第二十二話「プロポーズはダイヤモンドで」
「そもそもなんでアタシなのよ」
プロポーズを断ったアスカが辛辣な態度で大哉に尋ねた。
尋ねられた大哉はというと、アスカの足元でダイヤモンドを両手で掲げながら土下座をしていた。人間、あぁはなりたくないものだ。
「ええっと……。そうだ、ついさっき彼女にフラれたばかりで落ち込んでいた所に、天使のような女性が眼の前に舞い降りたのでつい一目惚れをしてしまいまして……」
「なによそれ、フラれて心が沈んでる時だから誰だって良かったんじゃないの!?」
語気こそ強いものの、天使だなんて褒められたから少し顔を赤くしているのを私は見逃さない。誰だって褒められて悪い気はしないからね。
ましてや価値観も何もかも違うはずの世界の男性からだ、普段暮らしている日常でプロポーズされるのではなく、海外旅行先でプロポーズされているような感覚だろう。こういった非日常感なのだ、表向きはそうかもしれないけど内心はテンションが上がっているに違いない。
「いや! そんなことは無いです!」
「ほんとぉ?」
「本当ッス!」
「じゃ、あそこにいるレイラとラヴェルとアタシの三人だったらどうなのよ?」
突然私とラヴェルに白羽の矢が立ち、思わず大哉の顔を見てしまったが、肝心の当人である大哉はアスカのすぐ後ろにいる私とラヴェルをチラ見すると、すぐにアスカに視線を戻した。
「断然、アスカさんッス!」
「そりゃそうよね」
サラリと髪を払うアスカ。その余裕に少しイラ立ってしまう。
大哉からだけでなくアスカからも流れ弾を食らって私は苦笑いで済んでいるけど、恋愛ごとに慣れていないからかラヴェルはそれなりにショックを受けているようだった。
私だって誰かが好きだの何だのっていうのは下らない話だと思っているけど、流石に自分が誰かより下に見られるとなれば話は別だ。多分、私は恋愛ごとに関しては誰よりも負けず嫌いだと思う。
しかし、一応私とラヴェルには負けるかもしれないという気持ちは持っていてくれたのだと少し安心したというかなんというか……。
「アスカ! ワタシはー!?」
全員に聞かれていると思っていたけど、ステラが対象から外されていた事に今更気がついた。
酷く憤慨した様子で、大声を出しながら地団駄を踏んでいる。
「アタシがステラに負ける要素なんてないじゃない」
「なんだとー! コラー!」
不満を身体で表現するサテラを見ていると、アスカの気持ちも分からなくはない。そういうところだぞ、ステラ。
……というか、なんでこんな茶番をしていたんだっけ……?
「まぁ、この際アスカに一目惚れした云々はどうでもいいわ」
「どうでも良くないわよ! こっちの身にもなりなさいよ!」
「それよりもさっきのダイヤモンドを出した能力、そっちのほうが気になるわ」
私達は世界を渡る者であり、レイラフォードとルーラシードの赤い糸を紡ぐ者でもある。それに役立つ能力であれば積極的に仲間に勧誘はしたい。
……あー、いや、今回に関しては勧誘しなくても勝手に付いてきそうではあるけど……。
「えーっと、アスカさんに似合う最高のプレゼントをしたいと思ったらダイヤモンドが出てきたんっスよね」
「他に何か出せる? 違う宝石とか? 頭の中にイメージしてみて」
目を瞑り、手のひらを前に突き出した大哉がひたすら何かを考えているけど、特に何も出てくる様子は無い。何を考えているのだろうか、アスカの事を考えていればいいだけじゃないのよ。
「うーん……」
頭を掻いて片目を開けた大哉は、もう片方の手をギュッと握りしめて開くと、そこには大小様々だが手のひらに一杯のダイヤモンドが溢れていた。
「ひぇ……。これホントにダイヤモンドなのよね……。何個あるのよ……これ……」
一つ二つと数えていたら途中で面倒になるくらいの量。おもちゃの宝石の掴み取りで取ったのではないかと言わんばかりの宝石の山だ。
