第四十五話「天のサグメ」
案内をされて向かった先には、館の中とは思えない景色が広がっていた。
室内であるのに本来壁があるはずの場所は外の景色となって竹林が見え、その内には枯山水があり、縁側まであった。
床はフローリング――というとあまりにも西洋風過ぎるか。板張りの床になっており、正面へ目を向けると三段ほどの階段があり、その先に敷かれた畳には一人の少女が座っていた。
ホワイトゴールドの長髪に小さい角が二本。白い装束を着たそれは『荘厳』という二文字が似合っていた。
少女の周りには十人以上の従者が槍を携えて立っており、完全な警護がされていた。
私達が入ってくると、その少女は立ち上がり、大きな声で言葉を放った。
「皆々共! 我に拝跪せよ!」
その言葉とともに、周囲にいた従者たちが一斉に膝を立てて座って頭を垂れ、私もそれに習ってその場で正座をして頭を垂れた。
「えっ!? あ、はい!」
最初に反応したのはラヴェルだった。続いてアスカ、大哉、ステラと正座をして頭を垂れた。
「フフフ……ハハハハハハ!!」
しばらくして少女が高笑いすると、私は頭を上げた。全く……このお方は……。
「何のお戯れで? サグメ様?」
私は少女――サグメ様の顔をジトッとした目で見つめた。この方は時々こういうことをする。
「いやぁ、我を知らぬ者と会うのも久しいからのぅ。少々遊んだにすぎぬ」
「その戯れに突然合わせられる私の事も考えていただけると有り難いのですが」
少しばかり不満を漏らしてみたが、笑い続けているあたりどうやら広い器で受け止めてくれたようだった。
「姐さん、これはどういう……?」
「からかわれてるのよ、サグメ様に。このお方は人を下に見るようなタイプではないわ」
「良いではないか、レイラよ」
「改めて紹介すると、このお方がこの霊峰山を統べる鬼族の長、天のサグメ様よ」
サグメ様が私の後方にいる仲間たちを見てニヤリと笑う。
「して? 今日は何用か? ルーラシードには会わぬぞ」
誰にも語っていないが過去にこの方にお会いしたことがある。しかし、ルーラシードを会わせられないどころか返り討ちにあってしまった。それくらいこの方の精神力は強く、その能力もまた強いのだ。
「ルーラシードに会っていただくのはもう諦めましたよ。今日はサグメ様に気合いを入れてもらいたくて参上した次第です」
「ほう、気合いとな」
サグメ様が私の後ろに座る仲間たちの姿を再び興味深そうに眺めている。まるで値踏みでもするかのような、そんな表情だ。
「なるほどのう、確かにお主が言いたいことも把握した。どうする? 早速闘魂注入するか?」
「それでも良いですが、せっかくなら私でサグメ様の能力の一端を皆に見てもらってから始めようかなと」
「別に構わぬが、お主は何度もやっておるのだ、単に消耗するだけだが良いのか?」
「これから皆に受けてもらうんだから、まずは私がお手本を見せないと」
「え? 姐さん、俺たちそんなヤバい事を受けなきゃいけないんスか?」
「まぁまぁ、見てなさいって。単なる心のデフラグみたいなものよ。サグメ様、お願いします」
大哉に笑いを飛ばすと、改めてサグメ様の方を向いて表情を整えた。
「それではゆくぞ」
歩いてサグメ様の前まで行き、呼吸を整える。
サグメ様もまた腕を組みながら目を瞑って精神を落ち着かせると、サグメ様の周囲に白いオーラが溢れてくる。
「Armor no Jack!! 鎧など不要ぞ!」
その声とともに、サグメ様の右肩から筋骨隆々で半透明の巨大な腕が現れて、勢いよく私を殴ってきた。
「くっ!」
歯を食いしばって足に力を入れて攻撃を受けるが、拳の大きさは私の背丈ほどもある。堪えるので精一杯だ。
この巨大な腕は物理的な攻撃ではなく精神攻撃だ。拳が一定時間私にぶつかっていたが、スッと身体をすり抜けて腕を振り切った形となった。
