第十話「アスカの旅立ち」
一週間ほどして、本当にアスカと共に旅をすることとなった。
ラヴェルは身体的にも疲労していたうえに、精神的にも大きなダメージを負ってしまい、回復するのに時間がかかってしまった。主に精神的な方が。
また、今後の旅の準備として暖かい服装を仕入れようとしたら、スウェプトさんに全て買い揃えてもらってしまった。お断りしたのだがお詫びと言われて断りきれずに受け取ることにした。
以前着ていた服装に柄は似ているけど分厚さが明らかに違い、更に重ね着をしているのでかなり暖かさが違っている。
「レイラさん、何度も申し上げますが本当によろしいのでしょうか……。ご迷惑であれば本当に無理やりにでも止めますので……」
宿の出口に立ち、最後の最後までスウェプトさんはアスカが同行することに反対――というか、私達に迷惑をかけたくないという一心で止めようとしていた。
もちろん娘が心配だというのもあるんだろうけど。
「えーっと……。アスカさんの意志はテコでも動かないでしょうし、本当に危険だと思ったときや何かあったときは必ず連絡いたしますので……。何も連絡がなければむしろ問題なくやっていると思ってください……」
スウェプトさんには事前に私達の魔法を見てもらい、旅の安全性については確認してもらった。
それに加えて、タイドさんの軌跡を辿るという目的は間違いないが、それ以外にも目的がある旨はスウェプトさんとアスカの両名に伝えてある。
アスカには無視や反対されるかと思ったけど、素直に受け入れた辺り、ただのワガママではなく落とし所を弁えた賢さを持っているのだとわかり、ある意味で怖くなった。
そういえば、ラヴェルがタイドさんの娘であるという証拠は提示しようがなかったのだが、これに関してはアスカも理解はしているようだった。
そんなことよりも、タイドさんの事を皆に尊敬させようとする事や足跡を辿りって様々なことを知りたいという気持ちの方が強いようだ。
まぁ、私達もジャックさんから聞いているだけだし、この世界の技術力ではタイドさんの娘であるという具体的な証明はしようがないといえばそうなのだが……。
「お父さん、アタシもタイド様みたいに『衝撃魔法』が使えるんだから、何も問題ないわよ。何なら一人旅でも問題ないわ!」
どこからその自信が出てくるのかわからないが、宿の真ん中で自信満々に一人で仁王立ちをしている。
自由気ままなステラで頭を悩まされ、ラヴェルで癒やされていたところに、ひっついて離れないヤバイやつが増えてしまって、肉体がないのに胃や頭が痛い気がしてくる……。
「ところで、なんやかんや色々とあってスッカリ忘れていたんですが、元々はこちらの村にタイドさんとハーツグランさんが来たという噂を聞いて訪れたのですが、いらっしゃったことは何かご存知ではないですか?」
宿の名前で一度吹っ飛び、アスカという存在で数日間かき乱されて、ようやくこの村に来た理由に戻ってくることができた。
危うく聞かずに村を出てしまうところであった。次はどこに向かうつもりだったのだ、私よ。
「それなら知ってるわ! タイド様とハーツグラン様はこの村に来て一週間程度滞在して、休憩と食料を購入して出立されたそうよ!」
「――と、娘の言うとおりです……」
スウェプトさんが話し出す前に、アスカの偉そうな顔を見ながらご口達を賜った。
苦労していたんだなと改めて実感する。
まぁ……。これから苦労するのは私の方なんだけどね……。
「ちなみに向かわれたのは北にあった王国方面だと思うんだけど、この村の次はどこに向かったのかはわかるの?」
「うっ……。それはわからないわ……! 多分北よ!」
「……まぁ、適当に北上していくしか無さそうね」
「何よ! アタシだって知りたいから一緒に行くんでしょ!」
そうかもしれないけどなんでそんなに態度が大きいのか……。
ワガママ……ともまた違うのだろうか、とにかく我が強くて自分の中に芯があって自分の意志を曲げないタイプ。……あれ? それをワガママというのか?
