第二十三話「魔女」
中国――上海に我々一行が到着して二週間が経った。
我々は到着してからすぐにアパートを借りてそこを拠点に活動することにした。女四人旅ならそこまで気を遣わないのだけど、如何せんアスカを追い回す輩が一人増えたので部屋の数は少し多いものを借りることにした。二部屋借りても良かったのだけど、節制がモットーのラヴェルと、大哉と共に居たくないアスカの勝負はラヴェルの圧勝に終わった。
午前八時――居間の机を囲むように座る五人。最近までステラとの二人旅だったのが気がつけば五人旅だ、少ないのもそれはそれで楽しめるけど、やっぱり旅は人が多いほうが楽しい。
そう思わせるようなメンバーだからというのもあるかもしれない、大哉はまだ加わったばかりだけど持ち前の明るさからすんなりと仲間に打ち解けている様子だった。まぁ、アスカは警戒してるけどね。
「それで、ラヴェルとステラに頼んでおいたレイラフォードの居場所と素性についてはどうだったの?」
「はい、お名前は黎 蘭翻さん。年齢は二十八歳の独身の方で、居所は近くのマンション――ええっと集合住宅で一人暮らしをしています。上海の大手外資系企業というところにお勤めで、年に数回海の向こうにある国への出張もあるようです」
ラヴェルが調査結果をアスカにもわかるよう読み上げていく。この世界で使われている言葉にも馴染み始めているし、順応するのが早いというか、もうある程度はこの世界にも慣れつつあるようだった。
「いつもはワタシの星をみるひとで場所を調べてからレイラとワタシでその人を調べているけど、今回は大哉の作ったダイヤモンドを売ったお陰でお金にも困らなかったから、探偵を雇ったんだー。居所だけ伝えておいたんだけど一週間程度でこの内容だからスゴいよねぇ。ルーラシードの方も探偵に調査してもらってるけど、ニューヨークに住んでいるという情報以外の素性調査とかはあと一週間以上かかりそうだって」
やはり本業という所だろうか、ステラもこの調査の速さには驚いているようだった。実際、依頼から一週間強でこれだけの情報が集まったのだ、普段なら一ヶ月以上かけて自分たちで調べていたのだから、腕のいい探偵を雇ったのだろう。ステラには人を見る目もあるようだ。
それにしても、本当なら大哉がその蘭翻さんという人に会えば終わりだったのに……。むむむ……。
「それで、その蘭翻って人にはどうやって近づくのよ。アタシやラヴェルはまだこの世界に詳しくないから、手伝うことは出来ても流石に手段は思いつかないわよ」
「うーん、そうね……。いつもはその人のことを調べて自然にルーラシードと出会うように促していたり、ラヴェルの時みたいに同行してもらうんだけど……。時間があるんだから無理やり行くのは論外として、海外にも出張のある外資系企業って所を上手く使いたい所だけど……」
「それなら姐さん、今からアメリカに会社を立ち上げるか会社があるフリをして、その外資系企業に立ち上げた会社との取引を持ちかけて、蘭翻さんを現地への同行者として付いて来てもらうってのはどうです?」
「なるほど、悪くない案ね。大哉が作ったダイヤモンドで金策が出来るから、例えば相手側に金銭的な旨味があって、こっちには取引実績が欲しいとかそんな理由を付けて提案すれば乗ってきそうね」
不謹慎というわけではないけど、こうやってみんなでワイワイと意見を出し合って何かを作り上げようとするのは非常に楽しい。
学生時代に文化祭の時に味わったような楽しさといえばいいのだろうか、みんなで目標に向かって準備している時が何事も一番楽しいと思う。
でも、仲間が増えたことで私自身良くも悪くも少しずつ変わって来てしまっている部分があると自覚している。
ステラが仲間になったことで戦闘やサバイバル、そして何より探索が楽になり、それらは全てステラに頼りっきりだ。そして今回は大哉が加わったことでダイヤモンドという金策が可能になった。
特にダイヤモンド金策は些か便利すぎて、やって良いものか悩む部分がある。どこぞの狐は能力を使ってギャンブルでイカサマをして稼いでいるのだけど、それとあまり変わらないのではないのではないだろうか……。
仲間が増えて色んな事が出来て、どんどん楽になっていく。それは当然のことだけど、それに甘んじてしまって良いのだろうか、今私の中にある課題の一つだ……。
