第十七話「最も良いもの」
また一週間くらいかけて都市に戻ってきた。
ラヴェルとアスカは、資料も見れて現地も見て、この旅に関してかなり満足している様子だった。
「そういえば私とアスカちゃんのやりたいことでこの都市に滞在してますけど、レイラさんの旅の方はもっと北の方なんですか?」
宿に着き、部屋に向かう途中にラヴェルが尋ねてきた。
「うーん、それについてなんだけどちょっと保留中。色々と考えることが出来ちゃってね……」
「そうなんですか? もし何か私に手伝えることがあったらいつでも言ってください! 私の旅はちょっと引っかかる部分もまだありますけど、かなり満足出来た感じですし」
きっと私が投げかけてしまったあの穴やアスカの言動が気になっているのだろう。
私自身もあの穴については疑問が残っているし、アスカにかかっているであろう認識阻害魔法も解決しなければならない謎の一つだ。
「私の推測で不安にさせちゃったけど、あの深い穴も王国兵を近づかせないための堀だったのかもしれないわね。簡単に出られないように深く掘った的な感じで」
「なるほど、確かにそれなら多少納得はできますね。あとは認識阻害魔法が使われてることくらいですね……」
「それについては私が調べるわ、ラヴェルはアスカについていて貰っていいかしら。心配という訳ではないけど、一緒にいて何か糸口が掴めるかもしれないし」
「わかりました」
宿の部屋に入って一息つき、楽しそうに笑う三人を見届けると、私は一人で宿を出た。
「またやってきたのかい? 君も懲りないな」
「まだラヴェルの旅が終わっていないので。全て終わらせないといけませんからね」
私は教会のタイドさんに会いに来た。
人が誰もいないからか、最初から本来のふてぶてしい態度の喋り方で対応をされてしまった。
「ま、こっちの部屋でじっくり話そうじゃないか」
そう言われ、前回案内された木造の小部屋へと再び入ることとなった。
「で? 何か分かったのかい?」
向かい合わせで椅子に座ると、タイドさんはニヤリと笑い、少しだけ身を乗り出した。
「推論の推論ってくらいの無理やりこじつけた内容でなら……。合ってるか以前に破綻している内容かもしれませんけど」
「それでもいいよ。面白そうだ、聞かせてくれよ」
宗教装束のままで足と手を組んで椅子に背を持たれる、こんな姿を信者が見たらどう思うのだろうか。
「まず、タイドさん、あなたには何か後ろめたい事があります。理由は恐らく都市の外にある大穴。そしてそれを隠すために誰かの手を借りて認識阻害魔法が使われていて、更にラヴェルを遠方の地で生活させることにした……。どうでしょう……?」
俯きながら話した私は恐る恐るタイドさんの顔を覗いた。
「うーん、大筋は合ってるよ、当たらずとも遠からずって感じ。で? それよりもラヴェルにとって何が最も良いかまで考えてきたのか?」
意外だった、当てずっぽうで言った内容がそこまで外れていなかった事もだったし、何より正直に当たっているかどうかを教えてくれたことに驚いた。
そして、彼が一番聞きたいであろうラヴェルにとって最も良いこと、それは……。
「ラヴェルにとって最も良いこと、それはあなたと会わずにこのまま帰ることです。ラヴェルは父親であるあなたの足跡を追ってここに辿り着きました。でも、あくまで追っていたのは足跡だけです。あなたに会おうとは思っていない、あなたはもう過去の人だからです。顔も声も覚えていないくらいに……」
自分が過去の人間だと言われるなんて言われる辛さを私は知らない。
だから私は今、人として酷いことを話しているという自覚はある。
私は今タイドさんにとってもラヴェルにとっても悪者になっている。
でも、真実とは残酷で、誰かが悪者になって解き明かさなければならない時が必ずやってくる、そういうものだとも思っている。
「詳しい事情は分かりませんけどタイドさんにはラヴェルに会いたくない理由がある。それもかなり徹底して対策を取るくらいの理由が。つまり、タイドさんもラヴェルを過去に置いてきてる訳です。それが望むものか望まないものかは別として……」
タイドさんは本当にラヴェルに会いたくないのか?
それは私にはわからないし、もしかしたらタイドさん本人でもわからないかもしれない。
自分のことは意外と自分でもわからないことが多い。
だけど、少なくとも明確に会いたくないと表明し、そして自分に言い聞かせているのだけは間違いない。
「だから、二人はお互いに過去の人なんです。自覚があるか認識があるかの違いはあるとは思いますが……」
「レイラさんだっけか」
「はい」
「大体合ってるよ、俺は父親としてはラヴェルに会いたいけど人間としてはラヴェルに会うわけにはいかないという感じだ。色々とあってな」
「色々とは……?」
「色々だよ……」
目を閉じ、過去を振り返るタイドさんとの間にしばらくの沈黙が生まれる……。
「で、色々と言うのは……?」
「あ、そこ更に聞いてきちゃうんだ」
「だ、駄目でしたか!?」
「あー、いや、いいよいいよ。何か俺、君と話すと調子狂っちゃうんだよね」
タイドさんって威厳ある感じだと思っていたけど、どちらかというと格好付けでお茶目なタイプなのかもしれない。
この前も一人で勝手に思い込みで全部話しちゃっていたし。
「元々ハーツグラン――ジャックとは旧知の仲でね、ラヴェルと一緒に三人でヨカヨカ村からこの都市まで出兵してきたんだ」
やっぱりラヴェルはこの都市に昔来ていたんだ……!