私の全てを守る力は最強の盾だけど、それは害意のある攻撃に対してだけだ。サグメ様は害意など持たずに攻撃しているし、私もそれを受け止めようとしている。だから、これは自らの精神力で跳ね除けなければならない。
もしサグメ様が害意を持っていたり、私が受けたくないと思って跳ね除けようとすれば全てを守る力が発動するだろう。
拳が振り切り、私の心を壊した。次の瞬間、頭の中に過去の記憶が鮮明に蘇ってきた。
辛かったこと、悲しかったこと、悔しかったこと。マイナスな感情がマグマのように心の奥から噴き出してくる。
大好きだったあの人を失ってしまったこと、先日のユキナとの対決で一人の命を失ってしまったこと。一つ一つの後悔や一つ一つの命を失ったこと、そのすべてが、忘れていたことが、鮮明に蘇ってくる。
私は私の負の部分と戦うこととなった。
「アアアアアアァァァ!!」
気がつくと私は泣きながら絶叫していた。
何のための涙かは分からない、それでも自然と涙が出て止まらなかった。
五分位経っただろうか、ようやく思考がまともになって落ち着くことができた。
私は後悔や悲しみと向き合い、受け入れて勝ったのだ。
これだけ取り乱した私を見て仲間たちはどう思っただろうか。
私が最初にこの姿を見せたのは何も脅しではない。私の内面の苦しみを率先して自らさらけ出したかったのだ。
「ほう、これだけ短時間で帰ってくるとは、レイラもやるようになったのう」
「……おかげさまで」
涙を流し、息が途切れ途切れになりながら、サグメ様からお褒めの言葉を受け取った。
実際、五分程度で帰って来れたのは相当早いに違いない。私が最初に食らった時は数週間は帰って来れなかったし、中にはそのまま帰ってこれない人もいるらしい。
特に私達の様な世界を渡る者は、精神だけの存在だ。精神へのダメージは死に直結する。
しかし、荒療治ではあるがこうして精神を一度ギリギリのラインまで追いやることで自らと改めて向き合って精神力を強くすることが出来る……はず。出来てるよね?
「早速始めても良いが一度に何人もやっては我も疲れるしのう。一日に一人ずつでもよいか?」
「もちろん。ここに来るまで長旅だったので、少しだけ時間をいただけると有り難いです。押しかけておいて図々しい話ですが」
「構わぬよ。キジナ、大部屋と小部屋を用意せよ」
「はい」
サグメ様の声で部屋の脇からサグメ様と同じくらいの小柄な少年が現れた。皆と同じ白装束を着ており、二本の角こそ生えているが、肌は私よりも少し白く、栗毛のきれいな短髪が眼に引いた。
「こちらでございます」
キジナに連れられ、私を筆頭に行列となって歩を進め、案内された先は五人で過ごすには些か大きすぎる広間だった。畳敷きで漆喰の壁に柱や欄間には金や赤と派手な色と、慣れるのには時間がかかりそうな豪華な部屋だった。
「サグメ様の準備が整い次第お呼びすることとなります。それまで暫しお待ちください」
キジナが一礼して襖を閉めた。
「ふぅ。何度か来ているとはいえ緊張するわね」
「レイラがこんなにしっかりと対応しているなんてよっぽどな相手のね」
「何よ、私はいつでもしっかりとしているわよ」
「それで、天のサグメ様が最高齢のレイラフォードってのは分かったし、サグメ様の能力が何かスゴいってのはわかったんスけど、何でここに来たんスか?」
大哉が畳にあぐらをかいて座ると、私に聞いてきた。疑問に思うのも当然だ。
「一つはサグメ様の能力で自分と改めて向き合ってもらいたいこと。もう一つはサグメ様に学んで欲しいのよ」
「学ぶって言うのはどういうことですか?」
「サグメ様は三千年以上前にレイラフォードとなって、ルーラシードの人間と出会った。二人は恋に落ちたけど長くは続かなかった、生きる長さが鬼と人間では違ったから」
「昔話のような悲恋ね」