「うーん、ワタシも宝石ならそれなりに審美眼あるつもりだけど、多分これ全部本物のダイヤモンドだと思うよ」
ステラが大哉の手のひらに近づいてまじまじと観察する。
元々ステラは暗殺を家業とする一家の出身だ。現金での取引よりもこういった足のつかない現物での取引が多かったようで、金や宝石の類の審美眼は市井の鑑定士よりもよっぽど精度が高く、頼りになる。
「マジかぁ……。ちなみにステラ、この片手の宝石で全部いくら位になりそうなの……?」
「うーん、小さいのでも千ドルはしそうだから、最低でも三万ドルはあるんじゃないかなぁ?」
「三万って……」
「三万ドルってことは三百万円ってことッスか? 結構量は多いけど思ったよりなんスね」
「えーっと……。レイラさん、凄く高価だって言うことは何となくわかるんですけど、私達の世界の通貨だとどれくらい高価なのか分からなくて……?」
ラヴェルが恐る恐る尋ねてくる。確かにラヴェルやアスカは宝石の売買なんて元の世界では殆ど経験はないに違いないし、この世界の通貨の感覚もまだわからないだろう。
「そうね……。お互いの世界のパンの価格で換算するなら……一日三食を全てパンを食べるだけなら五年以上は食べられるわね、多分」
「こ、これだけで五年も……!」
流石にラヴェルもプロポーズを断ったアスカもその金額には動揺を隠せない様子だった。
「ア、アタシはお金で動く安い女じゃないからね!」
今更引けない部分もあるだろうけど、アスカなら本当にそう思っていそうなタイプだと思った。
金でプライドを崩せるタイプではないだろうし、むしろ金で動くと思われること自体が逆に反感を買うまでありそうだ。
「でも、やっぱりダイヤモンドしか出せないっすねぇ」
「うーん、やっぱりダイヤモンドを生み出す能力なのかな。ダイヤはいわゆる宝石によくあるカットダイヤじゃなくて他の形で生み出すことは出来るの?」
「そうッスねぇ……」
そう言いながら大哉が念じると、ダイヤの山が形を変えて一つに集まり、右手には透き通った太さ一センチ、長さ三十センチ程の棒状の物体に変化した。
「おっ、できたっスよ」
得意げに棒をクルクルと回す大哉。
今までの流れからすると、それは恐らくダイヤモンドでできた細長い棒なのだろう。
あり得ないわけではないだろうけど、天然でこんな形状のダイヤモンドは存在しないだろうし、もし存在したら値段が付かないくらい貴重なものになるだろう……。市場価格をぶっ壊すとんでもない能力だし、こんなもの世界中から命を狙われかねない能力だ。
「やっぱりダイヤモンドを生み出す能力なんスかね」
肝心の大哉はその重大性を理解してないのか非常に危うい存在だ。一個人としてはいきなり命を断つヤバい性格なうえ、経済を壊しかねない能力の人物が同行することがほぼ確定的であることに一抹の不安は拭えないのだが、悪用される可能性があるのならいっそ私達が守る方が良いだろう。
「あのぅ……。参考になるかわからないんですけど……。私の水魔法って『無』から『水』を生み出して使っているわけじゃなくて、地面とか湿気とか、周りの水を動かして集めているんです。つまり、私の魔法って『水魔法』であると同時に『乾燥魔法』でもあるんです。だから、大哉さんの魔法も何かを集めて宝石を作っているのなら、別の見方をしてみると何か手がかりがあるんじゃないかなって……」
ラヴェルに言われてハッとした。
ラヴェルはダイヤモンドが何でできているかは知らないかもしれないけど、根幹世界に住むものであれば多くの者が知っているであろう。
「大哉、あなた学生よね? カバンに鉛筆とかシャーペンの芯とか入ってないかしら?」
「え? あぁ、ありますけど」
ベンチに置いたままのカバンからシャーペンの替芯の入ったケースを取り出した。遺体と一緒にカバンまで埋めなくて正解だった。
「試しにこの芯をダイヤモンドに変える事ができるか試してみて」