「ここから次にどこの村に立ち寄ったかは分かりませんが、ここからかなり進むと北に先日お話した城塞都市があります。当時私達の駐屯基地でしたし、長期間生活していたので何かしら情報がある可能性は高いかと」
「スウェプトさんがその都市を離れた時にはまだタイドさんは都市にいらっしゃったんですか?」
「タイド氏はその都市に長期間いらっしゃいましたが、私達盾役はかなり異動が多かったのでその後姿を見ることはありませんでした」
「タイドさんが亡くなられたという情報は?」
「戦後に聞いた情報で衝撃を受けました……。都市以降の状況についてはわからないためどちらで亡くなったのかは分かりませんが……」
アスカに代わってスウェプトさんが行く先の方針を示してくれた。これくらい理知的な人と一緒に旅がしたい。
しかし、ふと冷静になると、何故私はスウェプトさんが止めているのにアスカを同行させること前提で話を進めてしまっているのか……?
威圧感に負けてしまったわけではないけど、実際のところ、彼女の探究心はラヴェルと似たようなものだから、アスカを否定することはラヴェルを否定することにもなってしまうと、無意識のうちに私が思っているのかもしれない。
決して威圧感に屈しているわけではない。
「レイラさん、アスカちゃんを旅に連れて行くって話を受け入れてくれてありがとうございます」
隣にいたラヴェルが更に近づいてきて、耳元に小声で話しかけてきた。
「私、嬉しいんです。スウェプトさんもですけど、あんなに父を尊敬して、慕ってくれている人がいたって事が」
確かに自分の父親を、そのうえ自分が尊敬している相手を好きだと言ってくれているという人がいると嬉しくなるという気持ちは理解できる。
「ちょっとワガママな感じかもしれないですけど、アスカちゃんと仲良くやっていけたらなって思うんです……!」
ラヴェルが満面の笑みを浮かべる。
上手くやっていけるか不安な部分が大きかったけど、少なくともいくつかは杞憂で済んだようだ。
「そうね、色々と気がかりな部分もあるけど、ラヴェルがそう言ってくれるなら不安も無くなってきたわ」
旅の仲間は多くて困ることは――いや、ある、何ならこのメンバーなら沢山ある、けど楽しくなるだろう。きっと。
「そうだ、ステラ」
「なぁに? レイラぁ」
「ラヴェルもちょっと聞いて欲しいんだけど、アスカは魔法使いとはいえ世界の理に殆ど触れていないわ。私とステラが精神だけの存在であることや、並行世界の存在は絶対に口にしてはダメよ」
「そうですね……。話したら自分が死んじゃうんでしたっけ……。気をつけなきゃいけないですね」
「ワタシは口がカチコチだから安心してねぇ~」
「うーん、まぁいいわ。あと、いい機会だからラヴェルに謝罪も兼ねて言うわ、まだあなたには話していない事が沢山あるの、都合の良いことも悪いことも含めて……。なるべく不意に口に出さないようにというのが第一だけど、知ってほしくないこともあるの……」
「それは気にしないでください。本当のことかどうかは確認のしようがないですけど、普通の魔法使いでは届かない領域の情報を少しでも知れただけで十分すぎるくらい嬉しいんです。これ以上望むことはないです」
ラヴェルが笑顔で答える。あまりの物わかりの良さにホッとしてしまう。
一方で、まだ隠している様々なことがあるから、その笑顔に少なからず罪悪感を覚えてしまう。
そうね、例えばこの世界では『何をしても最初から結果が決まっている』こととかね……。
どれだけテスト勉強をしても、どれだけ勉強をサボっても必ず決まった点数しか取ることが出来ない。
それを良しとするか否か……。私は良くないと思っているから並行世界を増やそうとしている。
そのためにもラヴェルがルーラシードと出会わなければならないのだけれど……。
