第四十八話「夕暮れの大哉」
「さて、俺の相手は誰ッスかね」
大哉は真っ暗な空間に一人歩いているが何も現れる気配すらない。
「……あれ?」
辺りを見回しても何もない、すると暗闇から夕暮れの世界が広がっていった。
「サグメ様……だっけ、あの人は出てきた者と対峙して打ち勝てと言ってたけど、何もでてこないじゃん」
大哉はその場で胡座をかいてどっしりと座った。
「何も見えない、何もない、確かに俺にはピッタリかもしれないけど、どうしろっていうんスかねぇ……」
大哉は何もない空間で独り物思いに耽る。過去のこと、そして仲間たちと出会ってからのこと。
「何だかんだで時間だけは何年も経っちゃったけど、みんなと出会ってからはあっという間だったなぁ。アスカさんと知り合って、ユキナとかいう魔女を退けて。まぁ、この世界でレイラ姐さんと皆が来るまでの間に過ごした時間が物理的には確かに一番長かったけど、魔女と戦ったのが感覚としては一番長く感じたなぁ」
大哉にとって思い出とは自ら命を断ってからのことでしかなく、それ以前のことは全く思い出す気すらなかった。
「己と向き合うか……。アスカさんくらいは出てきてくれるかなと思ったんだけど、それすら出てこないってことは俺の中は本当に何もないんだな……」
胡座をかいて座っていた大哉はそのままゴロンと後ろへ倒れ、何もない夕暮れた空を見上げて横になった。
夕暮れた空間は自らが見つめる先が空であり、上下左右の感覚すらも狂わせ、自らが寝転んでいるのか立っているのかすら曖昧になってくる。大哉は寝ころんでいるつもりなのだから、恐らく大哉は寝転んでいるのだろう。
「俺っていつからこんな性格になったんだろうな。昔からこうだっけか?」
その呟きにどこからともなく小さな声が聞こえたような気がした。
「………? 気の所為か?」
気の所為ではないことは分かっていた。だが、やはり自分の本心というものは受け入れがたいと本能が拒否している。
「……いるんだろ? 出てこいよー?」
障害物一つない虚空に向かって声をかけるが反応はない。
しかし、何かがいるというのは感じている。
「他の皆は誰かが出てきてるんかなぁ? 一人ぼっちなのは俺だけなんかな……」
瞼を深く閉じ、再び開いても景色は変わらず夕暮れた世界だった。
「親父達の財産を全部空っぽにした時かな、俺がこうなったのって」
大哉は少しだけ目を伏せる。
「あの時はすべてが嫌になってたけど、その前ってどうだったけ……」
大哉はスッと勢いを付けて立ち上がると、そのまま夕暮れた世界を歩き始めた。
「子供の頃は楽しかったなぁ、友達とか親父の知り合いとか、誰かと話すのが楽しくて。だから、相手に楽しんでもらおうと聞く側に回ってたんだったっけか」
歩みを進めながら深いため息をする。
「そっか、俺の人生っていつの間にか受け身の人生になってたんだ。でも、確かにアスカさんの事は好きだし、だからこそアスカさんには積極的にアプローチはしているつもりだけど……。やっぱり受け身のがいいんかなぁ」
そう思って歩いていた時、どこからともなく声が聞こえてきた。
『一途と盲目は異なることを理解せよ! 興味のあること以外を全く見ないのではなく、見た上で一点に集中せよ!』
あのサグメという鬼の声だった。
まるで心を覗かれているようだった。自分の弱さを見られた、そんな恥ずかしさを感じた。
「はっ……ははっ、そうだな……。他は全部受け身で何も見ずにアスカさんのことだけ見てたら、まさに恋は盲目ってやつだ。他はなにも見てないんだからな」
大哉は立ち止まると腹を抱えて笑い出した。
「ハハハッ! 周りも全部見て受け入れた上で、アスカさんの事が好きだって自信を持って言えるようにならなきゃな」
笑いが止まることはなく、自らもどういう感情なのか分からない涙が出てきてしまっていた。
「はぁーあ、笑った笑った。なんだろ、めちゃくちゃ簡単でどうでもいいような事だったのに何で分からなかったんだろ」
涙を拭きながら大哉は遠くを見つめる。
「おーい、今度こそ出てこいよ、いるんだろ」
大哉のその声とともにどこからともなく一人の子供が現れた。小学校の中学年くらいだろうか、酷く怯えている様子だった。
「お前、昔の俺だな。楽しさを誰かに譲り始めたばかり――いや、受け身が楽だって思い始めた頃の俺だな」
「……お兄ちゃんは自分から進むのが怖くないの?」
「怖くないさ、お前だって昔は進むのが楽しかったんだろ? 進むのが楽しかったから皆にも楽しんでもらおうと思ってたはずだ。でも、きっともう忘れてしまったけど何か嫌なことでもあったんだろ、だから受け身になった」
「うん……友達とケンカしちゃったんだ」
「そっか、そんな大したことない出来事がお前の――俺のそれが人生の転換点だったんだな」
大哉は幼い大哉の頭に手をおいてぐしゃぐしゃと掻き分けるように撫でる。
「安心しろ、十年はかかるけどお前は必ず変われる。未来の俺が保証するよ」
大哉は幼い大哉に背を向けて歩きだす。
「グッバイ、少年! 大志を抱けよぉー」
「うん!」
格好を付けて深く目を瞑って背に手を振り、再び瞼を開けるとそこには屋敷の天井が見えた。
「お気づきになられましたか?」
キジナが大哉の顔を覗き込んできた。
大哉は個室の真ん中に敷かれた豪勢な布団に寝かされていた。
「……なんだよ、せっかく格好つけてたのに」
「それは大変申し訳ございませんでした」
「それで、ここは?」
大哉が布団から起き上がると辺りを見回した。
「当屋敷内の個室でございます」
「他の皆も?」
「はい。サグメ様の能力を受けてから半年ほど経ちまして、皆様お目覚めになられております。残るはステラ様だけとなっております」
「アスカさんは先に目覚めてたのか、残念」
「………」
キジナがジトッとした目で大哉を睨んでくる。
「なんだよ、冗談ッスよ」
「精々、サグメ様の『見抜く力』の前で発言しないようにお心掛けください。小生は責任を取りかねます」
キジナが呆れた顔をしながら立ち上がって大哉を促すと、ステラ以外が待つ大広間へと案内された。




