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金色の旅路  作者: ガエイ
第三章 ステラ=ヴェローチェ
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第三十三話「帰る場所」

 灯りのない漆黒の夜。ステラは住宅街の屋根に登っていた。

 対象は先日宝石即売会で依頼のあった人物だ。

 刃渡り二十センチ程度のナイフを片手に持ち、薄っすらと照らす月光を頼りに対象を見つめる。


 ステラは少し怯えていた。

 ステラには苦手なものがいくつかある。大男と硬い地面と苦い食べ物だ。

 大男は父親のバゴを思い出して恐怖心が湧いてくる。ステラにとってやはりバゴは良くも悪くも畏怖すべき存在だからだ。

 硬い地面は幼少期に石畳に頭から落ちてしまい、暗殺者となった今でも苦手意識がある。

 苦い食べ物は苦いからだ、苦いなら仕方ない。

 だから、石畳を歩く大男と言うのは相性としては最悪だった。ブラックコーヒーでも飲みながら歩いていようものならもっと最悪だっただろう。かといって出来ないと言うわけにもいかない、それが命令なのだから。


 ステラは意を決して屋根から石畳へ音も無く飛び降りた。足に伝わる痛みを我慢しながら、気配を消して大男を背後から強襲する。

 飛び降りた際に大きく一撃で命を断つ。そして改めて腕を数回振ると、血液が出る間もなく大男は元からその形であったかのように綺麗な肉塊となった。あまりの切れ味と素早さに返り血を一適も浴びる事はなく、只々そこに人であったものが転がっているだけだった。

 肉塊をさらに細かく切り刻み十センチ四方くらいまで小さくしたら、近くの下水道の蓋を開けて全て捨て去った。今日のネズミたちの晩御飯はご馳走になるに違いない。

 今、空気が湿っている。恐らく朝方から雨が降るだろう。ステラの技術でも多少の血液は出てしまうが、それも雨で全て流してくれることだろう。

 目標を見失ったり道を間違えることはあっても、ある程度のアシストがあれば誰よりも迅速に処理をすることができる。それこそステラが『迅速のステラ』と呼ばれる所以だ。



「オロ兄、賭けをしようぜ。遅刻魔のステラが間に合うか間に合わないか」

 早朝、オロとカルロが汽車に乗っていた。

 発車時刻が近づく中、カルロは車窓から停車している駅の風景を覗き、オロは落ち着いた様子で本を読んでいる。

「僕は間に合う方に賭けるよ」

「何だよまた間に合うほうかよ。ったく流石に俺も今日は流石に間に合う方に賭けたかったのに、これじゃあ賭けにならないじゃねぇか」

「……少し駅から遠い場所とはいえもう夜が明けているんだ。昨夜の仕事は思ったより早めに仕込みができたみたいだし、余裕だろう」

「流石に迷子の迷子のステラ姉でも、この時間と距離ならなぁ」

「………」

「……大丈夫だよな?」

「元々は僕達が先行して、ステラは次の便で現地集合の予定だったんだ、多少の遅れは問題ない」

「ちょっと心配になってるじゃねぇか!」

 流石にとは思いつつも、完全に不安は拭えず、オロが目線を横に逸らす。

 ステラ本人も気にしているが、すぐに迷子になってしまったり目標の相手を見失ってしまったりするのがステラの欠点だ。暗殺技術では誰にも劣らないが、それ以外の点で余りにも欠点が多すぎる。