その点については私の推測はあながち間違いではなかったのか。
「で、戦闘時は危険だからラヴェルは基本的に俺の側にいさせていたんだ。俺の隣が一番安全だからな」
大層な自信だけど、それを言っても問題ないくらいタイドさんが強いのは事実だっただろう。
何も敵は王国兵だけじゃない。味方にもタイドさんの力を利用したい勢力はいただろうし、ラヴェルという存在は常にタイドさんの隣りにいるのが最も安全だったのは間違いない。
「普段は伝令から聞いた情報を元に、都市の櫓や山を登った高台から衝撃魔法を使っていたんだけどさ、ある時焦ってしまったんだよ。連絡が遅れて都市の近くまで王国兵が近づいてきているのを見て、焦って何も考えずに衝撃魔法を使ってしまった……。そう、何も考えずに二発撃ってしまったんだ……今でも忘れない。何人の王国兵と味方の兵士が死んだんだろうな、百人とかそんな程度ではなかったと思う」
何となくその予感はしていた、でもそれはタイドさんが望んでやったことではなかった。あくまで偶然が……。いや、違う。正当化は良くない……。人の命を奪ったことに違いはないんだ……。
「人の命を奪ってしまったのは自分の責任だ。ただ、軍は記録から消したし、軍法裁判でも無罪になった。俺自身は戦後に禊として己の名を捨てて神にその身を捧げることにした。だが、問題はラヴェルだ」
「どうしてそこでラヴェルが……?」
「俺の横で見ていたんだよ、遠巻きながらも人が何百人と圧死する場面を。俺の責任で人間の脳や臓物や骨が――その場にいた人々全てが大量に押しつぶされる場面を……」
なるほど……どうしてタイドさんがその後に取った対応に繋がって来るのかが理解できた気がする。
「幼いながらラヴェルは心に傷を負った。言葉を喋ることが出来なくなり、何かに怯えるような、それこそ俺に怯えていたのかもしれなかった。だから、ラヴェルには全てを忘れてもらうことにした、俺が父親だったということ以外すべてを。人が死ぬところを見たことも、俺やジャックとともに戦地にいたことも、全て整合性が取れるよう綺麗サッパリ忘れて貰った」
この人はとてつもなく自分勝手で酷いことをしている。
その語る姿は新教徒長の姿をしているが、まるで罪を懺悔する信者側のような暗く重い顔立ちだった。
「人の記憶を――気持ちを操作するなんて許されないことです……」
「言いたいことはわかる、だが親としての俺の気持ちも理解できるだろ……? そして、万が一この都市に来てもわからないように世界中全ての人間からあの時のことがわからないようにした。軍に相談したときも是非やってほしいと言われたよ、アレは我が国にとっての汚点だったからな。でも、決して俺自身の保身のためじゃない、全てはラヴェルのためだ」
その魔法が現在も効き続けているから、アスカのような魔法抵抗力の低い人間はタイドさんの情報を見ても整合性を勝手に自分の中で付けてしまうのか……。
「そうすると、その魔法を使っているのはもしかして……!」
「そう、ハーツグラン――ジャックだな。あいつに関する情報も認識阻害がかかっているはずだ」
だから、役所の職員の人がハーツグランさんの話をしても要領を得なかったのはそういうことだったのか……!
「だが、三年くらい前からラヴェルの魔力が異常に高くなって認識阻害魔法が効かなくなっているという話はジャックから聞いていた。その上でジャックがラヴェルをこっちに寄越すのを許すとはな……。魔法自体は解除していないもののアイツはアイツで思うところがあったんだろう」
「ジャックさんは旅に出るときに『未来を見つけて欲しい』というような事を話していました。もしかしたら、タイドさんという存在がずっと心残りのままで前に進めないのを感じていたのかもしれないです」
「自ら苦労して進んで過去と決別し、未来へ進めってか、アイツらしい考え方だ」
タイドさんは無邪気な顔で声を出して笑った。
「やはりラヴェルとあなたを会わせるというのは止めることにします。それがお二人にとって一番良い選択だと実感しました」
それはすなわち私の使命を諦めることでもある。
でも、私の使命と二人の気持ち、どちらが大切かと考えたら私は二人の気持ちを優先してしまうだろう。
世界を渡る者はその並行世界の者に深く入り込まないのが、使命をこなす上で重要だというのはこういうことなのだろう。
この二人の事情を知った上で会わせようとする者がいるなら、私が全力で阻止するに違いない。
「ラヴェルにはどう説明しましょうか? 彼女は魔法抵抗力が高くなっているのでそれなりに整合性の取れた説明がないと……」
「そのあたりは俺が何とかするよ、この教会に俺の書いた手記が残っていたことにでもしてくれ。矛盾のない設定を作ってあるつもりだから今から書いておくよ」
「わかりました、では後日改めて訪れます」
そう言い席を立とうとすると、先にタイドさんが席を立ち私の顔を見つめてきた。
「レイラさん。タイド=サン=ブラックとしての最後のお願いだ。ラヴェルのことを――あの娘の未来をよろしく頼む」
タイドさんは今までの軽い雰囲気と違い、神妙な面持ちで最敬礼をした。
その様子からタイドさんからラヴェルへの愛情の深さが伺えた。
「はい、任されました。私、人を守るのは得意なんです」