第十八話「新しい旅路」
『ラヴェルへ……』
数日後、教会にタイドさんの手記が保管されていたということにして、タイドさんからの手記を宿屋の室内でラヴェルに渡した。
そこには様々なことが書かれていた。
巨大な穴は自らの魔法で開けたものであるが、雨水を貯めるための貯水池として使うために国から依頼のあったもの。
ジャックさんがハーツグランさんであること。そして、ラヴェルも戦時中に城塞都市まで来ていたが、危険であったためジャックさんに連れられてヨカヨカ村へ帰ったこと。
認識阻害魔法はジャックさんが使っていて、世界中の人たちから戦争の苦しみを少しでも和らげるために戦時中に関する内容や記憶を曖昧にさせるために使っているものだと。
他にも様々な事が記されており、細かいところは新しく作られているけど、大部分は予め明かすことを想定して設定を作ってあったように感じた。
そして最後に『ラヴェルには未来へ歩んで欲しい、過去の俺はここに置いていってくれ』という言葉とともに、タイドさんのサインが書かれていた。
「このサイン……私が育った家――ジャック父様の家にある父の残した書類にあったサインと同じものです……! 何度も何度も見たサインだから、この手記は本物で間違いないです……!」
涙ぐみながらラヴェルがサインを指でなぞる。
「凄いわね、タイド様の直筆の手記が残っていただなんて……。こんなのどうやって貰ってきたのよ、ラヴェル本人が教会に行って話をしたならともかく」
「えぇっと……。ラヴェルの名前を伝えたら貰えたのよ。ラヴェル=エミューズ=モーリスもしくはブラックの名を知ってる人なら誰でも渡すよう伝えられていたらしいわ」
って、タイドさんに言えって言われてた。
アスカならまだジャックさんの認識阻害魔法がかかっているから、この返答で納得してくれるはずという算段だ。
「なるほど、そういうことなら仕方ないわね」
ほらいけた、チョロいわね。
「レイラぁ! どうして教会に行くとき教えてくれなかったのー! ワタシも行きたかったー!」
「ステラと行くと話が脱線しそうだから一人で行ったのよ」
「えぇ……そんなぁ……」
実際にはなるべく真実を知る人間を減らしたかったからだ。
ステラが聞いた内容はタイドさんが生きているということ以外は全て手記に書かれているような内容だ。
言っては駄目だと伝えれば、幸いなことにステラの口は私よりも遥かに硬い。タイドさんが生きていることを黙っておけと言えばそれで解決する。
後で簡潔に事情と秘匿することだけ伝えておこう。
「未来か……。父の足跡を辿る旅は――私の過去を探す旅はこの手記を以て終わったんですね……」
ラヴェルは少し寂しそうな顔をして手記の文字をなぞり、読んでいく。
この手記はラヴェルにとって過去でもあり未来でもある。
父の足跡を全て辿ったということは自らの中で一つの大きな出来事が終わり、生きる原動力が一つ失くなったとも言える。
「未来に生きなきゃなぁ……」
手記を胸に当て、ラヴェルは天を向き改めて呟いた。
正直なところ、このやり方はラヴェルに嘘を付いているから少なからず気が引ける部分はある。
でも、全てを綺麗に収めるならタイドさんに任せたこの方法以外には思いつかなかった。
タイドさんにとっては過去に対する贖罪であり、ラヴェルに対して過去と別れさせ、前に進ませるための優しい嘘。
何もなければそのままだったものを、私が何も知らずに歯車を動かしてしまったから、歪な進み方になってしまった。この事実は責任をとって私の胸にしまっておこう……。
「そうだ、私の旅はこれで一区切り付きましたので! アスカちゃんはまだ続ける?」
「アタシももういいわ、これだけ色々と見れたんだし、ここ以上にタイド様の情報が出てくる場所は無いと思うし、満足よ」
「じゃあ、あとはレイラさんの旅だけですね、どこまででも付いていきますよ!」
ラヴェルが私の方を向いて満面の笑みを浮かべた。
この笑みに応えるのがしのびないというか、私がラヴェルの旅を終わらせてしまったという責任感というか、そういうものが押し寄せてくる。
「あぁ、それなら私も色々とあってここで終わることになったわ」
「えぇ!? レイラ! ワタシ聞いてないよ!」
余りにも突然の宣言にステラは驚きを隠せなかったようだった。
「言ってなかったからね、言ったら絶対に反対するでしょ。ステラのことだから」
「そりゃそうだけどさぁ……。レイラはいいの?」
「良くはないけど、仕方がないじゃない。そうするのが一番いいって思っちゃったんだから」
「レイラらしいというか、らしくないというか……」
少なからず不満はあるようだったけど、結果的にステラは笑顔で私の選択を受け入れてくれたようだった。
ステラは恐ろしいまでに私に従順だ。
私が白といえば白に染まるし、黒といえば黒になる。
その一方で、上手く私の意図を汲み取れずに――いや、私の指示ミスでとんでもない事をしでかすこともある。
『扉を開けて』とだけ言ったら、扉を蹴り破ったりするような感じだろうか。
そのうち何かしでかしてしまうのではないかという不安がある。
「まぁ、レイラがそう言うならワタシは付いていくだけだからね」