 今もこうして余裕があるにも関わらずなかなか姿を見せないのが二人を不安にさせている。


「おーい、おーい」

 ステラが手を振りながら駅の改札から停車している汽車に向かって小走りで駆けてきた。

「焦らせやがる……」

「ステラらしくて僕は好きだけど、仕事する相手としてはちょっと困るかな……」

 オロは読んでいた本を閉じ、ため息混じりに微笑んだ。

 笑顔で乗車してくるステラ。その屈託のない笑顔に二人は呆れるばかりであった。

 ステラが乗車し、四人がけの席に三人で座る。

「あははー。途中で道がわからなくなったから、線路を辿って走っていけば到着すると思ったら反対だったみたいでちょっと遅くなっちゃったー」

「どういう間違え方だよ」

「ステラはもっと書籍を読むところから始めたほうが良いですね。方向音痴以前に教養が些か足りません」

「うーん、本読むの苦手なんだよなぁ」

「誰だって苦手なものはあるものです。しかし、苦手は克服するためにあるんですよ」

「へぇー、オロ兄の苦手なものって何だよ?」

「ナイショです。弱点を晒すのは僕達の仕事をする上で損しかありませんからね」

 喚くステラをよそに、汽車は定刻を少し過ぎてから出発した。



「それで? 今回の顧客は?」

 カルロが流れ行く景色を見ながら訪ねた。

「レイディアント=ラモーヌ。英国人の御令嬢で年齢は二十歳だそうですよ。今は恐らくヴェネツィアの某所にある別荘にいる可能性が高いんだとか」

「オロ兄と同じくらいの歳か、それにしても何で英国野郎がうちにいるんだよ」

「英国人はこの辺りで余暇を過ごすのが一種のステータスらしいですよ。だからこの辺りにも別荘があるとかなんとか。私達には理解し難い考えですが」

「何だそれ、わけわかんねぇ」

「ねぇ? お姫様はどうやって連れ戻すの?」

 話の流れがよくわからないステラが、自分のわかる内容に話を持っていこうとする。

「そうですね、『荷物』にして運ぶのが一番早そうですかね、連れ戻す上での条件は五体満足で生きている以外に示されていませんので。もちろん道中で管理者とかにいくらかお小遣いを上げる必要はあると思いますが、まぁ必要経費でしょう」

「なるほどなぁー」

「或いは穏便に懐柔するという手もありますが……。その手段は一朝一夕では行かないですが、発注元からの信用は高くなるでしょうね」

「へぇー」

 わかったようなわかってなさそうな、そんな半端な返事をしている。

「それにしても、別荘にいるなら自分たちで連れ戻せばいいものを、何で俺たちに頼むかねぇ」

「女性ながら腕っぷしが良いらしいそうですよ。それに、彼女はこちらの国出身の養子らしく、元々は逃げた先の別荘が実家だったとか何とか、英国人夫婦に引き取られても何かあると実家にすぐ逃げ出すとか……。稚拙極まりない」

 説明の途中から車窓の景色を見つめるオロ。

「馬鹿みたいに過去に執着して……。戻れる場所があるなら戻ればいいじゃねぇか、贅沢言いやがって……」

 どこか苛立ちを浮かべながらカルロがつぶやく。

「要はワタシたちとちょっと似てる人ってことでしょ?」

 重い空気を諸共せず、軽い口調でステラが口を開いた。

「あのさぁ、ステラ姉。んなことはわかってるんだよ。何というか、だからさ、ほら、ちょっと思うところはあんだろ」

「別に? だってワタシ達みんな父様の養子じゃん。親の顔も知らずに施設で死にそうな生活してたところを助けてもらってさ。兄様の言うとおりだよ、単なるバカじゃん」


 ステラを始めとしたヴェローチェ家に関わる人間は全て親の顔を知らない様々な養護施設の子供達で構成されている。

 それはもちろん現当主のバゴ自身もそうであった。

 ヴェローチェ家は代々、血ではなく能力を優先して後継者を決定してきた。

 後継者の候補は現当主が決め、当主が候補者から後継者を決める。後継者を決められないときは候補者同士が命を賭けた決闘をする。

 そして選ばれなかった候補者には死という名誉が与えられる。血と血で争って選ばれた者だからこそ相応の覇気があり、誰よりも強いという信頼が生まれる。

 そうやって生み出された、カリスマ性から新しい者たちを引き寄せられる。

 他の候補者に死という名誉が与えられるのもそうだ、王は二人も要らない、王が二人現れる危険を払うための措置だ。

 そして、現状での候補者はオロ、ステラ、カルロの三人だけである。

 仲良く過ごしている三人であるが、いつかはお互いに命をかける日が訪れてしまうのだ。



「レイディアント……。そうですね『綺羅星』とでもコードを付けましょうか」

「へぇ、全く、素敵なコードネームだこと」

「きーらーきーらーひーかーるー、おーそーらーのーほーしーよー」

 足をパタパタと揺らしながら、楽しそうに歌うステラを見て、カルロが眉間に皺を寄せる。

「ったく、年齢は俺のが三つ四つ上なのに、こんなのが姉だってのが恥ずかしいぜ……」

「仕方ないですよ、僕らの関係は芸歴みたいなものなんですから」

 三人を乗せた汽車は煙を吐きながら決まったレールの上を高速に移動していった。


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