第十二話「終点」
アスカが旅に加わって半年近くが経った。
タイドさんの情報は殆ど手に入ることなくスウェプトさんが話していた北方にあるという城塞都市が少しずつ近づいてきた。
北に向かってきたからか、かなり気温も下がって常に暖を取らないと厳しい地域に入ってきている。
アスカのいた村からの距離感としては一つ一つの村までの感覚が歩いて一ヶ月くらいで、稀に村と呼べないほどの集落があるくらいだ。
その間にも『ここにタイドさんが数日滞在した』という程度の情報はあったけど、それ以上の情報は全く無かった。
殆ど情報がない状況で、よく二人は心が折れないなと思っていたのだけど、言い換えれば城塞都市という一つの心の支えだけで生きている状態のようだった。
しかも、水を確保することも考えて、可能な限り砂漠地帯を避けて通ってきたから、単純な直線距離ではなく、かなり迂回をしているし、天候によっては全く動けない日もあった。
私の生まれ育った根幹世界で言うならば、欧州や日本を歩いて縦断しているような距離感でしょうからね。
まぁ、地形的なものなのかそこまで極端に障害となるような地域がなかったのが救いだ。
「…………」
「…………」
「うーん、北の方に来たから流石に寒くなってきたねぇ〜」
「………そうだね……ステラちゃん」
「…………」
「……二人とも、今日はここで少し休みましょ。北に来てからは寒さで体力の消耗も多いからね」
雪こそ降らないが気温はかなり低くなってきている。今歩いているのは平原だが、これが山道だったら更に気温は低くなっていただろう。
私はそう言いながら二人を座らせ、狼革のマントを羽織らせ、私は簡易テントの設営を始めたた。
服装もアスカの村を出てから、更に寒さに強い毛皮の服を調達している。
狩りで手に入れた皮も、私達はなめす技術が無いので、ラヴェルの水魔法で水分を取り出して乾燥させている。これで長期間保存ができるので、村ごとに皮を取引してある程度の資金を稼いでいる。
さっき二人に羽織らせた狼革のマントも、生皮を売って購入したものだ。
「アスカ、火をお願いしてもいいかしら」
「……いいわよ」
木製の筒を渡すと、手慣れた手付きで魔法を使い、圧縮した空気で種火を着けた。
「……はい」
元々アスカは独学で練習していたからだろう、ジャックさんから学んだラヴェルの手ほどきを受けたら、一月もしないうちに重力操作にも慣れてしまった。
ジャックさんもだけど、それ以上にラヴェルの教え方も相当良かったのだろう。
私とステラは能力を上手く使うという考えがなかったから『だろう』としか言いようがない。
「焚き木持ってきたよー!」
明るい表情のステラが近くの林から両手いっぱいに焚き木を抱えて出てきたと思ったら、テキパキと配置をして種火を焚べて着火させた。
「……ありがとう……ステラちゃん」
律儀にお礼を言うラヴェルにも明らかに焦燥しきっている。
食事は内容が偏っているけど問題なく取れているし、水分も問題ない。ただ単純に精神的な問題だろう。
ラヴェルに関してはアスカのいたウリウリ村でスウェプトさんから情報を貰って以降は殆どあって無いような情報だけで、アスカに至っては実家を出てからまともに情報が増えていない状況だ。
多感な時期に只々歩き、時々生きるために狩りをして過ごすだけという半年は、この娘たちには重いに違いない。
せめてもう少し情報があればよかったのだけれど、元々タイドさんも単に北方へ徒歩や馬車移動をしていただけだ。そんなに情報が残っている方がおかしいのかもしれない。
このまま向かった城塞都市になにかあることを期待しよう。
「レイラ……ちょっといい……?」
休んでいたところに珍しくステラが小声で私を呼んできた。いつもは大声で呼びかけてくるから、こういう時は真面目なステラに違いない。
「あのさ……、世界を救う運命の男性――ルーラシードだっけ……。多分座標的に城塞都市にいそうなんだよね……」
「えっ!? あんたそういうことは、もっと早く……」
「いや、だって最近はずっと道に迷わないように適当な城塞都市の人を対象に調べて方角を合わせてたから……。一つ前の村で地図も手に入れたから、たまには調べなきゃなーって思ったんだよ」
「あぁ……そうだったわね……。そう指示したのは私だったわね……。ラヴェル達の事ばかり考えてたわ……ごめんなさい……」
