第四十一話「偽物」
時はラヴェルが黎蘭翻をニューヨークに連れてきて、ステラと合流したところに移る。
午前四時、空港のラウンジで三人が合流し、お互いに無事を確認した。
無事と言っても、実質疲れているのは蘭翻だけなのだが……。
「ラヴェルー! お疲れ様ー!!」
「ステラちゃんもお疲れ様、ルーラシードの人の居場所は見つかった?」
「うん、バッチリ! レンタカーを手配したからそれで向かうだけだよ」
「何だかよくわからないけど、もう早く全部終わらせて解放してよね……」
疲れた顔で蘭翻が呟く。
「は、はい、すみません! あと三時間くらいの辛抱ですから……!」
ステラの案内でレンタカーへ乗る三人。セダンタイプの車をステラが運転し、二人は後部座席に座った。
「目的地までは星をみるひとがナビゲーションしてくれるから、あとはひたすら走っていくだけ!」
ステラの瞳の奥には目的地までのルートが、まるで夜空に浮かぶ星座を結ぶ線のように見えている。
「自動車……でしたっけ? この乗り物すっごく早いからあっという間に到着しちゃいそうですね!」
「ラヴェルも今度運転の仕方習って、免許取っておきなよ、色々と便利だよー」
車は一時間ほど走り、午前五時。都市部を過ぎて住宅街に入ってきた。
「その……。何だかすごい勢いで巻き込まれているんだけど、あなた達ホントに何者なの……?」
後部座席に座る蘭翻がため息を付きながら話し始める。
「超能力が使えて並行世界を巡っているっていうのは聞いたし、私がレイラフォードって言う役職にあてはまる人物なのも納得はしてないけど嫌でも理解できたわ」
「えっと……私もまだ旅を始めたばかりなのでそのとおりとしか……」
「うんとねぇ、ニューヨークにいるルーラシードって言う人とレイラフォードが出会うと世界に未来が生まれるんだー。選択肢って言えばいいのかなぁ、どれだけ勉強してもテストで五十点しか取れない人が、百点を取れるようになったり三十点になっちゃったり。良くも悪くも未来の選択肢が増えるんだ――ってレイラが言ってた。私達はそれをやってるレイラのお手伝いをしてるだけだよ」
運転をしながらステラが楽しそうに語っている。
「そんな大それた力が私にあるとは思えないけど……」
「別にその人自体が凄くなるわけじゃないからねぇー」
「そういうものなのかしら……」
「そういうものだよー」
――午前六時
順調に道中を進むステラたち、日が昇ってきたからか道中の車の台数も増えつつあった。
「怖いくらいに問題なく進んでますね……」
「ユキナは上海に行ってるのかなぁ? でも、もうちょっとでルーラシードの所に着いちゃうし、何かするにしてもこんなに遅いとは思えないんだけどねぇ……」
そうステラがラヴェルに話しかけた瞬間、世界が一瞬真っ赤に染まる感覚に襲われた。
「こ、これって魔女ユキナの洗脳能力ですよね……!」
「もしかして、またあの右手だけ挙げる様な異様な光景になるわけ……!?」
「うーん、もうなってるみたいだよ」
ステラたちが周辺を見渡すと平手で自らの頬を何度もビンタする人たちで溢れ返っていた。
そして、どこからともなく男性の大声が聞こえてくる。その声は徐々に近づいて来るのを感じた。
「マズい、洗脳されている人たちがルーラシードの居場所を叫んでるよ……!」
「それじゃあやっぱり魔女ユキナはこっちに!?」
「――違うよ、ステラ。来たのは僕の方だよ」
聞こえてきたその声はステラやラヴェル達の上方三メートル程。走行する車の上からだった。
そこにはまるで飛ぶように、見えない床を走行するバイクがあった。
「この声は……!?」
聞き覚えのある声に即座に反応したステラであったが、周りを見渡してもどこにも姿は見当たらない。
「上だよ、上。車を止めないと見れないよ」
微笑むような声でステラの背筋にゾクリと寒気が通った。そんなことはない、あり得ないと。
「ステラちゃんどうしたの!?」
「あ、あり得ないよ……」
ステラは急ブレーキを踏んで路肩に駐車すると、即座に降車して空を見上げた。
「やぁステラ、久しぶりだね」
そこにはバイクに乗って空中に停まっているオロ=ヴェローチェの姿があった。
「に、兄様……!?」
「お、お兄さん……? ステラちゃんの!?」
「バイクが空中に……ホントいよいよ来るところまで……」
蘭翻が窓を開け、上を覗いて頭を抱えていた。
「どうして兄様がこの世界に!? 兄様も世界を渡る者になったの!?」
「うむ、どう説明して良いものか……。とりあえず、僕は君の知っているオロ=ヴェローチェとは違う世界のオロ=ヴェローチェだよ。僕からしたら君は僕の知っているステラではないと聞いている」
「違う世界の!?」
