第四十三話「運命の出会い」
「全く……なんで私が……」
車を運転しているのは他でもない蘭翻本人だった。
後部座席ではステラとラヴェルが戦いの精神的疲労によって気絶し、お互いに寄り添いあって座っている。
二人の傷口からは光の粒子が未だに流れ続けていたため、蘭翻が傷口に簡単に布を巻いて応急処置がされていた。
「私を連れて行くはずなのに、何でその当人が運転してるのよ、サイテー……。それに、そもそも私は国際運転免許証持ってないんだから違法なのに……ホント私何やってんだか……」
ぶつくさと文句を言って危ない橋を渡りつつも、しっかりと事前に聞いていた場所と、周囲で操られて叫んでいた人たちの情報から場所を特定して、ルーラシードがいると思われる目的地へ向かっている。
「それにしてもあの漫画みたいな戦い……。世の中にはまだまだ私の知らないことが沢山あるのね……。私ももうちょっと頭を柔らかくしなきゃ駄目なのかもしれない……」
真面目一辺倒で過ごしてきた蘭翻にとって、先の戦いはこれまでの人生を変えるほどの衝撃だった。
――午前七時半
「ほら、起きて、起きなさいよ! 目的地に着いたわよ! ホント、勝手に振り回しておいて!」
小さなアパートの前に車を駐車し、蘭翻が後部座席に座るラヴェルとステラの肩を揺さぶって起こしている。
「……うぅ」
先に目覚めたのはラヴェルだった。
「私……。あれ……?」
「目的地に着いたわよ」
「え!? あ、ありがとうございます! そ、そうだ、目的地に着いたならレイラさんに連絡しないと!」
自らの腕の怪我の措置よりも先に、携帯電話を取ってレイラに電話を架けた。
長いコール音が流れた後にレイラへ電話が繋がった。
「レイラさん! やりました!!」
『ラヴェル!? やったのね!?』
「蘭翻さんは無事にルーラシードさんのところに連れていけました」
ラヴェルがちらりと蘭翻の顔を伺うと、連れてきたのは自分だぞと言わんばかりの表情でラヴェルの顔を睨んでいた。
バツが悪く目線を反らしてステラの方を向くと、そこには苦しそうにうめき声をあげていた。それは強い目眩に襲われているような、そんな苦しみ方であった。
「ただその……ステラちゃんが……。あと、私もちょっと怪我を……」
『無理しないで二人とも、落ち着いたらまた連絡して頂戴』
「はい、わかりました」
終話すると、ラヴェルは空気中の水分を使って自らの傷口を水で塞いだ。光の粒子が流れ出るのは止まり、見た目上は止血したような状態となった。
「蘭翻さん、すみませんお手数をかけてしまって」
「もうここまで来たらどうにでもなれって感じよ。超能力バトルってやつ? ある意味いいもの見させてもらったし、あんなのもう一生見られないでしょうし、というか見たくない」
「そう言ってもらえると有り難いです。ステラちゃんのことも気になりますけど、まずはルーラシードさんに会って頂いてもいいですか?」
「皮肉だったんだけど……。まぁ、いいわ。今も言ったけどもうどうにでも好きにして頂戴、ここまで来て帰らせてくれだなんて言わないわ」
「えっと……探偵さんの情報によるとこのアパートの205号室らしいです」
ラヴェルも車から降りて目の前にある小さいアパートを見つめる。
ラヴェル自身、ルーラシードという存在に出会うことや、レイラフォードとルーラシードが出会う瞬間に立ち会うのは初めてであるため些か緊張しているようだった。
「それなら早く行きましょ、不在かもしれないし」
「そうですね」
ラヴェルと蘭翻が二階へ上がる階段を昇り、205号室の前に立つ。
「い、行きますね」
ラヴェルがひと声かけてから呼び鈴を鳴らすと、インターホンから男性の声が聞こえてきた。
『はい?』
「あ、あの! わ、私! ラヴェル=エミューズ=モーリスと言いまして!! あ、あなたに少しお話がありまして!! お、お手数ですが直接ご対面してお話できればと思いまして!!」
『はぁ』
ガチガチに緊張して声が上ずり、顔に大量の汗をかいていた。
「私がメインなのに、何であなたがそんなに緊張しているのよ……」
ラヴェルが引くほど緊張しすぎているからか、蘭翻は非常に落ち着いた様子だった。
『今行きますから、少々お待ちを』
インターホン越しに聞いたその一言でラヴェルは一安心した様子だった。
