第三十九話「手紙」
並行世界の入り口の大樹の空間をふよふよと浮かぶステラ。
精神だけの存在となって間もない彼女は気絶したまま空間に放り出されていた。
「……ここは?」
ゆっくりと目を開き、意識を取り戻したステラは周りに広がる光景を見渡した。
「天国……?」
光り輝くのに眩しくはなく、足元という概念がないのに立つことも浮くこともでき、全体が見えないくらい大きいのに全てを把握できる大樹、何もかもが異常な空間だった。
「そっか……ワタシ死んじゃったんだった……」
ふわふわと浮きながらウトウトと眠り、そのまま十年が経った。
「……寝ちゃってた」
十年振りに目を覚ましたステラは周りを見回す。ステラが亡くなった時に負った傷や、殺される直前に受けた精神的なショックは眠ったことによる精神力でかなり回復したようだった。
「なんとかしてあいつを殺せないかな……」
手を頭に回して枕にして、ふわふわと浮いたままあの恨みの元の女について思案する。
「ワタシはバカだからこういう時に駄目なんだよなぁ……。今まで兄様やカルロにずっと頼りっきりだったんだって改めてよくわかったよ。ワタシはワタシ一人では全然ダメなんだって」
目を瞑り思考を回す。
「はぁ……それにしても、どうすればいいんだろ……」
辺りを見渡しても何もない、大きな光る大樹があるだけだ。
うんうんと考え込んだまま更に十年が過ぎた。
「……ん?」
ある時、ステラがキョロキョロと辺りを見渡していると、恐ろしく遠い場所に豆粒の様な小さい人影を見つけた。
「おーい! おーい!!」
ステラは人影に向かって大きな声を出して見ると、どうやらあちらもステラのことに気がついたようで、まるで無重力空間を動くようにステラの方へスッと飛んできた。
「この空間に人がいるなんて珍しいわね。もしかして亡くなってすぐなの?」
腰まで届く金色の髪の女性は驚いたような様子でステラを上から下まで眺める。
「近代くらいの服装ね、どういう想いを持って亡くなったの? というより亡くなったっていう自覚はある?」
「うーん、多分父様に殺されたとは思うんだけど、ただそれを裏で操って兄様の自由を奪ったりとか、全部めちゃくちゃにした女がいて、そいつのことを許せないー!! って思ってたかなぁ」
「恨みの感情で精神だけ生き残ったって感じかしら。事情はよくわからないけど、全くどこにでもめちゃくちゃにする女ってのはいるものね……」
「うーんとね、確か名前はユキナって言ってた」
「ユキナ!? もしかしてユキナ=ブレメンテ!?」
ステラの方をギュッと強く握り興奮するように迫ってくる。
「えっ!? えーっと、そんな名前だったような……」
戸惑って目線をキョロキョロと泳がせながら答えるステラ。
「……私の名前はレイラ=フォード、あなたと同じくユキナに恨みを持つものよ。あなた名前は?」
「え……? ス、ステラ=ヴェローチェだけど……」
「私は仲間を探していたの、ユキナを倒す上で同じ目的を持った仲間を、そして共に旅をしてくれる仲間を。出会って間もないし急なお願いだけどよかったら一緒に行かない? ステラ=ヴェローチェさん!」
レイラの言葉にステラの記憶の片隅にあった言葉が蘇ってくる。
『ステラ、君は優しすぎる。技術こそあるが暗殺者には向いていない。……そうだな、どこか遠くを旅する方が似合っているかもしれないね』
オロと離れ離れとなったあの日、オロが最後にステラに残した言葉だった。
「旅かぁ……悪くないかもなぁ……」
「それなら是非! 嫌になったら途中で抜けてもらっても構わないわ」
「……でも、心残りもあるというか。カルロは私みたいに父様に殺されちゃっただろうけど、オロ兄様はどうなっちゃったかなって……。結局会えないままワタシは死んじゃったから……」
「お兄さんがいたの?」
「うん、すごく優しくて頼りになる憧れの兄様だったんだ。でも突然女の人と一緒にいなくなっちゃって……。それでも自由になれてよかったと思ってたら、ユキナって奴が女の人を殺して兄様を連れ戻してきたんだ……」
「なるほど……。きっとお兄さんがルーラシードだったのね……。それにしてもレイラフォードとくっついたのに殺すなんてアイツらしくないわね……」
レイラは顎に手を当てて思案していた。
「だから、せめて帰ってきた兄様が幸せに暮らしているかどうか知りたい……もう無理かもしれないけど」
「必ずとは言えないけど、あなたは肉体だけが死んだ状態だから、元の世界に入ればまたお兄さんと会うことは出来るわ」
「ホント!?」
「どうする? 直接会いに行く? それとも手紙でもしたためる?」
「したため……?」
「あー、えーっと、手紙でも書く?」
少し戸惑った顔をしながらレイラが言い直した。
「直接会いたいけど……。やめておく、ワタシはもう死んじゃってるんだから、会うのはおかしいよ。手紙だけにして、レイラさんだっけ? 兄様に渡してくれる?」
「任せて、それくらいなら私もお手伝い出来るわ」
レイラが自分の胸をドンと叩いて、自慢げに笑う。
「えーっと、紙とペンくらいなら今持ってるから使って」
そう言いながら、レイラは懐から便箋とボールペンを取り出した。
「ペンだけあってもインクがなかったら書けないじゃん」
「えっと、このペンはインクが自動で出てくる便利なペンなの」
怪訝そうな顔をするステラはボールペンで試し書きをすると驚いた顔をして子供みたいに笑顔を見せた。
「なにこれすごい! レイラってすごいもの持ってるんだね!」
「まぁ、私が作ったものでも発明したものでもないけどね」
そう言うと、ステラはスラスラと筆を滑らせた。
「ヨシッ! 書けた!」
「じゃあ、届けてくるわ。ただ、少し時間かけてもいいかしら……?」
「……? 別に良いけど」
「ありがとう。行くのに時間がかかるというのもあるけど、せっかくなら人となりを見ておきたくてね」
手紙を持ったレイラはステラのすぐ近くにあった枝へ向かって歩いて行った。