「そう、駆け落ちなんて情けない事をしたオロ=ヴェローチェとは違う。君がいた世界の僕は駆け落ち相手に自由を求めたようだけど、僕はユキナ=ブレメンテに自由を与えられた。きっと近い世界なんだろうけど、ステラからしたら全く別の人生を歩んだ僕だよ」
「ユキナに!? 兄様はユキナについたっていうの!?」
「そうだよ、そんなに驚くことかい?」
「ワタシはユキナに殺されたんだよ!?」
「ユキナを選択しなかったのは君の問題だ、僕にだって考えることや感じることはある。それが兄妹だから必ずしも同じでなければならないということはない。ましてや世界が違うんだ、同じだと思うのは固定概念だとすら言える。僕は僕の意志でユキナについただけだよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「しかし、君は僕のいた世界のステラと変わらないな……。学が無くて僕の言う事にまともに言い返せない。我が妹ながら情けないよ」
「そっちの世界の兄様はワタシの知ってる兄様とは全然違う! 兄様はもっとやさしくて……でも、厳しくて……。それに兄様に言われたんだ『ステラ=ヴェローチェは次にオロ=ヴェローチェに会ったら必ず殺す』って。だから、ワタシは殺さなきゃいけない! 本当の兄様でも! お前でも!!」
「君の世界の僕もなかなか良いこと言うじゃないですか。それでこそ僕ですよ」
そう言った次の瞬間、空中のバイクから降りながらステラに三本のナイフが放たれた。
「ッ!!」
咄嗟に避けたステラであったが、一本だけ腕を掠り、車のドアに高い音をたてて刺さった。ステラも大哉のカーボンナノチューブのスーツを着込んでいるが、それすら切り裂く速度であった。
掠ったステラの傷口は血液の代わりに光る粒子が流れ落ち、その身が精神のみの存在であることを示していた。
「僕の攻撃を少しでもくらうとは、そっちの世界のステラは僕のいた世界のステラよりも腕は下のようだね」
「――水の戯れ!!」
叫ぶような声と同時に鋭く太い針状の水がオロの上下左右に合計十本現れ、次の瞬間にはオロに向かって高速に放たれた!
「おっと」
オロは空中を足場として水の針の隙間をぬって二メートルほど飛び上がると、その飛んだ先の宙に再び足を置いた。
「良い判断力と度胸だね。ステラも彼女を見習うと良いよ」
オロの目線の先には、車内で蘭翻を庇いながら睨みつけているラヴェルの姿があった。
「私から外に向かって放つと被害が大きいから、お兄さんの周囲に水を作ってから狙い撃ちしたのに……」
制御できる中では最強の手段での攻撃をあっさりと避けられてしまい、ラヴェルは落胆した。
常人相手では確実に全身に穴が空いていただろうが、今回ばかりは相手が悪かった。
「なるほど、水を操る能力かな? 僕みたいに空中を自由に歩けるだけの能力と違って実に攻撃的だ」
ステラのいた世界のオロは何の能力も持っていなかったが、このオロは鳥の様な自由を求めて、空を舞うように空中を歩く力を具現化させた。
彼は空という自由を得たことで、物理的に人を見下すこととなり、それは心理的なものへも影響を及ぼしつつあった。
「さて、暗殺者である僕が姿を現したのはこの世界のステラに挨拶をしたかったのと、仲間というハンデを背負った状態でどこまで僕がステラと戦えるか知りたいという欲求さ。僕の世界でもステラと命がけの修行はしたけど、本当に命をかけたことはない。さぁ、命を賭けて戦おうか」
その声と同時にオロが車内に残っている蘭翻に向かって三本のナイフを高速で投げると、ステラもそれに脊髄反射するような速度で動いて三本のナイフを両手の指で掴み取った。
その次の瞬間には、ステラは掴み取った三本のナイフを天に向かって放つと、いつの間にかオロが投げていた二本のナイフに命中し、そのうち一本は撃ち落とし、もう一本は軌道を変えることに成功した。
しかし、軌道を変えた一本のナイフは蘭翻とともに車外に出ていたラヴェルの腕に突き刺さり、着込んでいたカーボンナノチューブのスーツを貫通した。
「きゃあああああああああ」
精神だけの存在となった身体の痛みは、生前の肉体があった頃よりも少なくなっている。しかし、それでも痛みはあり、何よりナイフが腕を貫通したという精神的ショックがラヴェルの精神を消耗させた。
「ラヴェル! 大丈夫!?」
「み、見た目よりも痛みは少ないですけど……」
「心臓を狙ったんですが、流石ですね」
「ワタシと戦うんじゃなかったのか! オロ=ヴェローチェ!!」
「戦ってるじゃないですか、仲間という枷を持ったステラと」
「仲間は枷なんかじゃない!!」
「暗殺者には利害関係者がいても仲間はいません。こっちの世界のステラは随分とほだされましたね」
「やっぱりお前は兄様じゃない!! 仲間を傷つけるだけじゃなくて、ワタシの兄様まで汚すお前は絶対に許さない!! 覚悟しろ! オロ=ヴェローチェ!!」




