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金色の旅路  作者: ガエイ
第一章 ラヴェル=エミューズ=モーリス
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第一話「旅の始まり」

「ラヴェルの方にイノシシが向かったよ!! よろしくネ!!」

 森を駆けながら木々を的確に避け、青黒の髪を乱して走る少女――ステラが大声をあげた。

 彼女が上手くイノシシの敵視を取り、誘導しながら山道へと導くと、薄紅色の髪の少女ラヴェルが情けない声を上げる。

「うえぇっ!?」

 近くにいる私がラヴェルを抱きしめ、向かってくるイノシシに向けて手をかざす。

「上出来よ、ステラ。『全てを守る力(インビンシブル)』!!」

 私達の目の前に青白い光の壁が現れる。

 何物も通さず、あらゆるものから身を守る完全無敵の最強の盾、それが私の能力『全てを守る力(インビンシブル)』。ちなみにネーミングは私ではない。

「ブヒィ!!」

 向かってきたイノシシが光の壁にぶつかり、その反動で吹き飛ばされるように空を舞った。

 この反動の勢いで体当たりしてきていたのだと考えるとなかなかに恐ろしい。能力が無かったら絶対に全力で逃げ出しているだろう。逃げたところで無事では済まないとは思っているけどね。

「今よ! ラヴェル!!」

「は、はいっ!」

 彼女に対して声をかけると、情けないながらも強い声で返事が返ってきた。

 右手を前に出し、瞬きほどの時間だけ目を瞑ると、さっきの返事とは違い頼りがいのある声を発した。

「水よ!!」

 ラヴェルの声とともに、周囲にあったあらゆる水分が彼女の目の前に集まってきた。

 雨後の水滴はもちろん、湿った地面も水分を失いカラカラに干からびてしまった。気の所為ではなく私の服の水分も吸収されているのか、肌触りが悪くなりカサカサになっている。

「それぇぇーっ!!」

 ビーチボールくらいまで大きくなった水球は、彼女が手に上げ、振りかぶって投げるように動かすと、水球もそれにつられてイノシシの腹部に向けて飛んでいった。プロ野球選手の投げる球くらいの速度はあるのではないだろうか、少なくとも私がバットを持って打ち返せるような速度でないのは間違いない。

 全てを守る力(インビンシブル)にぶつかり吹き飛んで横向きに気絶していたイノシシは、ラヴェルの放った水球をくらって腹部に大きな穴を空け、頭と下半身のみを残した。貫通した水球はすぐに破裂し、血の混じった水飛沫が周囲に舞った。

 

