第五十三話「アンラマンユ」
ただただ広い草原を歩いて数時間が経った。
「レイラァ、人間がいないんだから諦めたらー?」
ステラが私に向かって声をかけるが私は諦める気がなかった。せっかく来たのだから何か成果を得たい。
「せめて何かみつけてから。そう約束したでしょ」
「そうだけどさぁ」
そんな会話をしていたら私達に向かって大皿くらいの大きさの薄っぺらい半透明な物体が近づいてきた。
この世界に着いて初めての遭遇だ。
『精神感応波を検知! 精神感応波を検知! 警告! 警告! ここは進入禁止区域ファーストエルサレムである! 如何なる理由があっても侵入を許さず! 最寄りの幻体居住区域であるルンビニへの退去を命じる!』
ファーストエルサレム? エルサレムってキリスト教とかの聖地の?
『警告! 警告!』
半透明の円盤は警告を続けてきたため、こちらからもアクションをすることとした。
「申し訳ありません。私達はここに迷い込んだだけなので、危害を加えたり何かを荒らす目的はありません。しかし、どうして入ってはならない場所かわからなければ出る理由はありません。理由を教えていただければすぐにあなたの指示通り退出します」
半透明の円盤は少し間をおいたあと、改めて喋りだした。
『…………了承。説明の後、退去を命ずる。退去に応じない場合は相応の手段をもって対応する』
「穏やかじゃないですね……」
「まぁ、人間のいない世界での人間なんて異物でしょうしね」
『当該地はファーストエルサレム。かつて地球が存在した空間に作られた十五基のコロニー【エルサレム】のうちの最初の一基であり、地下に我らが主たる人間の約七パーセントがコールドスリープして眠っている』
随分とSFな世界に来てしまったわね……。
コロニーにコールドスリープって、フィクションの世界ならいくらでも聞いた単語だわ。
まさかコールドスリープなんてものを目の当たりに――いや見てないとはいえ、実在する世界にくるとはね……。
『現在、我々は第二十三次アンラマンユ討滅戦の最中である。幻体である貴殿らはアンラマンユではないと認識するが、エルサレムは本来許可を受けた存在のみが入館を許される施設である。それ故に即刻退去を命じるものである』
知らない単語だらけでよくわからないまま指示された方向へ進み、ファーストエルサレムというところから退去する転送装置というものに乗せられてしまった。
結局、わかったようなわからないような……。
◇ ◇ ◇
「……なんというか、わけが分からないわね」
「人類はコールドスリープしてて、代わりにロボなのかよく分からねぇ奴がよく分かんねぇ存在と戦ってるってことはわかったッスね」
「よくわからない用語が多いし、この乗り物……? これも動いてるの……」
アスカが少しオドオドした様子で辺りを見回す。
周りが光り輝き、上下左右すらあやしくなる、何もない光だけの空間だ。
並行世界を移動するときの世界樹の空間にも似ているけど、流石に感覚が違う。
それにしても、床が動いているわけでもなく、周りの光景は光ったまま、ただただ立ち尽くした状態のまま結構な時間が経っている。
進んでいるのかそれともワープしているのか、どれくらいの速度で移動しているのか、どうなっているのか全くわからない。
もっとも、ラヴェルやアスカに関しては私や大哉の知っている乗り物でもオドオドするかもしれないけど……。
「えーっと。円盤さん、あなたのお名前はなんて言うんですか?」
ラヴェルが先程まで話をしていた半透明の円盤に話しかけた。
名前などあるのだろうか?
