第二十七話「大物小物」
こちら三人は両手両足を拘束され、相手は自由に動けて、人質は百人単位……。なかなか窮地に追いやられているわね……。
完全に上手くいくとは思っていなかったけど、思ったよりも動けていない。まだ秘策は残っているけど……!
「刀で殺すにしても、金髪クソ女は全てを守る力があって殺しようが無いから、手下二人しか殺せないか……。恨むなら私じゃなくて、金髪クソ女とそんな奴のお仲間になった自分だけにしてほしいわね……」
ユキナがゆっくりと歩みを進め、大哉の目の前で足を止めた。
「初対面だったけど、結構面白かったし貴方から始末してあげるわ……。貴方、名前は……?」
「里野大哉ッス!」
「ありがとう里野君……。抵抗したら……わかっているわよね……?」
「抵抗ってのはどういう行動が抵抗になるんスか……?」
臆することもなく大哉がユキナに問いかける。
「暴れたりせず、大人しく刃を受けなさい……」
「大人しく受ければ良いんスね……。了解ッス、じゃあひと思いにやっちゃってくださいな」
大哉が諦めたようにリラックスした顔をする。
全てを成り行きに任せたような、全身を弛緩させて受け入れようとしていた。
「サヨウナラ……。なかなか楽しめたわ……」
そう言うと、ユキナは刀をゆっくりと上に構えて、全力で刀を大哉の首元を狙って振りぬいた……!
「いっ……!」
刀を受け入れた大哉は拘束されていたから倒れなかったものの、頭は大きく揺れていた。
そう、頭と胴体は刀を振りぬかれてもしっかりと繋がっていたのだ。
「ったあああああああああ! いったぁ!!」
大哉が大声をあげる。精神だけの存在になっているとはいえ、余程痛かったのだろう。
「……どういう事……?」
「いやぁ、痛かったッスね! ちゃんと魔女さんの言う通り大人しく刃を受けましたよ、嘘はついてないッス。めちゃくちゃ痛かったッスけど」
「何でも切れるとは言わないけど……骨まで綺麗に切れるこの刀を食らって首が繋がっているなんて……ありえないわ……」
「あり得るから繋がっているんスよ。これは俺の能力でカーボンナノチューブの全身防刃スーツを作っているんスよ。しかも脅威の四層構造! 層ごとに編み方も変えて、層の間にはラヴェルさんの魔法を使って水で衝撃吸収もしてるんスよ! もちろん切れなくても衝撃は来るし、何層か切られちゃったみたいッスけど」
「なるほどね……。よく出来ているわ……。ちなみに今顔から下はスーツを着ているみたいだけど……頭はどう守るつもりなのかしら……?」
話し終わる前にユキナは刀を大きく振り上げて、大哉の頭頂部にめがけて刀を振り下ろした。
「いったああああああ!」
くぐもった声が聞こえてきた。
さっきまで見えていた大哉の顔も短髪も、全てがカーボンナノチューブで覆われ、まるで頭まで全身タイツを着たような、強靭かもしれないが何とも間抜けな姿になっていた。
口の部分まで防いでいたため、しばらくモゴモゴと何かしゃべっていたが、何を喋っているのか分からなかった。
「はぁ……もういいわ下らない……。顔を出しなさい……」
ユキナのその一言と共に首より上にあったカーボンナノチューブが空気中に消え去り、大哉が「ぷはぁ」と一息呼吸を整えた。
「……なかなか大物ね……あなた……」
「いやぁ、敵とはいえ褒められると嬉しいッスねぇ。ちゃんと刃を受け入れましたよ」
「そうね……。私もしっかり『能力を使っては駄目』とまで言わなかったことを反省したわ……。自分が言ったことに責任は待たなきゃいけないからね……」
「ちなみにスーツは俺だけじゃなくて姐さんやアスカさんも着てるから、殺そうとしたって無駄ッスからね!」
「あらそう……参考にさせてもらうわ……」
ユキナは刀の刃こぼれの有無を確認すると納刀し、五歩ほど歩いてアスカの前に立った。
「あなたは……名前すら興味ないし、私が手づから殺す価値も無いわね……。私を殺す度胸もなければ誰かに対する愛も感じられない……。何のために生きているのかしら……? いや、もう死んでいたわね……」
「このクソ魔女め……! 私の世界を壊しておいて!」
アスカがユキナを睨み、泣きながら叫ぶ。
「どこの世界の話かしら……心当たりが多すぎてわからないわ……。私は忙しいから過ぎ去った世界のことなんていちいち覚えてないのよ……」
「クソ! ふざけるなッ!!」
ほくそ笑むユキナを見て、息を荒らげて泣きながら感情を顕にするアスカ。普段強がっている分、心を折られて限界が来ているようだった。これ以上精神が壊れてしまったら、精神が死んで本当に消滅してしまうかもしれない……!
