第三十六話「自由の代償」
「ステラ、自由とは何だと思う?」
翌日、宿泊先の宿でステラとともに窓から外を見ていると、オロはステラに話しかけた。
既にオロの苦しさはもう全く無くなっていたが、ステラには少し快方に向かったと演技をしていた。
「どうしたの? 兄様?」
「……僕は昔から自由になりたかったんだ。孤児だった僕は頭が悪かったから、自由が何かもわからないまま偉くなれば良いと思っていた。だからヴェローチェ家に拾ってもらった僕はひたすらトップを目指し続けてきたんだ」
オロは歩いてベッドの縁に座ると、窓際に立ったままのステラの方を向いた。
「自由かぁ……。いずれは父様の一存でワタシ達三人の誰かしか生き残れないから、もっと長く兄様やカルロと過ごせているっていうのが今のワタシの自由かなぁ」
目線を上にあげ、考えるように発言するステラ。
「…………」
横目でステラを見つつ、オロは目線を落とした。
「……ステラ、僕は今日レイディアントさんと共にどこかへ逃げることにするよ、それが今の僕の自由だ」
「えっ!?」
「ステラ、今僕が言ったことを聞いて、仮に冗談だったとしてもすぐに僕を殺さなかった時点で君は暗殺者としては失格だ。ただ、そっちの方がステラらしいし、僕のかわいい妹としては嬉しかったかな……」
俯きながらオロは微笑んだ。
「現状で当主の跡継ぎは僕が第一候補だろう、自画自賛だけどね。そして暗殺術の後継という意味ではステラが第二候補。カルロは当主としての立ち振る舞いは完璧だけど肝心の暗殺技術に関しては僕の一回り下、ステラの二回りは下だろう。カルロは第三候補だ」
俯きながら喋り続けるオロ。その口調はどこか寂しそうだった。
「ステラは勉強を続ければいずれは知識は付くだろうし、カルロもステラほどではないけどいつかは暗殺技術は身に付くだろう。けど、僕がいなくなるのはいつかではなく今日だ……」
「兄様……本気で言ってるの……? どうして……?」
「どうしてだろうね、これが運命ってやつなのかもしれない。僕はレイディアントさんに運命的な何かを感じている、それは彼女の方もだ」
「兄様はそれでいいの……?」
「自由になれれば僕はそれでいいんだ。さっきも言ったけど、僕は昔から自由になりたかったんだ。自由になる理由さえあれば別にヴェローチェ家じゃなくても良かったんだよ……」
優しくも悲しき顔つきでステラの顔を見つめるオロ。その表情はもう戻ることが出来ないという事をステラにも理解させるのに十分だった。
「もし今殺せなかったとしても、父様に僕を追えと言われたら追って来て殺すんだぞ」
いつの間にか涙が出ていたステラの目尻を、オロは指で拭い、抱きしめた。
「ステラ、君は優しすぎる。技術こそあるが暗殺者には向いていない。……そうだな、どこか遠くを旅する方が似合っているかもしれないね」
「にいさま……」
「ステラ、カルロに伝えろ。僕がヴェローチェ家を裏切って対象の女と駆け落ちしたってな」
「うっ……うっ……」
「泣くなステラ、僕は僕が思ったよりも不出来な男だったみたいだ。自分の欲望に正直で、運命だなんて言って自由を求める。酷い兄ですまなかった、どこかで違う選択をしていればまた違ったのかもしれないな……」
「ワタシ……兄様を見つけても殺すことなんてできない……!」
ステラがオロの身体をギュッと強く抱きしめる。
「ダメだ、殺せ。『ステラ=ヴェローチェは次にオロ=ヴェローチェに会ったら必ず殺す』。これが最後の約束だ、ステラ」
そう言うとオロは抱きしめていたステラを突き放し、トレンチコートを着ずに一人で宿を去っていった。
ステラは一人で泣き続けた。
大好きだった兄がいなくなったこと。兄が求めていたものに気づけなかったこと。兄を殺さなければならないこと。
しかし、いつまでも泣いてはいられなかった。
兄がいなくなったことで次期当主第一候補は実質自らになり、その重みを改めて感じることとなった。
そして何よりヴェローチェ家の長女として、家を背負っていかなければならないという覚悟を持った。
宝石店に戻り、カルロに事情を話すと頭を抱えたがすぐにバゴに連絡が入り、オロの捜索及び暗殺が始まった。




