第五十一話「いざ未来へ!」
「それではサグメ様、しばし暇をいただきます」
「うむ、レイラについて行けば良い経験ができるだろう」
扇子を仰ぎながらサグメ様がわざわざ門の手前まで見送りに来ていただき、キジナが深々と礼をしている。
館にいたころは他の鬼たちと同じく白い装束を着ていたが、今は栗色の髪の毛にマッチした茜色と栗色の礼装をまとっている。
彼からしたら新しい服を与えられ、神の如き存在が直々に見送りに来ているのだ、これほど光栄なことは無いだろう。
「して? レイラよ。次はどの世界へと旅立つのだ?」
サグメ様が私の顔を見上げて次の行き先を確認してきた。
改めて目の前で相対すると、サグメ様の小ささに目がいってしまう。
「そうですね、サグメ様のおかげでみんなの精神力が高まったと思うので、私も行ったことのない世界に行ってみようかなと思います」
「え!? レイラが行ったことのない世界なんてあったの!?」
いつ以来か、元気になったステラが私の腰にまとわりつきながら問いかけてきた。
私の身体は一つしかないのに、並行世界なんて幾千万、いや幾億と無限にあるんだ。行ったことのない世界なんて山ほどある。
「レイラさんとステラちゃん以外の私達はどこに行っても新しい世界ですし、まだまだレイラさんに頼りっきりですからね。レイラさんが行ったことのない世界なら一緒に頑張れそうです!」
ラヴェルが珍しく鼻息を荒らげて気合を入れている。自己を強く持てる様になったようで、やっぱりここに来て良かったようだ。
「次に行く場所は決めてるわ! 次は『未来』に行くわよ!!」
こういうのは勢いが大事だと思って、思わず握りこぶしを掲げて宣言してしまった。
あまり私のキャラではなかったかもしれない。
私はほら、オシャレなカフェで紅茶を飲んでるタイプだからね。
「姐さん! 未来って、車とかバイクが空飛んでる、あの未来っすか!?」
「あれ? でも! この前バイクって乗り物が空を飛んでましたよ!?」
「あれは偽物の兄様の能力だよ!」
「もうみんな黙って頂戴。アタシやラヴェルなんかは未来って概念からしてよくわかってないから、まずレイラはその辺りから説明してよね」
各々が自由に喋る中、アスカが一番マトモな意見を出してきた。
この娘もここに来て憑き物が落ちた感じといえば良いのだろうか、一回り大人になった気がする。彼女も私が元いた世界でいえば女子中学生くらいの年齢だというのに、外見の年齢以上に大人になっている。
◇ ◇ ◇
「未来っていうのは、今よりも先の時間のことよ。厳密に言えば文明レベルが先の時代って言ったほうが正しいわね」
「時間が先ってのと文明レベルが先ってのは一緒じゃないンスか?」
確かに一般的な認識――というか一つの世界に住んでいれば時間は一方向にしか流れない。
未来という漠然としたイメージに馴染みのある大哉が疑問に思うのも無理はない。
「並行世界において時間という概念はかなり曖昧なのよ、例えば根幹世界にいた私や大哉は恐らく西暦二〇〇〇年前後に属していたはずよね?」
「そうッスね、俺が死んだ時は一九八六年でした。世紀末ッスよ、世紀末が来るッスよ」
「ちなみに大哉は携帯電話って持ってた?」
「もちろん。誰でも持ってたッスよ」
「大きさは? ボタンはあった?」
「大きさは……うーん、片手で持てるサイズ――でいいんすか? ボタンはもちろん。ボタンがないってどういうことッスか?」
「画面をタッチして操作する携帯電話があるのよ」
「はー、姐さんがいたのは俺より未来なんスねぇ。こりゃ、腕時計で電話する日も近いッスね」
大哉が感心しながらうんうん唸ってる。
まぁ、見たことがないものはなかなか想像できないわよね。
「そんなわけで、根幹世界にあたる並行世界はかなり差が少ないけど、枝葉に向かうに連れて時間の差が広がっていくのよ。例えば、ラヴェルやアスカがいた世界は一つの大きな大陸に人間が生活し、一定水準の文明を築いていたわよね?」
「そうですね、根幹世界に行って初めて海を見ました」