最後にユキナは私の所に来るかと思いきや、私達から離れ周りに誰もいないところまで移動した。
「そろそろかしらね……」
懐から携帯電話を取り出したユキナは、時間を確認した。
「全てに愛される力……ニューヨーク市内の者は全員自分の頬を叩き続けなさい……。もし行っていないものや遅れて始めた者がいたら大声で場所を叫びなさい……。叫び声を聞いたものは同じ言葉を叫びなさい……」
不味い……! ユキナはレイラフォードである蘭翻さんがニューヨークにいることに感づいている!
でなければニューヨークで居場所を特定するなんて行動はしないはずだ……!
「私が気づいてないとでも思った……? 私があなたの立場だったら真っ先にレイラフォードを確保してルーラシードの所へ連れて行くわ……。そしてここに来たときに高速チンパンジーのステラの姿が見えないってことで確信を得たわ……」
完全に読まれていたか……。
でも、まだここまでは想定の範囲内。まだまだ終わってはいない。
「そこであなたは次にこう考えるでしょうね……。『それならどうして上海に来たのか』って……」
そう、それだ。レイラフォードをニューヨークへ連れて行ったことに気づかれている可能性は考慮していたが、その上でなぜ既にいない上海の方へ来たのか。それがわからない……。
「教えてあげるわ……」
ユキナは手に持つ携帯電話を操作し、どこかへ電話をかけた。
「私よ……。オロ……場所を特定できたらすぐに殺りなさい……」
「オロ……? もしかしてオロ=ヴェローチェ……!?」
「そう、ステラ=ヴェローチェの兄……オロ=ヴェローチェ……。ただし、あなたが行った世界とは違う世界のオロよ……」
「そんな……。どうしてあの心優しいオロがユキナの手先なんかに……」
ショックだった。かつて歩んだ『ステラのいた世界』で出会った青年だ。ステラと同じく暗殺一家の長男でありながら、心優しく丁寧で穏やかで落ち着いていて清廉な心の持ち主。そんな人間がどうしてユキナの元にいるんだ……!
「また能力を使って操っているでしょ……! 解放しなさい!!」
「冗談じゃないわ……彼は世界を渡ってこの世界に来たのよ……。私の能力は世界を渡る者には通用しないわ……彼が私に付いているのは完全に彼の意志よ……」
そんなバカな……! どうしてこんなことになってしまっているんだ……。
いや、違う! それよりも問題がある。
「オロがニューヨークにいるってことは……」
「そう……。世界は違えど見知った家族同士の戦い……。今頃ニューヨークでは派手な兄妹喧嘩が始まっているはずよ……。私がこの時間まで現れなかったのもオロがステラたちと会敵するまで待っていたのよ……。あなた達が私を足止めするんじゃない……私があなた達を足止めしているのよ……」
この展開は想定の範囲外だ……。ユキナには人を操る能力があるけど、本当の意味で仲間というものはいない。
だから、今回も単独行動をしていると思っていたけど、まさか別行動出来る味方がいたとは……。
しかも相手はステラの兄だから、ステラも戦いづらいだろうし、何より戦闘技術は同等だ。ラヴェルや蘭翻さんを守りながら戦う分だけ、ステラが不利になってしまうだろう。
それでもまだこちらには最後の切り札が温存してある……。
何とか耐えて蘭翻さんをルーラシードの元へ送り届けて……! ステラ! ラヴェル!!