「……! なるほど、レイラ姐さんの言いたいことわかったッスたよ!」
そう言いながら、替芯のケースを片手でギュッと握ると白い仄かな光が見え、手を開くとケースの中にいくつかの小さなダイヤモンドと砂のようなものが下に溜まっているのが見えた。
「なるほど! 俺の能力『炭素をダイヤモンドに変える力』って感じッスかね!?」
「もしかしたらだけど、更にもう一段階『ダイヤモンドを黒鉛に変える』ことはできるかしら?」
「シャーペンの芯に戻すってことッスか?」
「そうよ。イメージしてみて、ケースの下に溜まった砂――多分黒鉛を作るための粘土ね、それと混ぜて細長く成形する……。サイコリライトシステムは精神の力、イメージすることが重要よ」
格好良く言っているが、イメージすることが重要というのはラヴェルからの受け売りだ。ラヴェルがアスカに魔法の使い方を教えていたときに、まずは『イメージすることが重要』だと教えていた。
私の能力は最初から完成されている代わりに伸び代は大きくない、精々効果範囲や適応対象を指定できるようになるくらいだ。逆に何かを生み出したり変形させる能力はイメージをすることで能力の幅や使い方が格段に増えて行く。
「元に戻すか……」
大哉が呟きながら再び替芯のケースをギュッと握ると白い仄かな光が灯り、手をゆっくりと広げるとそこにはダイヤモンドも粘土も無く、元通りの姿になった替芯がケースに入って現れた。
「おぉっ」
「やっぱり、大哉。あなたの能力は『炭素をダイヤモンドに変える』ではなくて『炭素を操る能力』じゃないかしら。空気中の二酸化炭素からダイヤモンドを生み出したり、黒鉛を分解したり戻したり。きっと木炭やカーボンナノチューブとかも作れるのかもしれないわね」
「おおー。何か凄そうッスね」
「レイラさん、私は炭素ってのが何か分からないんですけど、それってどれくらい凄いことなんですか?」
ラヴェルが顔を伺ってきた。
「そうね、空気から高価な宝石も作れれば、鉄よりも遥かに頑丈な素材も作れるし、かなり万能な能力よ」
「それは……すごいですね……」
「素材がすごくてもアタシの衝撃で潰れるなら意味なんてないわ」
アスカが無駄に張り合ってくる。確かにそうかもしれないけど、カーボンナノチューブならアスカの衝撃魔法に面でとらえれば耐えられる可能性もゼロではない。科学的に検証しないとわからないと思うけど。
能力も分かったし、それもかなり有用な能力だ。何としても追い払わなければならない存在ではなくなったし、むしろ守らないと危ない能力まである。彼が旅に付いていきたいというのであれば断る理由は無くなった。
アスカが反対するとは思うけど、それ以外であれば反対意見は恐らく出ないだろう。
「大哉、私達はこれから上海にいるレイラフォードの所に向かおうと思っているわ。あなたはどうする?」
「もちろん、レイラ姐さんに付いていきますよ! いや、正しくはアスカさんに付いていくッス!」
右手の親指を立て、元気にサムズアップをする大哉。とても爽やかなのは良いが隣に明らかに嫌そうな顔をしている者がいる。
「アタシは嫌よ! 絶対に反対!! コイツが付いてくるならアタシはその上海って所に行かないわ!!」
「……アスカ、諦めたほうがいいわ。大哉は私に付いてくるわけでも上海へ行くわけでも無いのよ、貴女についていくんだから逃げ場所なんて無いのよ」
死刑宣告だった。その言葉とともにアスカは膝から崩れ落ち、四つん這いでブツブツと何かを呟いている。
自分に向けられた好意に対してここまで反発するという経験が無いため、アスカの気持ちをわかってあげることはできないけど、大哉には公私の分別はしっかり付けるよう注意しよう。私にはそれくらいしかできることはないのだから。ゴメンね、アスカ。
旅の仲間も増えたところで、我々一行はレイラフォードがいる上海へと向かうのであった。