「つっよ……」

 私がその威力にドン引きしていると、イノシシを誘導するために離れていたステラが森の茂みから走って合流してきた。

「わぁー、ラヴェルの魔法って本当に強いねぇ!」

「えへへぇ、ありがとう、ステラちゃん。ステラちゃんの探索魔法も本当にスゴイね!」

 不安が払拭されたのか、ラヴェルは明るい顔を取り戻してステラと両手でハイタッチをしてからステラの頭をヨシヨシと撫でていた。

「まぁ、食べるところは殆ど無くなっちゃったけどね」


 私レイラ=フォードがこの並行世界に降り立って約半年。ようやくこの世界を救う鍵となる運命の少女ラヴェルと出会うことが出来たのだった……。

………………

…………

…… 



 ――そう、私がこの世界に来たのは、世界に選ばれた少女ラヴェルと出会う半年前のことだった。

 いつかの世界を経て、今回新たに旅をすることに選んだ世界がここだった。

 どうしてこの世界を選んだのかというと、普段は私の生まれた根幹世界でばかり活動していたから、偶には枝葉の世界に行ってみようという試みだ。

 先に少し触れたけど、根幹世界というのは並行世界の中でも最もポピュラーな世界で、並行世界が大樹だとしたらその根幹にあたる部分だからそう呼ばれている――らしい。

 私が生まれ育った世界も根幹世界の一つだ。

 一方で樹木で言うなら途中で大きく分かれて枝葉の世界。今回私が向かうのはそんな世界だ。

 こういう世界は余りにも世界観や時間軸が違っていて大変ではあるけど、その文化の違いが面白くもある。海外旅行の感覚と思って貰うとわかりやすいかもしれない。

 実際、『世界を渡る者』の知り合いに、枝葉の世界の出身の九尾の狐がいる。私の能力にクソダサい名前を付けた張本人だ。ただ、枝葉の世界はそういった根幹世界では絶対に出会えない者たちに会えるのが楽しい。

 そんなわけで今回は海外旅行感覚で枝葉の世界に来たわけなのだ。

 


 並行世界を繋ぐ青白く光る霧から出ると、一面に広がっていたのは湿地帯だった。

「うーん……まぁ、悪くない場所がスタート地点の世界ね……」

 生暖かい風が吹くと、私の腰まである金色の長髪がたなびいた。

 湿地帯特有の湿った濃い木々の臭い、赤道付近に出たのだろうか気温も湿度も高くて汗をかいたらベタつきそうな環境だった。

 それでも、とんでもない山岳地帯や見渡す限り雪原という人里も何もないような場所でなかったのが救いだった。

「さてと、ステラが私のところに合流するまでに、この世界のことについて調べなきゃね」

 ステラ=ヴェローチェ。私と同じ『世界を渡る者』であり、旅を共にする仲間の一人なんだけど……。

 並行世界を移動した時は、その人が生前に思い入れの強かった土地に降り立ってしまうから、いつも合流するのに時間がかかってしまう。

 私は見渡す限り緑一面の光景に見覚えは無いから、恐らくここは私の生きていた世界の思い入れがある地点と同じ座標だったのだろう。

 私の本来の出現地点は日本の東京タワーだ。

 きっとこの世界の東京タワーがある位置は赤道付近の場所なのだろう。それくらい枝葉の世界というのは地形も何もかも異なっている。

 幸い、ステラには『特定の人物を探索する能力』があるから、ステラが降り立った地点から私を見つけるのにそこまで時間はかからないとは思うけど……。

 運が良ければ数ヶ月以内には合流できるんじゃないだろうか。この世界のことを調べるのに十分な時間にはなると思う。

 今はTシャツにジーパンという根幹世界ではラフな格好だけど、この世界の今いる国に見合った服装にも着替えなきゃいけないしね。

 程々なサイズだと自覚しているから、胸元が緩くないことを祈っている。


 

 二ヶ月が経った頃、この地域の民族衣装に着替え、出現地点の近くにある集落で聞き込みをしていた。割と緩めの麻でできた民族衣装で、熱帯地域であるにも関わらず長袖と丈の長いスカートだ。

 この地域の人々は根幹世界で言うなら白人の人たちが多く、髪色も赤毛から薄紅色の髪の毛が多い。私の拙い知識では白人ほど日焼けに弱いイメージがあるからか、日焼け対策として丈の長い衣装なのだろう、麻も涼しいしね。

 すると聞き覚えのある声が遠くから聞こえてきた。

「レイラー!! 来たよー!!」

 黒と呼ぶには青く、青と呼ぶには黒い、そんな髪色の少女が私に向かって走り寄ってきた。

 小柄な体型にTシャツと短パン。長いポニーテールをしているから女子に見えるが、見ようによっては男子小学生にも見える出で立ち、それがステラ=ヴェローチェだ。

 別の並行世界で出会って共に行動するようになった娘で、恐ろしいくらいに私を慕ってくれていて彼女のお陰で私の使命を果たす速度が格段に早くなった。

「思ったより早かったわね、ステラ」

 聞き込みをしていた村人の方にお礼を言い、私に会いたくてうずうずしているステラの方へ向かって足を進めた。

 ちゃんと私が村人の方と話し終わるまで待てて偉い。

「ワタシの能力『星をみるひと(スターゲイザー)』なら世界中のどこにいても探したい人の場所がわかるからね! あとはまぁーっすぐ走ってくるだけだから!」

 ステラが走る真似をしながら自慢気に喋っている。

 ステラは猪突猛進で言葉を文字通り受け取り、物事を深く考えない性格だから、細かい配慮というものが出来ないのが些かネックだ。良く言えば純粋で素直、悪く言えば馬鹿という感じだろうか。

