第三十四話「抗えぬ運命」
『綺羅星』がいるであろう別荘の最寄り駅まで訪れた三人。
最近建てられた駅舎は様々なところにガラス張りがされており、現代技術の粋を結集させた見事なものだった。
「金持ちの多い駅ってだけでここまで差があるもんかねぇ」
「それだけ土地の価格も高ければ税も多いのでしょうからね」
駅舎の傍らで三人は立ち話を始めた。まさかこんな場所で暗殺者集団が作戦会議をしているとは誰も思うはずもない。
三人は歩きながら、レイディアントの滞在している別荘へと歩みを進めた。
「色々と思案したけど、まずは僕が綺羅星に近づいてみるよ。自分で言うのも何だけど女性を口説くのは得意な方だ。養子縁組をしているというのなら僕の身の上話も支障のない範囲で話して同情でも誘ってもいいしね。もしそれで気分良く帰ってくれれば一番だ」
「で、上手く行かなかったら俺とステラ姉がとっ捕まえてワイン樽にでも入れて強制送還と言うわけか」
カルロが拳でドンと胸を叩く。
「うーん、そうだな。その前にカルロには執事として屋敷に入って貰うとか、別の手段を一度取ってからのほうがいいかもしれないね。樽は最後の最後、ステラに任せるよ」
「合点だー!」
ステラが拳でドンと胸を叩く。
「それじゃあ行動に移そう、綺羅星が外でお茶にでも出かけたら僕が動く。二人は遠くから見ていてくれ。何かあった際には『オロ』ではなく『オーラトグ』という偽名の方で名前で読んでくれ」」
「了解」「りょーかーい」
オロはトレンチコートの襟を正して、レイディアントが外で出てくるのを物陰に隠れながら待ち続けた。
三時間ほど待った頃、別荘から女性が一人で出てきた。
聞いていた人相からレイディアント=ラモーヌであると確認できた。
オロはカルロたちに目線を送るとすぐさま移動を開始し、見えない範囲で行き先を特定するよう配置についた。
「綺羅星は近くのカフェに入ったようだ、僕が潜入するから、二人は下がっていてくれ」
「わりぃ、頼んだ」
「がんばってね! 兄様!」
カフェの窓際には腰近くまで伸びた金髪の目立つ不機嫌そうな女性――レディアントが窓の外を睨んでいた。
そんな彼女を余所に、何も言わずにレイディアントの対面の席に座るオロ。
「注文は……そうだな、レモンティーをお願いしようかな」
「かしこまりました」
ウェイターの男性が一礼をして去っていった。
「どちらさまですか? 突然無礼ですよ」
「こちらこそどなたかは存じ上げませんが、大変お美しい方がいらっしゃったもので、つい」
「お世辞が上手なこと、セールスならお断りよ」
「残念です。でしたら、せめて商品だけでもご覧になっていただきたい。しがない宝石商をやっておりまして、いくつかご覧になっていただければと思いまして」
そう言うとオロは懐から二十種類以上の指輪やイヤリングを取り出し、テーブルに白いハンカチを敷いて一つ一つ丁寧に並べていった。
「確かに丁寧な作りですわね。私が所有している装飾品とも遜色はないようですし、品質もとても良い、庶民が手の出せる品物ではないわね。なるほど、適当な女性ではなく『レイディアント=ラモーヌ』と知ってのご用ですか?」
「単なる売り込みですよ、お客様の長い金色の髪には青い宝石がお似合いでしょう。このアイオライトの指輪など如何でしょうか。石言葉は『正しい方への前進』です」
そう言い、オロはレイディアントの左手の人差し指に指輪をはめようと手と手が触れた瞬間だった。
――世界に選ばれた運命の男女が出会った。
オロもレイディアントも、突然溢れ出た感情に赤面をして戸惑ってしまった。
「あー、えっと。失礼いたしました。突然指輪をはめようとするのは些か失礼でしたね……」
「いえ、別に構いません……。たまにはこういう押し売りも悪くないものですね……」
お互いに赤面したまま顔を背けて照れる一方だった。
「これを機に我が商会の名を覚えて頂ければ……! ヴェネツィアの中央部に店舗を構える宝石店ヴェローチェと申します」
オロは溢れ出る知らない感情を隠すために席から立ち上がり、頭を垂れた。
「宝石店ヴェローチェ……。それよりも貴方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか……?」
「……オロ――オロ=ヴェローチェと申します」
本来、裏の任務を行うときは表の名前を出すことは許されない。しかし、この時は思わず表の名前を名乗ってしまったし、オロ自身もそれに気がついていなかった。
「黄金……。宝飾類を扱う貴方にぴったりで素敵なお名前ですね、私の名前は先程少し申し上げましたが、レイディアント=ラモーヌと申します。以後お見知りおきを……」
レイディアントは小走りで会計を済ませて立ち去り、オロも並べた宝飾類を片付けてふらついた足取りで店を去った。
「どうしたんだよオロ兄!」
「兄様大丈夫!?」
少しふらついた足取りで、隠れていた二人のもとに戻ってきたオロは疲れ切った顔をしていた。
「わからない……。彼女の手に触れた瞬間、吐き気とも違う湧き出るような何かに飲み込まれそうになったんだ……。普段ならどんな状態でも抑えられるというのに、今回は抵抗するのでやっとだった……」
「何だよそれ大丈夫かよ、とりあえず今日のところは休もう。オロ兄がこの様子じゃワイン樽作戦にしても長期戦になりそうだな……」
「すまないな……。僕がしっかりしなければならないのに……」
ふらついて倒れてしまいそうになるところをカルロが肩を貸して何とか立っている。
それくらいわかりやすく精神的に消耗している様子だった。
「ステラ姉、短期決戦と思っていたけどこの調子だと長期戦になりそうだ。流石に何日も店を空けるわけにもいかないから、店の方に行ってもらってもいいか? それか、オロ兄のサポートでもいいが……」
「ワタシ一人じゃお店の方はちょっと不安だし、兄様のサポートの方がいいかなぁ……? 出来るだけがんばるから!」
「……ふふ、頼りになりますよ、ステラ」
辛そうに歯を食いしばりながらも、笑顔を見せステラの頭を撫でるオロであった……。
こうして、レイディアント=ラモーヌ――この並行世界のレイラフォードとの初対面は終わったのだった。




