第四十二話「行く先」
ステラ=ヴェローチェにとって、レイラ=フォードは最初の『仲間』だった。ステラが異常なまでにレイラを慕っている理由はそれだ。
オロもカルロもステラにとっては『家族』であり『仲間』ではなかった。いずれは誰かを残して死ぬ定めの関係であっても、そこには確かな信頼と絆があった。
だから、ステラは『仲間』と『家族』を貶した別世界のオロを許せなかった。
「ステラ、君は昔から迷子になっていたね。そして、レイラ側はステラと出会ってから以前よりも異常な速度でレイラフォードとルーラシードの縁を結べるようになったとユキナから聞いている。つまり、ステラが望み、世界がその想いを具現化させた能力は『探索能力』ではないか、と僕らは考えた。暗殺ならともかく、眼の前にいる敵と戦うのに使える能力ではない。僕とユキナが出した結論はそれだ、違うかい?」
不敵な笑みを浮かべながらオロがステラに問う。
「僕の世界のステラはナイフを使うのが得意でしたけど、君も同じなんでしょうか? 僕は昔から投擲が好きでしたね、ステラほど実力がないから遠くからでなければ殺す自信がなかったからです。でも、ステラは確実に殺すことができる近接武器の方が好きなようでしたね。実力の差は距離の差だ、なんて僕は思ってましたよ」
「そっちの世界のワタシも色々と同じみたいだね」
ステラは懐から刃渡り二十センチほどのハンティングナイフを取り出すと、切っ先をオロに向けた。
「……ステラちゃん、事情はあまり把握出来てないけど、私のことは気にせずお兄さんと戦って……。できるかぎりのサポートはするから」
自らの腕を庇いながらラヴェルは苦しそうにステラに話しかけた。
「ありがとう、ラヴェル!」
「健気ですね」
そう言うとオロは更に二メートル近くジャンプして、地上七メートル――およそビルの三階ほどの高さまで上がっていった。
「実力の差は距離の差、私はこれくらい離れないとステラには勝てないんですよ」
そう言うとオロは再びナイフを投げた。
ステラに二本、ラヴェルと蘭翻に四本、そしてステラから二人に向かう最短距離に二本、合計八本を順番に両手から放たれた。
「くそっ!!」
ステラは自らに向かって放たれた二本のナイフを避け、最短距離に投げられた二本のナイフは敢えて左腕で受け、ラヴェルと蘭翻に投げられたナイフをハンティングナイフで切り払いに向かった。
ラヴェルに当たりそうだった二本のナイフは切り払えたものの、蘭翻に当たりそうになった残り二本のナイフは切り払えず、そのまま蘭翻に向かっていった。
「ひいぃ」
――カキーン!!
蘭翻の怯えた声と共に、硬いものに当たる音が響いた。
青白い光の壁が蘭翻に当たるはずだったナイフを弾き、そのままナイフは地面に落ちた。
「うへぇ……」
頭を抱えて怯える蘭翻の情けない声と共に、オロの顔が厳しいものに変わるのが伺えた。
「どういうことですか……」
左腕に刺さったナイフを抜きながら、ステラがオロの顔を見上げる。腕からは光る粒子が地面へ漏れるように落ちていく。
「レイラの全てを守る力だよ。見るのは初めてでしょ? レイラは自分以外の人にもバリアを与えることができるようになったんだよ。今までは他人に付与することができると言っても、範囲内に一緒に入るだけだったし、任意の範囲と言ってもせいぜい数メートルだった。でも、進化したんだよ」
「……そんなことユキナからは聞いていませんでしたよ」
「ユキナも知らないだろうからね」
「それでは、なんでわざわざ攻撃を受けてまで……」
怪訝そうな顔でステラを見つめるオロ。自らの理解の範疇を超えた行動にステラが恐ろしいものに見えて来ていた。
「今の全てを守る力ではラヴェルまでは守れないからね。そして何より、ワタシが傷つくことでその見下した態度を取って慢心する偽物の兄様を油断させることができるからだよッ! もちろん、それを教えてあげるって事はどういうことかわかるよねッ!!」
ステラがニヤリと笑う。
「高い所が苦手だなんて言ってられないよね……! ラヴェル! 噴水! いける!?」
「はい! ステラちゃん!」
ラヴェルがキリッとした表情で意識を高めると、辺りの空気がみるみるうちに乾燥していった。
「噴水!!」
次の瞬間、ステラの足元から水が勢い良く噴き出し、ステラをオロよりも更に高い空中へと誘った。
「なっ!」
驚くオロの一瞬の油断をついて、ステラが落下しながらオロへと刃を振り下ろす。
しかし、空中から落下して攻撃してくるステラの動きは読みやすく、オロは一歩左へ動いて容易く回避した。
「くっ、やっぱり空中を自由に動ける分だけこっちは分が悪い……!」
「空中なら僕の方に分がありますからね、そう簡単にはいきませんよ!」
「それはこっちだって! ラヴェル!」
「いきます! 噴水!!」
空中から落下しつつ、今度は空中から水が噴き出し、再びステラはオロに向かって空中で突撃していった。
「単純に攻撃するだけじゃ、お前を倒せないのはわかっている! だから――!!」
レイラはイメージすることで能力を進化させた。サイコリライトシステムは精神の力。ステラもそれは理解していた。だから、ステラはイメージをした、対象の人物を探す力――星をみるひとをより高みへと誘うイメージを……!
「見える……! ――動く先が!!」
対象の人物が『今いる場所』を探す力から、『これから行く場所』を探す力に――その名を『星を見るひとの行き先』!
ステラにはオロが現在いる位置と、これから数秒後に動く位置が天体撮影のように残像が映り、攻撃を事前に『置く』ことができた。
「ここだあああああああああ!!」
飛んでくるステラに対して右へ一歩避けようとするオロ。ステラはオロの動く先に向かってハンティングナイフを振りかぶり、首へと刃を滑らせた。
オロの身体は自らハンティングナイフに向かって行き、その首は鋭利な切っ先によってゆっくりと断ち切られ、更に首を断ち切ったステラはハンティングナイフを心臓に向けて動かし、胴体をも断ち切り、オロを三つの肉片へと変貌させた。
首と心臓、この二箇所を絶たれたということを見てしまったオロは、自らが死んでしまったと言うことを認識してしまった。
精神だけの存在にとって自らの死を認識することは、精神の死に直結する。
「ぐうぅぅ!」
空中を落下するステラが激しい目眩のような感覚に陥り、うめき声を出す。
星を見るひとの行き先はオロだけに限らず、近くにいる者の全ての未来を観測することとなり、その未来の情報量に脳が処理しきれなくなっていた。目眩の正体はまさに脳が焼き切れる前兆であった。
身の危険を感じたステラは即座に能力の使用を強制的に打ち切り、精神の崩壊を防ぐことに成功した。
「はぁはぁ……」
地上に降り立ったステラは切断面が光るオロだったものを見つめ、少し悲しい顔をした。
転がっている頭部にハンティングナイフを突き刺してとどめを刺すと、光を放つオロは少しずつ霧散していった。光が全て無くなると、そこにはまるで最初から何もなかったかのように、オロは消え去ってしまった。
「さよなら、兄様……。もし次も会うことがあったらまた殺してあげるね……」