 しかし、その明るい性格は場を和ませ、私が暗く落ち込んでいる時でも気分を和らげてくれる。まぁ、たまに鬱陶しい時もあるけど。

「とりあえず場所を変えましょ、色々調べた話もしたいしね」

「うん、わかったー!」

 本当にいつでも笑顔なのがステラの取り柄の一つだ。



 集落から少し外れた林にある獣道で、岩に腰掛けて状況をまとめることにした。

 私達は人気のない場所でしか話のできない内容のことがあるからだ。

「まず、この世界は私達が生きていた世界よりかなり文明は昔のようね、汽車が走ってないどころか蒸気という概念すらまだなさそう。恐らく中世から近世の辺りという感じかしら。自分からこの並行世界に来ておいてなんだけど慣れるまで少し面倒ね」

「へぇー、中世ってどれくらい昔なの?」

「……庶民が日々食うに困ってるくらいの時代よ」

「うわー、もしワタシ達も生きてたら大変だったねぇー。良かった死んでて」

 そう、私達『世界を渡る者』は、肉体と精神という人間にとって本来二つで一つのもののうち、肉体だけが死んだ状態だ。

 要するに幽霊ってことだけど、物に触ることは出来るし、食事や睡眠はいらないし、疲れ知らずで活動することができる。

 まぁ、逆に夜という長時間を寝て過ごすことが出来ないし、物理的に怪我をすることもあれば死ぬこともあるし、精神的な理由で死ぬことだってある。お化けは死なないなんてことはない。

 実際、ステラが私のところまで向かってきたのも、昼夜問わず常に全力疾走で来たのだろう。ネットの無い時代だから良いけど、不審に思われたらどうするのよ……まったく……。


「あと、この世界には『魔法』というものの存在が一般的に知れ渡ってるみたいね。この並行世界に来る前から『能力者』の私達にとっては、能力を使っても不審に思われないってのは気が楽ね。ただ、どうやら魔法の使い方や習得方法なんかは秘匿とされているようだったけどね」

「魔法? あー、ワタシの『星をみるひと(スターゲイザー)』みたいなやつ?」

「そうね、この並行世界では私達の能力の事を『魔法』と呼んでいるみたいよ。ステラもこの世界では能力のことは『魔法』と呼ぶようにね」

 私とステラには所謂『超能力』と呼べる力がある。その名を『精神的な力で(サイコ)世界を書き換える(リライト)機構(システム)』という。

 その名の通り精神の力によって世界の事象を書き換えることによって、特殊な能力を使うものだ。

 この世界ではそれが魔法と呼ばれ、他の世界では超能力や神通力などと呼ばれていることもある。

 ステラには特定の人物を探索する能力である星をみるひと(スターゲイザー)があり、私もあらゆる攻撃から身を守る『全てを守る力(インビンシブル)』を使うことができる。ちなみに何度でも言うが、この恥ずかしい名前の命名は私ではない。


「あぁ、あと魔法がある世界って言っても、この世界はファンタジーじゃないからゴブリンとかオークとかそういったものはいないわよ。何億年前のレベルから分かれた端っこの枝葉の世界にしては意外ね。生態系も割と根幹世界に近いみたいよ、やっぱり根っこでは繋がっているからなのかしらね」