私とステラの本来の目的、それは世界に選ばれた運命の男女である、レイラフォードとルーラシードを出会わせて恋に落ちてもらうこと。
二人が恋に落ちることで生じた愛のエネルギーで、この世界から新たな並行世界が生まれることを使命としているからだ。
レイラフォードであるラヴェルをルーラシードのところまで連れてくるのが、私とステラの目的だったのだけど……。
もう近くまで迫っている城塞都市にルーラシードがいるのだとしたら、私とステラの目的は達成出来るでしょうけど……。
結局、城塞都市に着いたのは更に二週間後の夕方近くだった。
「やっと着きましたね……」
ラヴェルが疲れ切った表情で引きつったような笑みを浮かべる。
「こんなに収穫のない旅だなんて思ってなかったわよ……」
アスカも相当な心労を抱えたまま都市の城門に向かってふらふらと足を進めている。
大きな城門の脇にある入口に配置された関所の門兵に、通行料を支払って中へ入ろうとする。
やたらと疲れているラヴェルとアスカを心配した門兵の方に、ヨカヨカ村から歩いてきたと説明をしたら引くくらい驚かれた。
まぁ、そうでしょうね、もう一年近く歩いているんですもの。
城塞都市と言ってもそこまで広いものでも大したものでもない。
サイズ感としては半径二キロメートル程度で、石造りの城壁も高さ三メートルあるかないかというくらいで、周囲にある空堀の方が深さがあるという感じだ。城塞都市というよりは平城といった方がしっくりくる。
王国兵は反撃はするけど攻撃はしてこなかったから、この程度の防御力でも問題なかったのだろう。
それよりも四方にある高さ十メートル以上のレンガ造りの櫓が目を引いた。かなり巨大で存在感が凄く、櫓というよりはもはや巨大な柱だ。偵察用のものだろうとは思うが、タイドさんは見晴らしの良いところから魔法を使っていたのだから、あの櫓から使っていたのだろう。
街並みを見ながら色々と思考していたけど、そんなことよりもまずは宿屋を探して二人を休ませなければ。
「日が落ちてきたから、宿を探すのも一苦労ね……」
この世界は暗くなったら看板にネオンサインが光るような便利な時代ではない。
日が落ちたらあたりは暗くなり、建物の中に薄っすらと明かりが灯る程度だ。
「レイラさん、多分こっちです……」
疲れた足取りのラヴェルが指さした先には宿屋の看板があった、暗がりなのによく見つけたものだ。
宿屋に入って宿泊手続きを取り、温かいスープを飲んでベッドで横になると、二人共疲れが限界だったのかあっという間に眠ってしまった。
「ステラ、ちょっと外までいいかしら……」
「うーん……。まぁレイラはそういうところあるよねぇ……」
「まだ何も言ってないでしょ」
既に日が沈んで暗くなった頃、宿屋で眠っている二人を置き、ステラを人通りの少ない路地裏に連れ出して私は思いの丈を話し始めた。
「ステラ、今ルーラシードの位置はどのあたり?」
「えーっと、今が西端のあたりで、ルーラシードは東端三キロメートルくらいの位置かな?」
「つまり、ラヴェルをそこに連れていけば私達の旅は終わりってことね……」
そう、私達の旅は終わる……。私とステラのはね……。
一年近くで旅が終わるのだからかなり短い方だと言える。
航海や航空技術のない世界において、地続きの先に目的地があるというのは非常に楽な旅だった。
「レイラってさぁ、ホントそういうところ甘いよねぇ。ワタシだったら何があっても絶対にすぐ終わらせちゃうのに」
建物の壁にもたれながら、ステラが頭の後ろで手を組んでずっとニヤニヤして私のことを見てくる。
考えていることがバレていることに腹が立つ。特にステラにというところが。
「なによ、まだ何も言ってないでしょ」
「さっきもそれ言ったでしょ、考えていることがバレバレだよ~」
「うるさいわね」
「ラヴェルとアスカの旅、続けたいんでしょ?」
ステラが少し優しい顔つきで呟く。
「…………そうよ。ラヴェルはともかく、アスカはまだ何も見つけてない。だから少しでも……」
そう、ラヴェルもだけど特にアスカはまだこの旅で何も得られていないんだ、せめて何かを得てからじゃないと……。
可哀想だなんて上から目線の話ではない、単に私達だけ先に終わって帰るのが嫌なんだ。
