでこの世界ってレイラフォードとルーラシードがいないんだ?」
「何言ってるンすか、姐さん。それは人類が絶――」
「――にいいいいいんげん! がっ! いないからですよねっ!!」
大哉の口をふさぐように慌ててラヴェルが大声をあげた。
このうっかり屋さんめ。
「それ、そこなのよ。仮に人類が――えっと、うーんと、その『アレ』してたとしても、ここには幻体と呼ばれる精神だけの存在がいるわけでしょ?」
「まぁ、そうっスね。えーっと『アレ』しててもこうして文明は続いているわけッスし」
「さっきステラの星をみるひとが精神に紐づいて探索しているということがわかったわけだけど、精神で探索しているならここの大量に生産されている幻体にレイラフォードとルーラシードがいてもおかしくはないと思うの」
「ということは、人類が『アレ』してしまったこの世界みたいに、精神だけの存在ではレイラフォードとルーラシードになることはないってことですか?」
みんなの視線が私に集まる、こういう視線が集まる場面って苦手なのよね……。
でも、何となくだけど光明が見えてきたきがする。
「もしかしたらだけど、『アレ』してしまったこの世界に新しくレイラフォードとルーラシードを生み出せるかもしれないわ」




