第十五話「真実」
テーブルに置かれたお茶はまだ温かい。
一口だけ口に含むと酸味が強いが、代わりにとても良い匂いが鼻孔を通っていった。
嗜好品としてしか水分を摂らない身体であるため、この世界に来てから一番美味しいと思えるお茶かもしれない。
「さっき誰の差し金だと言ったけど、どうせジャックが君たちに頼んだんだろ? ラヴェルをこっちに寄越すなんてジャック以外にありえないし、勝手に連れていけばジャックが許さないだろう。第一、ラヴェルの存在を知っている人間自体が限られている。その上にタイドとハーツグランの話を出してくるんだ、俺の正体も知っているんだろ?」
とうとう一人称が俺になってしまった。
それにしてもこの人は一体何を言っているのだろうか。
びっくりするくらいに会話が成立していなくて驚いている。会話のキャッチボールではなく会話のホームラン競争をしているような感じだ。
「あの……すいません、全部違っててどうお答えしていいか……」
小さく手を挙げて申し訳無さそうに尋ねてみた。
あまりにも想定していた事態と違うと、勇んで乗り込んできたのに萎縮してしまう。
「えっ……えーっと、あれ? 俺自分の墓穴をめちゃくちゃ深くしてる……?」
「はい……多分……」
新教徒長が頭を抱えたままため息をつく。
何というか、きっとこの人は知っている内容にピッタリハマる内容を私が話してしまったのだろう。こちらからしたら断片的な情報だったのに、向こうからしたら完成された情報を突きつけられているように感じたのだろう。
むしろ、私達が想像以上に知らなくて逆に驚いているのかもしれない……。
しばらく自戒したのか頭を搔きながら改めて話し始めた。
「あー、恥ずかしい……。格好悪ぅ……。えっと、君ステラさんだっけ? さっき探索魔法が使えるって言ってたけど、タイドとハーツグランのことを探索したことってある?」
「えーっと、ラヴェルのお父さんとハーツグランって人だっけ? ラヴェルのお父さんはラヴェルのお父さんのところで――えぇっと、タイドって人はジャックのところで一度調べたことあったけど、全く反応がなかったから死んでるんじゃないかな? ハーツグランって人もラヴェルがもう死んでるって言ってたから一度も調べたことないや、今から調べてみる?」
そういえば、ジャックさんがステラの魔法を見せてくれと言ってきた時に、タイドさんの名前があがっていたような記憶がある。
今思えばテストとして既に亡くなっている人を例として挙げたのだろう。今思えば、知名度のあるタイドさんを調べさせたのは違和感があるけど。
それにハーツグランさんについては、ラヴェルが亡くなっていると話していたから調べても仕方がないと勝手に思っていたけど……。
「じゃあ、君の魔法には欠陥があるな」
「欠陥……?」
「あぁ、タイドは君の魔法の調べ方では出てこないよ。タイドが神にその生涯を捧げることを誓い、新たにタガノという名を授かったら、タイドという名で探索できなくなった。君みたいな魔法対策で念のため名前を変えておいて正解だったよ。まぁこれも自分から喋ってしまっているから意味ないだけどさ……」
「それじゃあ……!」
「そう、俺がタイド=サン=ブラック。まぁ旧名だけどな」
「ラヴェルのお父さん生きてたんだ!」
ルーラシードを追ってきたらまさかタイドさんが出てくるとは……。これは流石に想定外だったわ……。
いや、確かにタイドさんはルーラシード並の魔法力があったとは考えたことがあったけど、まさか存命してそのままルーラシードだったなんて……!
でも、そしたらラヴェルの運命の相手は実父であるタイドさんってことに……。
通常、レイラフォードとルーラシードは触れ合っただけでも恋に落ちてその愛の力で新たな並行世界を作り出す。
でも、愛の力は恋愛だけじゃない、親子の愛だってあるし、同性同士の愛もあれば、異なる種族との愛だってある。
愛は人の数だけ種類がある。
ラヴェルとタイドさんの間には親子としての愛が改めて育まれる事になるのだろう……。
「ちなみにハーツグランも調べても出てこないぞ、アレはジャックだからな」
「えっ! ジャックさんも偽名だったんですか!?」
「ジャックから何も聞いてなかったのか? あいつよくわからんな、なんで何も教えずにこっちにラヴェルを寄越したんだ……?」
「さ、さぁ……?」
としか言いようがない。
私は自分が思っていた以上に物事を知らないまま動き、解明しようとしていたようだ。きっとタイドさんが自爆しなければ何も分からなかっただろう。
「ま、そういうことだ。俺がタイドでジャックがハーツグラン。俺が出せる情報はそこまでだ、悪いけど娘のラヴェルには会うつもりはない。会うつもりがないからハーツグランのやつに預けておいたんだ。以上だ、お引取り願おう」
タイドさんは肘をついて、追い払うように手を払う。
もう新教徒長としての姿は全く残っていない。
この頭の回転が早すぎてドジってしまう、ふてぶてしい人が本当のタイドさんなのだろう。
「そんな! ラヴェルがかわいそうだよ!」
「そうです、彼女は実父であるタイドさんの事を想って旅をしてきたんです」
「お引取り願おう、と言っているだろ」
次の瞬間、私の目の前にあったお茶の入ったカップが突然爆発するように粉々に割れた。
「命は惜しいだろ?」
衝撃魔法を使ったのだろう。タイドさんがこちらを見てほくそ笑んだ。
自らのこめかみの辺りをトントンと叩き、頭を使って考えろと言わんばかりの仕草をされてしまった。
「お言葉ですが、タイドさんが衝撃魔法のように、私は防御魔法を持っています。私は貴方に傷一つつけられませんが、逆にあなたも私に傷一つつけることはできません。あなたが諦めるまで私はいつまでもラヴェルを会わせるためにあなたの元に訪れます」
「仮にそうだとしてどうする。もし会わせに来てみろ、俺の魔法は超広範囲魔法だ。この都市の全てを巻き込んで眼の前で自分の命を断ってやるぞ。残るのは君と残骸だけの誰も得しない結末にしてやるからな」
今度は身を乗り出し、私の顔に近づいて脅しをかけてきた。執念を感じる、この人からは怖いくらいまでに。
「そんな……! そこまでしなくても……!」
どうしてそんなに自分の娘のラヴェルに会いたくないのか……。理由がまったくわからない……。
わからないからどうしてと言ってしまうけど、タイドさんにはタイドさんの気持ちがあって会いたくないのだろう。それを無視して会わせる訳にはいかない……か。
「わかりました……。今日の所は引き下がりますし、ラヴェルにもこのことはまだ話しません……。ですが、私は諦めないですからね……!」
「ワタシもねー!」
ステラもビシッと指をタイドさんに突きつけ、ステラもまた本気で諦めていないというのが伝わってきた。
「俺に向かってくるのはいいが、勇猛と蛮勇は別だぞ。そこまでラヴェルの事を気にすらなら、何がラヴェルにとって最も良いかまで考えてから行動するんだな」
そう言いながら、タイドさんは講堂への扉を開けて部屋を出るよう促した。