第二十一話「里野大哉」
「ちょ! ちょっと! あんた鬱陶しいのよ!」
東京タワーの周辺のとある公園にて、アスカを執拗に追い回す青年――名前を里野大哉《|さとの ひろや》。この世界のルーラシードだ。
「アスカさん! せめて少しだけお話を! それかお茶だけでも!」
「しつこいわね! なんで後に行ったほうが内容上がってるのよ! それにさっき言ったでしょ! 私はもう死んでるからアンタとは住んでる次元も世界も違うのよ!!」
アスカと大哉の茶番を苦笑いしながら見届ける私とステラとラヴェル。どうやら里野大哉はアスカに一目惚れをしたようだった。
「そんな……。アスカさんと違う世界にいるなら、俺もその世界に行きます!」
大哉がその辺りに落ちていた少し太めの枝を拾うと真っ二つにへし折り、そのまま尖った部分を勢いよく自らの喉から頭に向かって突き刺した。
「「「ぎゃーっ!!!」」」
ステラ以外の全員が突然の光景に悲鳴を上げた。一目惚れした相手が既に死んでいるからといって、同じ次元に立つためにその場で自殺する馬鹿が居るとは思わなかった。
「ス、ステラ! 介錯してあげてっ!!」
せめて苦しまないようにステラに頭部を切り落とすように命じた。
「あいよー!」
ステラが手際よくハンティングナイフを使って頭部を綺麗に切り落とすと完全に息絶えたのを確認できた。
「これって、誰が見ても私達が殺人犯ですよね……?」
ラヴェルが心配そうな声を呟く。間違いなくそうだろう。
「大丈夫、本人が無事に精神体になっていて、肉体が他人に見つからなければ誰にもわからないわ」
我ながらとんでもないことを言っている気がする。完全に殺人事件の犯行集団の会話だ。
「ステラは所持品のチェック。アスカは近くの硬そうな土の地面に衝撃で穴を空けて、ラヴェルは水を使って遺体の運搬と、水で土を泥にして運搬したら埋めて乾燥させてちょうだい。埋めたらアスカは自然な範囲でカッチカチになるまで上から圧力かけて掘り出せないようにしておいて! 私はその間に精神体を迎えに行ってみるわ」
「わ、わかりました!」
「な、何よ! 他所の世界ってみんなこんな頭おかしいやつしかいないの!?」
流石に例外すぎるのだが、今はそれどころじゃない。異常事態過ぎるからか、はたまた慌ててる二人を見ているからか、逆に頭が冷静になってしまっている気がする。動揺する二人を残して並行世界を移動する青白い光を開いた。
どうしてこうなってしまったのか……。
時間は一時間ほど前に遡る。
………
……
…
久しぶりっていうほど久しぶりではないけど、東京タワーが目の前にそびえ立っている。
やはり生まれ育った世界に似ている根幹世界は安心感がある。
ラヴェルやアスカはどこに出現しているだろうか。彼女たちの思い入れの地はきっと城塞都市だろう。日本が赤道近くにあった世界から北へかなり進んだ距離にあった都市だ、根幹世界ではソビエトのどこか辺りになっているのではないのだろうか。
いずれにせよそちらにはステラが向かっているので合流してしまえば心配はない。
金銭面についても慣れたもので、事前にどの世界でも共通して金銭的価値のありそうな物を持ち込むようにしている。今回は各人にそれなりに価値のありそうな宝石を事前に購入して持たせてある。
ある程度金銭がないと移動で困ってしまうというのは、何度も世界を移動をして学んだ知識の一つだ。
中には毎回能力を使ったイカサマギャンブルで荒稼ぎをする狐もいるらしい。あぁはなりたくないものだ。
夜の輝く東京タワーの光を受け、近くの公園で待っていると、ステラがラヴェルとアスカを連れて私の元に集まってきた。大体一ヶ月くらいかかっただろうか。
「レイラさんお久しぶりです。す、すごい世界ですね……。ここに来るまでにも驚きましたけど、鉄の鳥や箱が飛んだり走ったり、石や鉄の巨大な建物があったり……。この赤と白の塔とか何のためにあるんですか……?」
「魔法がない代わりに、夜になっても明るいし。あと、海なんて初めて見た上に、海の向こうにも大地があるなんて……。レイラとステラはとんでもない世界で生活していたのね……」
東京に来ても辺りをキョロキョロしながら驚きを隠せない二人がいた。
「二人とも吹雪の山の中に出てたから迎えに行くのが大変だったよー」
ステラが笑いながら語っているが、そこから東京まで一ヶ月で連れてくるのだから相当なものだ。
「そうだ、ここまで来る途中に大体ステラちゃんからレイラさんがやろうとしていることとか、世界の理っていうのは大体聞きました!」
「何か壮大な事やろうとしているってのは理解できたわ。あと、私が死んだっていうこともね」
根に持っているわけではないようだけど、その言い方には多少含みがあったように感じた。
「アスカには説明できずに申し訳ないことしちゃったわね……。どうしても説明できなかったから」