数分後、扉が開くとそこには長髪で茶髪の男性がラフな格好で現れた。無精髭が生えているが、手入れをすれば端正な顔立ちになるだろう。
「お待たせしました。それで? どういったご要件でしょうか?」
「あ、えーと、その……。えい!!」
言葉が出てこないラヴェルは、勢いよく蘭翻の手を掴んで男性の手に押し付けた。
「ちょっと!!」
蘭翻が驚く表情を見せた瞬間、見えているような見えていないような、そんな眩しい光が発せられた感覚に陥った。
「これが……」
光を感じ取ったラヴェルは、どこか自分がレイラフォードであったことを感じた。この光が世界を枝葉を伸ばすということなのだと。
「………」
一瞬だが長く感じる間が過ぎると、二人はお互いの目を見つめ合い、紅潮した表情になっていた。
「こ、これが世界の力……!」
一瞬で二人の視線から自分のことが目に入らなくなったことを実感したラヴェルは、ホッとした反面、余りの強制力に少し恐怖心を抱いた。
自らもこうして盲目な恋をしていた可能性があったのだから。
神の目線から見れば作られた運命かもしれないが、当人たちは本当に運命の出会いを果たしたとしか思わないだろう。
「よ、良かったら少しどこかでお茶でもしませんか?」
「えぇ、時間ならいくらでもありますので!」
二人はそう言うと、ラヴェルを残してどこかへ出かけてしまった。
「うぅ…………」
完全に除け者にされたラヴェルは車に戻ると、後部座席に座るステラが先程よりも更に苦しんでいることに気がつく。
「大丈夫!? ステラちゃん!」
意識は戻ったようだが、脳が焼き切れる寸前まで能力を使った影響、そして、世界こそ違うとはいえ大好きだった兄を殺めたという精神的ショックは、精神だけの存在となったステラにとっては死に至るほど危険な状態であった。
「えぇっと……! わ、私に出来ることって!」
慌てて考えるも何も思いつかず、自らの両頬を叩いて一旦落ち着きを取り戻す。
しかし、冷静に考えても何も思いつかない、精々ステラの近くにいることくらいしか叶わない。
とりあえずと思い、ラヴェルは後部座席に座り、ステラを自らのももに乗せ、膝枕をした。
頭を擦り、時にはトントンと優しく、時にはお腹を優しく撫で、落ち着きを取り戻すよう時間をかけてずっとずっと続けた。
「兄様ぁ……」
時計の針が二周以上回った頃、ステラが一言呟いた。
「大丈夫? ステラちゃん?」
「うん、ありがとぅ……ラヴェル……」
膝枕されたまま返事をするステラ。
「多分、ラヴェルがいなかったらそのまま光になって死んでたと思う……。伝わってきたよ、ラヴェルの優しさ……」
ラヴェルは自らの膝に温い水滴が落ちてくるのを感じた。
「兄様はワタシにとって特別な人だったんだ、大好きだったし、憧れの人だった……。だから、兄様を殺したワタシには何も残らないと思ってた……。でも、今はレイラがいるし、ラヴェルもいる……」
ラヴェルから顔は見えないが、か細い声でその気持ちが伝わってくる。
「兄様の好きと、レイラの好きと、ラヴェルの好きは全部違う。ラヴェルからは凄く温かい気持ちが伝わってきた……。ラヴェルは回復魔法が使えるんじゃないかな、ははっ」
「私のいた世界で回復魔法が使えたのは数人の大魔道士の人たちだけ、水魔法を選んだ私には使えないよ」
「そうじゃない。ワタシ達みたいな精神だけの存在となったら、回復も精神の力だから……。だから、ラヴェルから優しい気持ちや暖かさを感じて治ったんだと思う」
「心を癒やす、かぁ……」
「ワタシ……ラヴェルの事大好きだよ……」
「うん、私もだよ、ステラちゃん」
こうして、ステラを癒やしながら、蘭翻たちの進展を確認して数日が経った。
蘭翻たちは特に問題がなく、未来の枝葉を生み出すことに支障がないと判断したため、ステラとラヴェルは上海に帰還することとした。
ラヴェルの気持ちが伝わり、ステラの心に空いた穴は少なからず満たされた。
しかし、ステラの気持ちは完全に晴れたわけではいなかった。
ステラの中でオロという存在は、それほど大きいものであった……。
ユキナとオロの襲撃はレイラ陣営に大きな爪痕を残していった。それは物理的ではなく精神的な傷痕だった。
ステラ=ヴェローチェの物語は一旦幕を閉じ、レイラ=フォードとしての物語に戻るとしよう。