「事情がよくわからないですけど、いいんですか、レイラさん?」
心配そうな顔でラヴェルが私を見つめてくる。そう、こんな良い娘を私が好きでやってる使命のために意志を曲げさせてしまうのは申し訳無さすぎる。
父親のタイドさんについてもだ。
あれだけ娘であるラヴェルの事を大事に思って送り出したのに、今更二人を引き合わせるのは無粋以外の何物でもない。
「詳しいことは言えないけど、これは私の旅ではなくて、ラヴェルの旅だったし、ラヴェルの物語だったのよ。ちょっと色々と事情があってね、ラヴェルとその人を会わせるのが良い結果にならないと判断したのよ」
「そう……なんですか? 私の旅が終わったから付き合わせるのが悪いとかそういう事じゃないですよね?」
「一年近く一緒に旅しておいて、私がそこまで殊勝な人間じゃないことはわかってるでしょ? 私は私の都合で勝手に旅を終えるのよ、ラヴェルには関係ないわ」
「…………」
ラヴェルが黙って俯いてしまった。ちょっと言い過ぎだっただろうか。
でも、ただでさえ必要以上に肩入れしているんだ。これ以上肩入れしたらそれこそ別れが辛くなってしまう、これくらい突き放しても足らないくらいだろう。
「……レイラさん、その詳しい話が出来ないのは、アスカちゃんにだけ話が出来ない内容ですか……? それとも私達全員に話ができない内容ですか……?」
嫌な聞き方をしてくる。やっぱりラヴェルは賢い、頭の回転の速さはタイドさんに似ているのかもしれない。
アスカにだけ話せないというのは世界の理に関する内容という意味、全員に話せないというのは私個人の理由という意味。
前者だと言えばなぜ今になって駄目になったのか理由を問われる、後者だと言うならラヴェルがルーラシードと会うことが良くないという理由――つまり、ルーラシードの素性を確認した上でラヴェルと会うのが良くないと判断した理由を問われる。
失言だった。ラヴェルは自らが原因で私の旅が終わる事になる事に対する申し訳無さがあり、それを受け入れた私に対して不満がある。どちらにせよ私は辛い立場に立つことになるだろう。
「……黙秘するわ」
私は答えないという一番下手な手をうった。
「答えないということは両方肯定することでもあるんですよ!」
「ラヴェル、アタシに話せない云々ってどういう――」
「アスカちゃんは少し黙ってて!」
「あぅ……」
自分の名前が突然出てきたのだ、アスカが疑問に思うのも無理はないのだが、会話に入ることすら許されなかった。
「……ステラちゃんはどうなの!?」
「えっ!?」
興奮してきているラヴェルから突然話を振られたステラは、驚いたように返事をした。
「えっと……。ワタシは最後まで旅を終えたいけど、レイラが途中で終わるって言うならそれで良いかなぁ。何となく事情はわかるし、今までも途中でやめて次の旅に行くって事も何度かあったから……」
ステラは私よりも使命に忠実だが、それ以上に私の意向に従ってくれる。そして、過去にレイラフォードとルーラシードを出会わせる旅を途中でやめた事は何度もある。どれも出会う事でどちらかが不幸になってしまうケースが多い。
そういった世界はまた百年後くらいにまた訪れてレイラフォードとルーラシードを出会わせれば良いのだ。
「……レイラさんの言う通り私の旅は終わって、私の物語が終わった。そして、レイラさんは過去に途中で旅をやめて次の旅へ行ったことがあるなら……。今度は私も付いていきます……」
「えっ……?」
「次のレイラさんの旅に付いていきます! 未来に進むことに、前に進むことにしたんです! 次の旅は途中で終わらせませんからね!」
「いやいやいや! おかしいでしょその理屈は!!」
何を言い出すんだこの娘は。
次の旅に付いていくということは並行世界を移動するということだ。
確かにラヴェルには事前に並行世界の移動の仕方は伝えてある。それは強い想いを持って死に、精神だけの存在になることだ。
私達は精神だけ生き残った幽霊だ、強い想いを持っていたからこそ肉体が死んでも精神だけ生き残れた。そして、肉体では通ることが出来ない世界という壁を通ることが出来る。
元々ラヴェルは意思の強い娘だけど、今のラヴェルはというと……私の旅に付いていこうとする気持ち――未来へ進もうという気持ちがかなり強くて、精神のみ生き残りそうだ……。
「…………!」
ラヴェルの感情を露わにした顔を初めて見たのだが、それがこんな理由になるとは思わなかった……。
「ちょっとラヴェル、さっきから何を言ってるのよアタシにもわかるように話してよ」
「アスカちゃんは黙ってて!」
「あぅ……はぃ……」
アスカがこれほど圧倒されるとはよっぽどなのだろう。
どんどんとラヴェルの顔が私に近づいてくる。これほど人にプレッシャーを与えられたのはいつぶりかわからない。
「分かった、分かったわよ! でも、せめてジャックさんに一言挨拶だけはさせて頂戴。私の旅について行かせるんだから、報告と許可を取ってからにさせてよぉ!」
元からジャックさんのところまで戻る予定だったけど、違う意味合いの戻り方になってしまった。
こんな形で新しい旅が始まる予感を感じることになるなんてね……。