「レイラさん?」
いつの間にかラヴェルの顔がすぐ近くに迫っていた。
「え、あぁ、ごめんなさい。考え事をしていたわ」
「そうでしたか、すみません。それで、先程の作戦を行うとしたら、蘭翻さんの所へ向かう組と、ルーラシードさんを事前に探しておく組と、二手に分かれた方が良いかなと思って」
「そうね、確かに探偵を雇っているとはいえ、現地についてから対応していたらワンテンポ遅れてしまうしね。それなら、アメリカ組は探索要因としてステラと……」
目線を動かすと、ラヴェル、アスカ、大哉の三人の姿が目に入る。
この世界に不慣れな娘、同じく不慣れな娘、アスカ大好きマン……。誰をステラと一緒にアメリカへ送れば良いんだ、これ……。
「俺はアスカさんとならどこへでも行きますよ!」
「アタシはコイツと一緒じゃなければどこでもいいわよ!」
「私はお手伝いができるならどちらでも大丈夫ですよ」
三者三様の答えで頭が痛くなる。精神だけの存在だけど。
正直なところ、慣れているステラ一人でもなんとかなるとは思うけど、理知的な人間が付いていた方がより安全ではあると思うし、何よりこういった事をこなして三人の経験値を貯めるのも重要だ。
「そうね、じゃあステラと同行するのはラヴェルにお願いするわ」
「わかりました、頑張ります! よろしくねステラちゃん!」
「がんばろうねー、ラヴェル!」
ラヴェルが腰を少し落とし、ステラの視線に合わせて頭を撫でている。完全にステラの扱い方を熟知した動きだ。
「ちょっとなんでラヴェルなのよ! アタシはコイツと一緒なんて嫌よ!」
「ありがとうございます! 姐さん!!」
二人が一斉に声を上げる。
こうなることが目に見えたから嫌だったんだよ……。
どう選択しても誰かから不満が出るんだから全く……。
――その瞬間、世界が一瞬だけ真っ赤に染まる感覚がした……!
「レイラ! 今の……!」
ステラが真っ先に反応した。
「ステラ! 東京周辺に星をみるひと!」
「もうやってるよ!」
くそっ……! 今度は同じタイミングでこの世界に来たな……!
「レイラさん、今のって……」
「ラヴェルとアスカにわかりやすく言えば『魔女』の能力よ……」
「魔女って……まさか非魔法王国の魔女のこと……?」
「そうよ……。ラヴェルとアスカの世界で非魔法王国を建国して多くの人々を巻き込んで世界を去った魔女……。あれは並行世界を渡り歩いてレイラフォードを殺すだけの存在……!」
「あの魔女がこの並行世界に来たんですか!?」
「何もしなければきっとあと一週間もしないうちにレイラフォードは――蘭翻さんは魔女に殺されてしまうでしょうね……」
並行世界を渡る魔女――ユキナ=ブレメンテ。
私と同じ世界に生を受け、私と同じに人を愛し、私と真逆の想いを持って共に命を断った。
私は愛した人が世界を渡りレイラフォードとルーラシードの赤い糸を紡ぐ事を使命としていたから、私も同じ事を使命として並行世界を巡っている。
それに対しユキナは私と同じ人を愛したが、レイラフォードという存在によって結ばれることはなかった。
私達の世界でのレイラフォードは私であり、私もユキナもルーラシードであったあの人を愛した。しかし、世界はあの人の相手をレイラフォードである私に選んだ。
だからユキナは私を憎み、そしてレイラフォードという存在自体を憎み、殺し、ルーラシードとの赤い糸を断つことを使命として並行世界を巡っている。
同じ人に対する愛情が、立場が違うだけでここまで変わってしまう。愛情とはいつも罪深い物だ。
「よくわかんないッスけど、蘭翻さんがレイラフォードってやつだから、その魔女って人に殺されそうなんスよね? 何とか蘭翻さんを助ける方法は無いんスか?」
「ユキナはルーラシードと結ばれたレイラフォードには興味を示さないわ。ユキナは結ばれようとしている愛が嫌いなのよ、レイラフォードとルーラシードが結ばれたことで生み出される枝葉を育てる愛のエネルギーを嫌悪している。一度結ばれた愛は離すことができないわ、だから、既に結ばれてしまった愛には興味がない。そのためにも何とか数日以内に蘭翻さんとルーラシードを出会わせることしか……」
タイミングが悪い……。せめてもう少し進展してからだったら……!