「別に構わないわよ、それで面白いものが見れるなら……。というか、既に十分すぎるくらい見れてるわよ、ホントに……」
アスカが苦笑いをしながら辺りを見回し、頭上を見上げた。目の前には高さ三百メートルを超えるタワーもあるのだ、当然だろう。
「あ、あと……。レ、レイラフォードってのが私だったんですよね……。それでその、ルーラシードっていう方と出会うと恋しちゃうっていう……」
ラヴェルが顔を赤らめて恥ずかしそうに尋ねてくる。何だかんだ言ってまだ十代の女の子だ、恋も何も知らないのも無理はない。
「うーん、まぁそういうのもあって前の世界ではラヴェルのことを考えて出会わせるのを止めたというか何というか……。うん、やっぱり黙秘しておくわ」
迂闊に喋ってしまうとタイドさんのことを話してしまいかねない。このことはもう触れない方がいいだろう。
「ちょっとだけレイラさんが黙った理由がわかった気がしました……。私の人生に大きく関わる内容だったんですね。私もこれ以上このことを聞くのはもう止めておきます……」
「出会うとどうなってしまうとか、そういうことを事前に伝えると都合が悪いこともあったから……申し訳ないわ」
ラヴェルも私達が前の世界で色々とやっていたことを察してくれたようで、気になる部分はありつつも理解は示してくれたようだった。
「そうだ、レイラが使命って言ってるやつはとりあえず手伝ってみるわ。というか、レイラに付いて行かないと当分は私達は何もできなさそうだし」
「私もとりあえずお手伝いします! どこまでお手伝いできるかわかりませんけど、頑張ります!!」
「ありがとう二人とも、助かるわ」
アスカもラヴェルもレイラフォードとルーラシードを結ぶという使命を手伝ってくれるようだ。手伝いを無理強いする話ではないけど、アスカの言う通りこの世界に慣れるまでは私達とともにいたほうが良いだろう。
「ところでステラ、この世界のレイラフォードとルーラシードはどこにいる感じなの?」
「えーっとね、レイラフォードは中国の上海の辺りかな? で、ルーラシードはね、そこ」
ステラが指差す先には、百メートルくらい離れたベンチに座って考え込んでいる一人の青年がいた。公園の街灯に当てられ、より一層悲壮感が漂っていた。
白のTシャツにジーパンで黒髪短髪。大学生くらいだろうか、日本人は容姿で年齢を測るのが難しいがそれなりに大人びてしっかりした顔立ちだった。
「ちっか!!」
「びっくりだよねー。ワタシもびっくりしたよー」
「びっくりってものじゃないわよ!」
過去最短の記録を更新してしまった。短くても数週間はかかるものがまさかの数秒。今後これを超える記録を出すのは不可能なレベルだろう。
「これってそんなにすごいことなの?」
「すごいってものじゃないわよ! 石を一つ投げたら埋蔵金が出てきたくらいの奇跡よ!」
なかなかこの凄さを伝えるのは難しいが、何十億分の一の確率が目の前にいるのだ。宝くじが当たる確率どころの騒ぎではない。
「じゃあ、さっさと話しかけて連れていけばいいじゃない」
「ちょっ……!」
アスカがサッサと一人で歩みを進めていく。
「ちょっとそこのあんた、話があるんだけど、いいかしら」
アスカが初対面の人間に対して恐ろしく上から目線の態度で話しかける。
私がラヴェルのところに当たって砕けろ作戦で行ったのが可愛いくらいの行為だ。
「……な、なんでしょうか」
歩み寄る私達よりも先に青年の方が先に反応をしてしまった。
「あんた、私と一緒に上海ってところまで一緒に行ってくれない? 用事があるのよ」
完全に馬鹿の頼み方だ。この世界は諦めることになるかもしれない……。
「え……? えーっと、あ、よ! よろこんで!!」
「え!?」
思わず声が出てしまった。アスカもアスカなら、この世界のルーラシードもルーラシードだった。両方とも馬鹿の類なのかもしれない。
「うんうん、よろしいよろしい」
アスカが腕を組んでウンウンと頷いている。
アスカの手柄というより、この青年が異常なだけだ。
「と、ところで貴女のお名前を伺っても宜しいですか!?」
「え? あぁ、アスカ=ビレンよ」
「俺、里野大哉です! よくダイヤって間違えられるんですけどヒロヤです! アスカさん! 見た目だけでなく名前までお美しいお名前だ!」
「え? あぁ、どうも」
褒められて悪い気がしないアスカはアスカで、少し調子に乗り出している。
私達の歩く速度が少しずつ遅くなりつつある。多分、この青年は私達の手に負えないという事が既に理解出来ているからだ。
「レ、レイラさん。この世界の人ってみんなあんな感じなんですか……?」
ラヴェルが小声で尋ねてきた。そんなわけあってたまるか。
「アスカさん! 是非僕とお付き合いしてください!! 必ず幸せにしてみますから!!」
「は、はぁ?」
