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金色の旅路  作者: ガエイ
第四章 天のサグメ
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第四十六話「アスカの闇」

 暗い暗い闇の中、瞼を開けても何も見えない世界。

 アスカはその先に一つの光を見つけた。

「そこにいるのは誰……?」

 光の下へ一歩一歩近づくと、そこには顔のない完全無欠の英雄がこちらを見ていた。

 姿形は逆光でシルエットしか見えないし、何故それが英雄だと認識できたのかはわからない。しかし、そこにいるのは紛れもなく英雄だった。


「誰……?」

 アスカはまだその正体がわからなかった。

「君の思い描く英雄だよ……」

「アタシの英雄……?」

 心当たりはあった、しかしどうして顔がないのかがわからない。

「タイド様……ですか?」

「どうしてそう思うの?」

「アタシの中の英雄といえば、タイド様だから……です……」

 アスカは不安げに答えた。

 確かにタイドの顔をアスカは知らなかった。だから顔のない英雄をタイドだと思ったのかもしれない。

 だが、実際にタイドに会えばすぐにタイドだとわかるという自信がアスカにはあったのだ。


「あなた、本当にタイド様なの……?」

 アスカの不安はどんどんと膨らんでいく。

 確かに顔は知らないが、完全無欠の英雄であったタイドに何故顔がないのか。その存在にアスカはどんどんと不安が募っている。

「私は君が作り上げたタイド=サン=ブラック。理想を固めて実態のない空想上の産物だ」

 タイドと名乗った者は、少しずつ身体を溶かしながらアスカに一歩ずつ近づいてくる。

「理想とは不形態の泥のようなものだ。何でも作ることが出来るがすぐに崩れてしまう」

 身体の左半身が溶けた何かが少しずつ近づいてくる。


「君の理想はなんだい? 形作ってあげるよ?」

 アスカはタイドという理想が溶けていく姿に絶望した。

 形ある理想とは思っていたものが、実のところ形のない泥でしかなかったのだから。

 そして、自らの手足を見ると徐々に溶け出しているのに気がついた。いつの間にか、自らと闇の境界線が曖昧になりつつあった。


「なんで!? どうして!?」

 自らが溶けていることに驚くだけで、それを解決しようという頭は働かない。何故そうなっているのか、それを理解できないからだ。

「いやよ……アタシはもっとしっかりしなきゃいけないのに……」

「その『しっかりする』っていうのはどういう事を指すんだい?」

 完全に泥に溶けそうな英雄が問いかける。


「アタシは完璧じゃないといけないの! 完璧じゃなきゃ……ユキナのときだってそう、なにもできなかった……! ちゃんとしなきゃ、そうでなきゃお父さんと二人で宿屋の経営なんて……!」

「君はお父さんと二人で宿屋をやっていたのかい?」

「そうよ……。お母さんが病気で亡くなってからは私が宿の経営を手伝って……。でも、お父さんは細かい作業が苦手だから掃除や調理なんかはアタシがやってて……」

「でも、君はそのお父さんを残して一人で楽しい旅に出たんだろ? お父さんが支えていた部分を残したまま探求の旅に……」

 英雄の顔は変わっていた。その顔はのっぺらぼうからアスカ自身の顔へと変貌していた。


「なんで……?」

「アタシはアタシよ、あなたの思う『しっかり』した無敵で完璧で最強のアタシ。ユキナに屈せず最終衝撃ラストインパクトを撃ち込むことの出来たアタシ」

 ドロドロと溶けていた英雄の身体は少しずつ形を形を変えて、アスカと瓜二つの身体へと変貌した。

「完璧なアタシがいれば、不完全なあなたはいらないでしょ?」

 目の前にいるのは紛れもなく自分自身だった。

 自分が二人になり、理解の範疇を超えた不思議な感覚に陥る。


「アタシはあなた、あなたはアタシ」

 もう一人のアスカは、ゆっくりとアスカへと近づき、そのまま抱きしめた。

「それじゃあ、さようなら」

 耳元で囁かれたその言葉を、アスカはただ受け入れるしかなかった。

 アスカは泣きながら自分の身体が溶けていくのを受け入れるしかなかった。完璧な自分には勝てないのだから。



『人は不完全で当然なものだと認識せよ! 自らの行動に自信を持て、結果など後からいくらでもついてくる!』



 何処かから声がした。あのサグメという鬼の声だった。

 まるで心を覗かれているようだった。自分の弱さを見られた、そんな恥ずかしさを感じた。


「そうよ……。アタシがアタシを信じなきゃ、誰がアタシの事を信じてくれるっていうのよ……! 自分のやりたいことを自分のやりたいようにやってやる!!」

 アスカは抱きついているもう一人の自分を突き放し、右手を振りかぶって握りこぶしで殴りつけた。


「完璧なアタシなんて必要ないのよ! 不完全だから成長できるんだもの!」

 腕を高く上げ大きく息を吸い込む。

最終衝撃ラストインパクト!!!」

 腕を大きく振り下ろすと、アスカにとってかつてないほどの衝撃がもう一人のアスカを押し潰した。

 真っ暗な空間であったが、重力によって押し潰された範囲は間違いなくもう一人のアスカがいた範囲だけであり、押し潰した勢いで泥が飛び散り、アスカの身体や顔にも泥がはねていた。

「ふん……。なによ、完全無欠で最強で完璧で無敵で究極でその他諸々のアタシがたった一発でぺしゃんこじゃない……。こんなのが完成されたアタシだなんてお笑いね……」

 顔についた泥を手で拭い、瞬きをするとそこには屋敷の天井が見えた。

 



「お気づきになられましたか?」

 キジナがアスカの顔を覗き込んできた。

 アスカは個室の真ん中に敷かれた豪勢な布団に寝かされていた。

「……アタシ、どれだけ寝てたの?」

「およそ三ヶ月ほどでございます」

「他の皆は?」

「既に起きていらっしゃる方もいれば、まだ自らと向き合って眠られている方面おられます」

「なるほど、皆も自らと向き合ってるってわけね」

「ご気分はいかがですか? 体調が優れないようでしたら――」

「いや、大丈夫。人生でこんなに気分がいいことはないわ。他の皆が起きるまで待たせてもらうわ」


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