「レイラ! 案の定東京タワー周辺にユキナを見つけたよ!!」
ステラがユキナを発見した。アイツの出現場所は私と同じ東京タワーだ。
ユキナは世界を移動してすぐに能力を使う。逆に言えば能力を使ったということはまだ東京タワーにいるということでもある。
「あの……レイラさん……。魔女の能力は洗脳魔法だと私達の世界では伝わっていましたけど、具体的にはどういう……?」
「外を見てみればわかるわ……。ユキナはこれを世界中の人間に対してやっているのよ……」
ステラ以外の三人と共に窓から外を覗くと、道を歩く人々、対面にあるマンションの住人、見える範囲の全ての人々が右手を上げて辺りをぐるぐると見回している。
正常な状態でないのは誰が見ても一目瞭然だろう。これが魔女であるユキナの能力……。
「何よあれ……気持ち悪い……」
「魔女ユキナがレイラフォードを探索するときに使う手法よ。世界中の人々に何か統一した行動――今回の場合は右手を挙げさせて、上がっていない者を見つけたら自らの元まで伝言リレーさせるのよ。油断していたわ、能力を使われた瞬間にはもう向かいのマンションの住人から私達の事も見られてしまっているから、私達の居場所も今日中に伝わってしまうでしょうね……。能力を使ったらすぐに居場所が判明するものではないのが幸いだわ」
「とんでもない方法ッスね……。俺はその魔女のことはよく知らないけど、この光景を見たらヤベーやつだって事はよくわかったッスよ……」
「とにかく、さっき話してた編成はそのままで行くわ。まずは今すぐにでもステラがニューヨークへ飛んでルーラシードが誰かを特定してきて。探偵の結果を待つのは遅すぎるし、もう素性を調べて自然に会わせるなんて考える段階じゃないわ。そして、蘭翻さんに事情を説明した後、ラヴェルが第二陣で蘭翻さんとニューヨークへ行く。蘭翻さんの命を救うためにも多少無理やりにでも連れて行くわ。私とアスカと大哉は上海に来たユキナを迎え撃つ。何とかユキナに気が付かれないように足止めしている間に、ステラとラヴェルが合流して蘭翻さんをルーラシードと出会わせてきて」
「大哉と一緒なのは不服だけど、ある意味では私やラヴェルに取ってはタイド様の仇みたいなものだから、贅沢は言ってられないわね。万が一って事もあるでしょうし」
「アスカさん! そんなに俺のことを!」
「いや、万が一ってのはレイラフォードの蘭翻さんの方よ」
正直、人数が多いことがこれほど頼りになるとは思っていなかった。普段ならステラと私の二人では対応できないことが殆どだったから、これほど仲間が頼りになる事はない……!
「あの、レイラさん。念のためなんですけど、魔女の使う洗脳魔法は私達には効かないんですか……?」
「結論から言うと効かないわ。ユキナの能力には閾値があるから魔法抵抗力が一定値を超えれば効果はないわ、私達のような世界を渡る者は魔法抵抗力が高いから効果が無いわ。だから、逆に魔法抵抗力が高く効果が無いのを利用して『右手を挙げない者』は『レイラフォード』『ルーラシード』『世界を渡る者』『能力者=魔法使い』のどれかだと魔女は判断しているのよ。ラヴェルたちの世界では魔法使いという魔法抵抗力の高い人たちが多かったからユキナの能力はあまり効果が無かったから、洗脳された人とされなかった人で世界を二分する形になったのよ」
「なるほど、効果が無いことを利用して逆にレイラフォードを見つけているわけですね。そして、私達の世界ではその方法で見つからなかったから、各国に人身御供みたいな真似をさせたというわけですか……」
ユキナが得られる内容は外見と、周りに名前を知る者がいれば名前も知ることができる。レイラフォードとルーラシードは概ね外見から男女の見分けが付くので伝わってきた情報から判断ができる。もしこの世界に能力者がいればレイラフォードと誤認する可能性もあるから時間が稼げたかもしれないけど、今回は右手を挙げていない者が五人も固まっているということがユキナの元に情報が伝わることになる。仮にこの世界に他の能力者や世界を渡る者がいたとしても不自然な集団だ。私がユキナだったらここから最も近い者の所へ行くだろう。
何より、私の特徴が伝わるのだから確実に来るに違いない。
そこから更に居場所を特定するために何度か能力を使って絞っていく、それを防いで何とか時間を稼げば我々の勝利だ。
そのためにも、やはり私達は蘭翻さんの所へ可能な限り早く向かわなければならないだろう。
「出来れば私達の存在が魔女ユキナへ伝わる前に蘭翻さんを確保してニューヨークに連れて行くわよ!」
こうして私達とユキナによる、レイラフォード争奪戦が幕を開けた。