これがもし嫌々やる仕事だったら先に帰ってるかもしれないけど、これは仕事ではない。自分がやりたいと思って進めている使命であり夢なのだから。
夢を叶える手伝いに上も下もない、彼女たちの夢が叶うのは私の夢が叶うようなものなんだから。
「うーん、まぁレイラがそういう考えなら従うけどさぁ。ワタシ達の使命も大事にしてよね。それじゃあ、ワタシは常にルーラシードの居場所をチェックしておくよ。まだ恋に落ちてもらったら困るから、ラヴェルと出会わないようしておいた方がいいよね」
ステラはなんだかんだ言って使命を第一に考えている。それは決してラヴェルたちを蔑ろにしているわけではなく、それぞれ自分のやりたいことが一番優先すべきものだと考えているだけだ。
そういう点で言えばステラは私よりもよっぽど使命に忠実だ。
「ありがとう。きっとラヴェルは意志の強い娘だから、ルーラシードと出会って恋に落ちてもお父さんに関することを探せるかもしれないけど……。何があるかわからないからね……」
レイラフォードとルーラシードが出会ったら、それこそ盲目になって他のことしか考えられなくなるくらい相手のことを好きになってしまう。
もちろん、わかりやすい表現として『恋』と言っているが正しくは『愛情』だ。年齢が近ければ恋かもしれないけど、祖父と孫くらい離れていれば孫を可愛がる愛情だろうし、親子ほどの年齢なら親子愛だ。
何にせよ、世界に選ばれた運命のカップルとはとてつもなく強力なものなのだ。
結局、私はいつでも達成できる自分の使命よりも、まずは二人の旅の続きを優先することにした。
手始めにタイドさんがこの都市に来た以降の行方について確認を取るために、翌朝すぐにこの都市にある役所を訪れることにした。
ラヴェルとアスカがまだ疲れて寝ているうちにできる限りのことを調べておきたかったからだ。
役所の歴史担当の部署を訪ねると、当時の戦績について閲覧可能な範囲で調べることができた。
その中には当然のようにタイドさんとハーツグランさんが活躍していたという記述がいくつもあった。やはり二人はこの都市を拠点として出兵していたようだった。
少なくとも、後でこの資料を見てもらって多少は元気を出してもらおう。
「すみません、こちらの資料にある戦場だった場所ってここからどれくらい先ですか?」
担当の職員の方に資料を見ながら尋ねてみた。
「そうですね……。櫓の上から見えるところもあれば、馬車で一週間以上かかるところもあるので、一概にどこというわけではないですね……」
「では、タイドさんが一番大きく魔法を使われた痕跡がある場所ってどこになりますか?」
「そうですね……、それでしたら都市から少し離れた所でしょうか」
なるほど……。ただ記録に残っているここの内容は……。
私は資料の内容を見ながら、どうしても気になってしまう部分があった……。
正午過ぎ、多少元気の出たラヴェルとアスカを連れて役所の資料を見に来た。
「す、すごい、父の記録がこんなにも……!」
「ホント! タイド様の輝かしい戦績が! どうしてこれが世に出回らないのかしら!!」
ページを一枚一枚めくるごとに、目を輝かせるように資料に食い入る二人。
確かに、二人はこういった資料が見たくて旅を始めたのだから無理もない。
「でも、本当にどうしてこれだけ情報があるのに出回らなくて、大魔道士だっていう情報だけが伝わっているんでしょうか?」
「大魔道士は大魔道士だからじゃないの? タイド様のご活躍は各地で知れ渡って……? あれ? この道中もアタシのお父さん以外に情報ってなかったわよね……?」
「……確かにハーツグランさんのお話も滞在されたという話だけで、道中で聞いたおばあさんの話だけでしたね……」
「この都市には溢れんばかりの情報があるのにどうして……。でも、まぁ、そういうものかしらね」
その疑問は私が思ったものと同じものだ……。
そして、その内容にも更に疑問に思うものがあるのだけれど……。
今はそれを自分の目で確認したいし、そしてこの娘達にもそれを見て判断してもらいたい。
「二人とも、今朝のうちに櫓の上へ登れる許可を取っておいたから、見てみない? 大魔道士の足跡ってやつ」
私は微笑みながら二人の顔を見ると、二人とも目を輝かせ無邪気な子供のように返事をしてきた。