「今まで行った世界では獣人とかいた世界もあったのにね、ヨーコも九尾の狐だし。でも、確かにここに来るまでもそういうのは見かけなかったなぁ」

「それと、世界の地形はパンサラッサ海に囲まれたパンゲア大陸に近い形状のようね。魔法技術が発達しているからか地形に関しては割りと信用できそうよ。現在地は大陸中央の東部のようね」

「……パ、パンゲ……パンサ……?」

「えーっと……私達のいた世界と違って、めちゃくちゃ大きい一つの大陸しかないような世界ってことよ。海の名前に関しては……特に説明する必要はなかったわね忘れて頂戴……」

 自分の知っている範囲の知識で喋るとステラに伝わらないことがあるから、その辺りの配慮になかなか苦労をしてしまう……。

 パンゲア大陸も大昔に地殻変動する前に存在したと言われる超大陸のことだ。それが大きな変動が無く現在まで続いているのか、それとも変動が起こる数億年前にこれだけ文明が進んだのかのどちらかだろう。並行世界に関しては私達の思っている時間軸と違うことがよくある。生態系から見ても恐らくこの世界は後者だろう、私達のいた世界よりも進化する速度がとてつもなく早かったのだろう。

 さて、ステラに対しては今も既にどこまで話を理解しているのかわからないし、これ以上伝えても頭に入らない可能性があるので、これ以上情報を伝えるのは控えて、小出しにした方が良いのかもしれない。

 学校の授業でも一度に大量に言われても覚えられない。あれは毎日小出しにするから覚えることができるのだ。

「それで、ステラ。『世界に選ばれた運命の男女』の居場所はどこなの? 私達が合流したことだし、すぐにでもそこへ向かいたいのだけれど」

「あっ……。あはは……」

 本当にわかりやすくて嘘のつけない娘だこと。

「ごめんよーレイラぁ。見つけるの忘れてた……」

「別に良いわよ。合流してから見つけても遅くはない話だし」

「ごめんね! いますぐ探すから!!」

 そういうとステラは目を瞑って力を溜めるように腰を落とす。

「別にそんなポーズしなくても能力使えるでしょ」

「こういうのは見栄えが重要なんだよ!」

「はいはい」

「いっくよー!! 超ぅ! 広範囲ぃ!! 星をみるひとスタアアァァゲイザアアアァァ!!」

 ステラが珍妙なポーズを取りながら右手を天に掲げ能力名を叫ぶ。別に取らなくても良いポーズだし、能力名を言う必要もないのだけど、ステラはこういう所に重きを置くタイプだ。

 掲げた右手から強烈な明るさの光の柱が天へと昇り、一等星と呼ぶには大きすぎる、太陽の如く輝きを放つ巨大な星が昼の空に現れた。そこから流れ出た流星が世界中を駆け巡って行く――らしい、ステラにしか見えないから本当に太陽のようなものが出ているのかもわからない。

「さぁて、どこにいるかなぁ」

 流星は世界中を見通し、ステラが思い描いた対象者を見つけ出す。

 そして流星の落下地点を見たであろうステラは、瞳の奥に映る対象者の場所に意識を向けている。

 対象者は緯度経度のような座標で示され、ステラが地形や地図情報を把握していれば更に詳細に表示される。そして、夜空に輝く星座が結ばれるように対象者までの最短ルートを描くことも出来る――らしい、私には瞳の奥までは見えないからこれもステラから聞いた話だけどね。

「見つかったよ! レイラ!!」

「ありがとう、ステラ。それで、場所はどこだったの?」

「女の方はここから割と近くで歩いて数ヶ月の距離かな? 男の方はかなり離れた北の方だったよ、歩いたら年単位はかかるかも」

「なるほど……。それじゃあ使命を果たすためには女性を連れて、一緒に北の男性のところへ行く方が効率良さそうね」

 私達の使命――世界に選ばれた運命の男女を出会わせて『恋』をして『愛』を育んで貰うためにも……。

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