ラヴェルは初めて海を見た時の感動と興奮を思い出しているようだった。
そういえば、私も家族に連れられて初めて海を見に行った時は興奮したものだ。
ただ、それ以上に近づいて行くにつれて臭ってくるあの磯臭さに萎えたんだけどね。
「根幹世界では、世界が一つの大陸――いわゆるパンゲア大陸があったのはおよそ二億五千万年前の話なのよ」
「ア、アタシらって、レイラ達からしたらそんなに昔の人間だったの!?」
驚くのも無理はない、私も最初は時間間隔について聞いた時は酷く驚いたものだ。
「つまりアレッスか? 次行く所は俺達からしたら紀元前だけど車が空飛んでる世界かもしれないってことッスか?」
「ややこしいけど、そういうことね。だから、時間なんて尺度で過去や未来を語るのは面倒なのよ」
「何かすごーい機械とかがいーっぱいいるんだろうなぁ! 楽しみだね!!」
ステラがずっと私の腰に抱きついたまま離れない。よっぽど恋しかったのだろう。
「今まで未来に行ってなかった理由は、単純に私が未来の文明を知らないから不安だったのよ。既に死んだ身体とはいえ、物理的に死ぬことはある。過去の文明は現代の知識で対処が出来るけど、逆は難しいからね」
「なるほど、確かに私やアスカちゃんが、レイラさんや大哉さんの時代にいきなり行くのは不安ですからね……。交通ルールとかよくわからないまま自動車に轢かれて死んじゃってたかも……」
ラヴェルは賢いから使い方を教えただけで携帯電話を使えるようになったけど、流石に全く知らない状態で現代に放り出されたらきっと何もできないだろう。何なら私は今でも完全には使いこなせていないし……。
「ただ、そういった不安もこの人数と精神力なら乗り越えられるかなって。みんなに期待しちゃってる感じなんだけどねっ!」
「まぁ――アタシ達にどうしてもっていうなら仕方ないわね」
「ねぇー!」「そうですね!」「しゃーないッスね」
皆が一同に私の顔を見て微笑みかけてくれる。いい仲間を持ったなと改めて実感する。ちょっとクセが強いけど。
「それにしてもさぁ、そういう概念もだけど、世界の理に関することってアタシ達はレイラから聞いて覚えているけどさ、レイラはどこでそういうの覚えてくるのよ」
「そうね、基本的な事は私が皆に教えたように、私も本当の最初は魔女ユキナから聞いて、その後詳しくはヨーコっていう一緒に旅する仲間がいて、彼女から色々聞いたのよ」
「そういえば最近はヨーコに会ってないねぇー」
「ステラちゃんは、そのヨーコさんって方に会ったことあるんですか?」
「うん、何度もあるよー」
確かにステラの能力と知り合ってからも何度かヨーコと会う機会自体は何度かあったけど、ステラのこの奔放で距離感の近い性格は、引きこもり気味の性格のヨーコには好かれてなかったようだけどね……。
「ヨーコもステラと同じ探索能力があったのよ。その後、サグメ様から御霊の鈴を頂戴して、私一人でレイラフォードとルーラシードを探せるようになったら別々で活動することにしたってわけ」
「私達で言うレイラさんみたいな存在の方ってことですね」
「そうなるのかな? まぁ、ヨーコの話はまた追々話すとして……。その他に詳しい話はサグメ様から伺っているわ。今回も皆が目覚めるまでの間に色々と教えていただいたの」
目線をサグメ様に向けると、鼻高々な顔でこちらを向いていた。
「我も其方らよりかは長く生きておらぬからな、また分からぬことがあれば聞くが良い」
「また何百年後かにでもお茶でもいただきに伺います」
「それならば我も長生きせねばな」
今までなら畏れ多くて笑えてなかったみんなも、今は微笑むくらいの余裕が出来ているようだった。
「ほれ、こんなところでこれ以上無駄話せんと、はよう行かぬか」
「そのとおりです、レイラ様。次の世界へ向かいましょう」
「そ、そうね」
今までずっと話していたけどキジナが話に入ってくることは一度もなかったし、全く笑みを見せてくれていない。
これはなかなか強敵かもしれない……。
「それじゃあ『未来』へいきましょ!」