「そうね。それ以来サグメ様はそのルーラシードであった人が輪廻転生してくるのを待ち続けている。それも出来れば未来を生み出すためにルーラシードとして戻ってくるのを……」
「愛した人が再び戻ってくるのを待ち続ける……。情熱的で情緒的な方なんですね……」
「だから、私が駆け出しの頃にルーラシードを会わせようとしたときも頑なに拒まれたし、全てを守る力が無かったら命すら危うかったと思うわ」
「でも実際、精神的に殺されそうにはなったんスよね?」
「えぇ、サグメ様のArmor no Jackで死にかけたけど何とか生き延びたことで逆に気に入られたの。そしてこれを貰ったわ」
私は懐から紐の付いた小さな鈴を取り出した。
鈴は風もないのに小さく鳴り続けている。
「何スかそれ?」
「御霊の鈴っていうんだけど、サグメ様の神通力――サイコリライトシステムが込められた鈴で、レイラフォードとルーラシードの居場所が分かるアイテムよ」
鈴は相変わらずずっと鳴り続けている。レイラフォードであるサグメ様が近くにいるからだ。
「サグメ様の神通力――サイコリライトシステムは『見抜く』力よ。さっき私に使われたのは私の心を見抜いて壊す力。まぁ、私達には壊して綺麗に並び変える役割として使ってくれるんだけどね。この御霊の鈴はレイラフォードの位置を見抜く力。私はステラと出会うまでは、この鈴を頼りにレイラフォードとルーラシードを探していたの」
「え、ちょっと待って、その鈴を持ってひたすら世界中を歩いていたってわけ?」
「そうよ、だからステラの能力の凄さには驚いたわ」
「いや、そうかもしれないスけど……」
三人が私の顔をドン引いた顔で見つめてくる。仕方ないじゃない、それしかやり方が無いんだから。
最も鈴をもらうより前はどこぞの狐に力を借りていたんだけど……。
「レイラ様、まずお一人とサグメ様がお呼びになっております」
ついさっき立ち去ったと思ったら、すぐにキジナが帰ってきた。
「まず一人か、誰かやりたい人いる?」
四人の顔を順番に見ると、強い視線を感じた。
アスカだった。
ここに来た理由の一つは彼女がきっと望むからだろうと思ったからだ。
「それじゃあ、行きましょアスカ。皆は待っててね」
「えぇ、アタシは自分に負けないわ」
私とアスカはキジナに連れられて部屋をあとにした。
広間へアスカと共に戻ろうと歩んでいると、遠くからサグメ様があぐらをかいて待っている姿が見えた。
「そちらも準備はできたか?」
こちらに気づいたサグメ様がニヤリと笑ってこちらを向く。妙に機嫌が良いので逆に怖くなる。
「久しぶりにレイラ様がお越しになられたのがよっぽど嬉しかったのでしょうね。あんなに楽しそうなサグメ様はいつ以来でしょうか」
キジナが案内をしながら呟いた。
「外部から人も来ないでしょうからね、退屈なのもわかるわ」
「稀に迷い込む者もいますが、知った顔が訪れる事は全くというほどございません」
「隔絶された空間っていうのも寂しいものね」
「さて、そちがまず挑む者か、名を何という?」
広間でサグメ様と対峙し、アスカが尋ねられた。見た目は少女のような出で立ちだが、その言葉を発すると物凄い威圧感を覚える。
「アスカ=ビレンよ。よろしく頼むわ」
アスカが一歩前へ歩みを進めると、負けじと強い語気で名を名乗った。
「威勢だけは良いガキよのう。よし、やるか」
サグメ様が立ち上がり腕を軽く回すと、一息入れた。
「ゆくぞ! Armor no Jack!! 鎧など不要ぞ!」
その言葉と同時に巨大な腕現れてアスカを殴り、少し間をおいてすり抜けるように振り切るも、アスカの身体は見た目通り巨大な拳に殴られたように吹き飛んで壁に叩きつけられた。
「アスカ!」
「よい、レイラ。その程度で焦るでない。見せてもらおうか、アスカとやらの精神力を」