『私の名称は四万二百九十一年式警邏型幻体。型式番号はPT400291です』
「難しい名前ですね……。うーん、じゃあ『ピーさん』とお呼びしますね!」
ラヴェルが笑顔でPTなんたらにあだ名をつけている。サグメ様ところから少し雰囲気が変わった気がする。垢抜けたと言うかなんというか。
「姐さん、あのピーさんの言う四万何年式って、もしかして西暦のことッスかねぇ……」
「でしょうね……」
ラヴェル達が漠然と驚いているなか、私と大哉はここが西暦四万年ということに衝撃を受けていた。ちなみにキジナだけは微動だにしていない。
そうか、西暦四万年にはもう人類はいないのか……。
もちろん、必ずしもこの並行世界と同じ未来になるとは限らないけど、根幹世界の未来の一つとしてこういう状況が存在するということはわかった。
なんとも複雑な心境である。
「お互いに名前を知らないとコミュニケーションに不便よね、私の名前はレイラよ。ピーさん、教えてほしいんだけど、人類はいつ滅んで、今は何と戦っているの?」
ピーさんに対して改めて話しかける。
彼? 彼女? はどれくらい対応してくれるのだろうか。
『暫定的にピーさんという名称での対応を許可する』
「ありがとう」
『先の質問について、人類は滅んでなどおりません。現在も各エルサレムの地下でコールドスリープしており、その管理を保護型幻体が行っています。また、広義で人類に脅威が訪れたのは西暦四千年頃です。宇宙から現れた侵略機械と遭遇した事まで遡ります』
「それでも西暦四千年なのね……」
「中国四千年の歴史も真っ青ッスね」
『多くの人類はこの際に亡くなり、一パーセント未満の人類――およそ五千万人が当時建造されていたコロニーにてコールドスリープして生き残っています』
「五千万人……」
この数字を多いと見るか少ないと見るか、少なくとも私は全人類という規模で考えたら少なく感じる。
それに、五千万人が生き残ったのではなくて、コールドスリープ装置を作れたのが五千万人分だった……という話かもしれないわね。
ここから人類は再び復活できるのだろうか……。
『敵性宇宙侵略機械を我々人類は、この世の全ての悪の存在として【アンラマンユ】と命名しました。アンラマンユの目的は星を侵略し、その星の資源を使って次の星を侵略するという、生物の本能に近いものです』
「人間が狩りをして食料を得て、その食料を食べて次の狩りに行くのと同じ感じなんですね……」
ラヴェルは私達と共に動物を狩りながら城塞都市に向かったことでも思い出しているのだろうか、少し顔色が曇って見える。
あの時は狩る側だったのが、この世界では人間が狩られる側になったのだ。こうして明確に立場の違いというものを見せつけられるのは辛いだろう。
『そして、我々人類――そのうち人間は全滅を避けるために全員がコールドスリープし、人間の代わりに我々のような幻体や幻体アンドロイドがアンラマンユと戦っております』
「あぁー、ちょっと待って待って、さっきから気になってたんだけど知らない単語が出てきてる」
「ねぇ! 幻体アンドロイドってなーに!? かっこいい名前だね?」
ステラが好奇心の塊みたいな顔でピーさんを見つめている。
この娘はこういう少年漫画みたいな展開が大好きだから、気持ちは分からなくはない。
『物体を持つものはアンラマンユという認識であるため、物体を持たないあなた方も幻体アンドロイドであると認識しました』
「あぁ、なるほど! 幻体っていうは精神だけの存在のことを指してるのね!」
我ながら理解が早いと褒めたくなった。
「でも、アタシやラヴェルなんかは機械ってのに疎いからわからないけど、機械にも精神ってあるものなの?」
アスカが誰もが思うであろう質問を聞いてきた。
「私個人の認識では機械には精神というものは存在しないと思うんだけど。その辺りはピーさんの方が詳しいんじゃないかしら」
全員の視線がピーさんに集まる。この世界のことはこの世界の住人に聞くのが一番早いから当然の話だ。
『アンラマンユのような機械生命体に精神は存在しません。そして、物体を生成するのは資源が必要であり、コストがかかるため非効率的です。しかし、幻体であれば容易に量産が可能です。そのため、我々人類は量産を優先して幻体の生産を行っています』
人間は肉体と精神を同時に持って産まれてくるけど、精神だけを生み出すことって可能なのかしら……?
生み出すのではなくて、幽霊を別の並行世界から呼び出しているとか……?
というより、そもそも何で人間は肉体と精神の両方を持って産まれてくるのだろう?
当然過ぎて考えたことなかったけど、技術さえあれば肉体だけで生まれることや、精神だけを産むことも可能なのかしら……。
確かに私達みたいに精神だけの存在でも実際には人間と大差ないし、量産が可能なら物理的な存在である機械と戦う面では有利な状態と言えるわけね。
やっぱり未来は私の理解の範疇を超えたものが出てきて楽しいわね。
「精神だけの存在――この世界だと幻体って呼ぶんだっけ、ピーさん」
『肯定。精神のみの存在を幻体、肉体のみの存在を物体、そして精神と肉体の両方を備えた存在を人間と呼称しています』
「なんとなくだけど、幻体アンドロイドというのは精神だけの存在でありつつ人型の存在を指して、そうでないもの――あなたのような人型でないものをただの幻体と呼称しているのかしら?」
『肯定。我々人類が用いていた技術は人型のものが多いため、幻体アンドロイドが製造されています。一方で、効率を重視し、私のような人型ではない幻体も数多く存在しています』
「なるほど、ちなみにその幻体を生み出す方法も聞いても大丈夫かしら?」
『当該事項については機密事項のため、身元が特定できない者への回答は行えない』
「残念、仕方ないわね」
まぁ、恐らく何かしらのサイコリライトシステムを使っているのだとは思うけどね。
それにしても、精神がなくても動く機械生命体か……。精神だけの存在の私が言うのもなんだけどとんでもない存在ね。
『まもなくルンビニへ到着します。降車準備をお願いいたします」
「あ、これ電車的な乗り物だったのね」
「おーけー! 降りるぞぉー!」
皆が皆、未知との遭遇に少なからず胸を高鳴らせているが、キジナだけは冷静なものだった。
私も少年心を出さずにこれくらい落ち着いていたいものだ。