そして、その閉じてしまった世界の中で結果を変えることが出来るのは、別の世界から来た異物である私やステラのみ。例えばアスカは私達が宿に泊まらなかったら、北に行くという結果は存在しなかったかもしれない。
「そうだ、アスカが一緒にいくなら、ワタシ達もご飯食べなきゃいけないのかな?」
「あぁそう言えばそうね……。アスカには私とステラがもう死んでるからご飯を食べなくても良いなんて伝えるわけにはいかないからね。あくまで私とステラも人間らしく振る舞わなきゃいけないわね。そっか……今後は食事や睡眠なんかもちゃんとしなくちゃいけないのか、面倒ね……」
そうなると、例え少なめに食事を摂ったとしても使う金銭は多くなってしまうのか……。
実質今までの三倍は必要になると考えると……。また私以外のみんなにお金を稼いでもらうことになるのか……。
私はほら……役立たずだから……。
「ちょっと! アンタたち、なにヒソヒソ話してるのよ!」
三人で集まって話をしていると、アスカがズカズカと近寄ってきた。
冗談抜きで聞かれると困る話をしているので、全員が慌てて口をつむいだ。
「――えぇっと、三人で旅していたときと色々と変わることがあるから、事前に擦り合わせしていたのよ。水はラヴェルが調達も運搬してくれるから問題ないにしても、一番は食料の問題があって、アスカが狩りで上手く立ち回れるかの問題があるし」
食料は狩ればいいのでいくらでもなんとかなるし、水の運搬はラヴェルがいればいくらでも運ぶことが出来る。本当のところの問題は衛生面や金銭なんだけど……。
「アタシがいれば百人力よ。何でも任してちょうだい!」
今まで割りと面倒だったの火起こしなんだけど、これも今までは空気圧を用いたファイヤーピストンで火起こしをしていたけれど、この時代の素材と私の技術力ではなかなか難しいので、アスカが衝撃魔法――つまり重力操作の能力を使えるのであれば、空気圧を上手く使って今までよりも楽に火起こしが出来るかもしれない。
「火起こし? そんなのやったことないわよ」
まるで当然のように言われてしまった。
空気圧を用いて密閉した筒に圧力を加えて高温化させて可燃物に火が点くというものだ。しかし、私の工作能力では密閉空間を作るのがなかなか難しいし、つくってもすぐに壊れてしまう。
重力を自由に操る事が出来るのであれば、筒の内部だけに圧力をかけるだけで良いのでかなり楽に火起こしが出来ると、原理を説明してみるのだが――
「なによ! それが出来ないと駄目だっていうの!? 私の能力に不満があるわけ!? 見てなさないよ!」
アスカが右手を天に掲げ、室内にあるテーブルに向かって振り下ろした。
「いくわよぉ! 『最終衝撃』!!」
ドゥンという衝撃音とともに、テーブルがメキメキと音を立てて押しつぶされ、天板部分が少し残る程度に真っ平らになってしまった。
「アスカっ!!」
流石に店の備品を壊されてスウェプトさんも怒って説教を始めた。
本気で怒った父親に対しては、流石のアスカも背中を丸めて素直に説教を聞いて大人しくなっていた。
実際、彼女の能力は見た限り、話に聞くタイドさんの能力の劣化版と言ったところだろうか。
威力も範囲も弱いし狭い。しかし、それでも見えない巨大なハンマーで攻撃してくると考えると、相手からしたら相当な驚異だろう。
どの程度正確に使えるのかは今後検証するとして、能力だけなら十分すぎるくらい有能な魔法使いだと思う。
……あとは性格の問題かな?
「ほら! 早く行くわよ!! ここにいたらお父さんに怒られちゃうんだから!」
「こらっ! 待ちなさいアスカ!」
説教の半ばで突然扉に向かって走り出したアスカ。扉の近くにいた私達を無視して扉を開けて外へ飛び出した。
「いいか! 絶対に皆さんに迷惑をかけるんじゃないぞ!」
走って宿屋を出て一人で走って行くアスカを追いかけ、私達も走って村を後にする。
この旅もまだ長いだろう、明るく楽しい仲間が加わったとポジティブに捉えて先に進んでいこう。