大哉と名乗った青年がアスカの両手をギュッと握り、出会って数秒でアスカに告白をした。流石に数多の世界を渡ってきた私でもこの速度で告白している人間を見るのは初めてだ。
しかも、彼はルーラシードではあるが、アスカは当然ながらレイラフォードではない。運命の相手でもないのにこの速度だ、リニアモーターカーなんて目じゃないスピードだ。
「ちょっ、ちょっとレイラ! あんたこの世界の人間なんでしょ! このヤバそうなやつなんとかしなさいよ!」
「別に私もこの世界の人間じゃないわよ、ここに似た根幹世界の人間なだけよ」
「似たようなものでしょ! なんとかしなさいよ!」
「そんなこと言われてもなぁ……」
そもそもアスカは見た目こそ大人びているがまだ十五歳程度だ、一方で大哉は大学生くらいの年齢だろうからか、世界や国によっては交際自体が違法にすらなりえる。
「えっと、私はアスカの同行者のレイラ=フォード。私はイギリスの出身で他の娘達もみんな海外の出身よ。アスカは今十五歳で私は二十歳、大哉さんでしたっけ? あなたはおいくつですか?」
大哉の元に行き、なるべく丁寧に自己紹介して相手から情報を引き出す。いつでも勝つのは情報を征する者だ。
「はい! 俺はいま十八歳で今年十九歳になるッス!! 今年から上京して一人暮らししてます! レイラ姐さん! アスカさんとの交際をお認めください!」
勢いよく深々とお辞儀をされてしまったのだが、私にアスカとの交際を認める権限はない。あるとしたらアスカ本人か父親のスウェプトさんくらいだろう。
「レイラぁー、こんなにアスカのことが好きならサッサと同行してもらってレイラフォードのところに行ったらぁー?」
ステラの言うのが真っ当な意見だった。アスカがいればついてくるならサッサと行くのが一番手っ取り早いだろう。
「嫌よ! なんでこんなのと一緒に行かなきゃいけないのよ!」
流石にヤバいやつと認識し始めたのか、アスカも拒否感が出てきたようだった。
「えっと……それじゃあ。ルーラシードさんは魔法抵抗力が高いから事情説明して少し諦めてもらうっていうのは……?」
ラヴェルが控えめに提案をしてきた。
確かにルーラシードであれば抵抗力が高いので事情説明ができるし、私達と住む世界が違うという説明をするというのは有効な手段かもしれない。
「じゃあ、さっさと説明するから、よく聞きなさい!!」
アスカが腕を組み、ワンマン社長が社員に対して無茶を言うときのように偉そうに話し始めたのだった。
………
……
…
あまりにもイレギュラーすぎる……。
並行世界の入り口から里野大哉を引き連れてきた。強い想いを持って死ななければならないのだが、恐らく全員が成功していたと感じていただろう。
それにしても、大して詳しい説明もしないまま、死ねば同じステージに上がれると聞いて即座に命を断てる恋心。そこだけは認めてあげたいけど、折角眼の前にいたルーラシードが死んでしまったため、世界の何処かに新しいルーラシードになった人物が生まれたはずだ。また探し直しだと思うとなかなか骨が折れる……。
それに、まだ何も決まってないけど、どうせ旅の仲間が一人増えるんだろうなって思うと、死んでいるのに頭と胃が痛くなってくる……。
溜め息を付いていると大哉が薄っすらと目を開けた。
「あ! 生きてる!! いや、死んでるのか!?」
「死んでるわよ……」
アスカが頭を掻いて、ため息を付きながら声をかけた。
「あ、ありがとうございます! アスカさん! これで俺もアスカさんと同じステージに立てた訳ですね!!」
「いや、立たなくて良かったから……」
「そうだ、何かお礼にプレゼント出来るものを……」
大哉が全身を弄っているが、ビックリするくらい何も持っていない。精神体になっても生前大切に思っていた物――例えば金銭や身分証明書とか、そういったものは持ったままなのだが……。何も持っていないという事は彼にとって持っていたもので大切なものは何もなかったのだろう。
「参った、何もないや……。何かアスカさんに見合ったものをプレゼントできれば……」
大哉がそう呟いたとき、彼の想いは力となって具現化する。その瞬間、彼の右手が白く光りだした。
「レイラ! あの光って!」
「私も覚えがあります! 魔法を使えるときに出る光です!!」
ステラとラヴェルが驚くように声を上げた。
私は最早声すら出なかった、いきなり自殺して精神だけの存在になって、そしたらいきなり魔法が――いや、サイコリライトシステムが使えるようになるですって? あまりにも世界に順応するのが早すぎる!
「これは……! アスカさん…!!」
驚きつつも理解した顔で大哉が跪いてアスカに両手を広げて叫ぶ。
その手のひらには大粒のダイヤモンドが乗っていた。
まだ詳しくはわからないけど、彼が手にしたのは恐らくダイヤモンドを生み出すことが出来る能力なのだろう。
「アスカさん! 僕と結婚してください!」
「いや、無理だから」




