第九話「英雄の娘」
立ち話も悪いのでスウェプトさんにも椅子に座って貰い、じっくりとタイドさんに話をしてもらうこととした。
私達は食い入るようにスウェプトさんの話を聞き入っていた。
「タイド氏とお会いしたのは十五年前の非魔法王国との戦争時のことでした。当時、北部にある城塞都市へ出兵していた私が王国兵に命を狙われていた際に、救っていただいたのがタイド氏だったのです」
「なるほど、スウェプトさんも当時出兵されていたんですね」
「おじさんも何か魔法使えるのー?」
ステラが純朴なのは良いのだが、もう少し口の聞き方を学ばなければならない。
出会った時はもっとしっかりしていた気がするのだけど……。いや、今は私が教育しなければならないのか……。
そんな何とも純朴な答えにスウェプトさんは少しだけ苦笑いをしながら口を開いた。
「私は王国に洗脳されなかったものの、自身は魔法を使えなかったため、戦場でも足手まといでした。如何せん原則として王国兵を殺してはならなかったため、戦場では私のような魔法が使えない者が盾役として王国兵を足止めして、その間に魔法で動きを封じてから、盾役の私達が王国兵を捕縛するという戦法を取っていました」
どうやって王国兵と戦っていたのかと思っていたけど、スウェプトさんみたいに魔法に対する抵抗力が高くても魔法が使えない人たちが盾役を担っていたのか。
何とも酷い話ではあるけど、悲しいかなそれが一番効率的な話ではある。
恐らく魔法使いの中には力を増幅させる魔法使いもいただろうし、痛みを減らしたり、自然治癒能力を増幅させる者だっていただろう。
そういった者がやられてしまったら戦力として大きな損失となってしまう。
かと言って、誰かが盾役をしないと『魔女』に洗脳された人たちは恐れを知らないバーサーカーのように応戦してくるでしょうからね。
盾役が崩れてしまったらいくら大魔道士と言ってもただの人。命を落としてしまいかねない。
盾がいなくて成立するのは味方側が圧倒的に有利な掃討戦くらいなものだ。
「やはり魔法使いは戦場での花形でした。その中でも私のいた部隊ではタイド氏の使う魔法『重衝撃』は、使うだけで士気が向上するほどでした」
「も、もしかして! その重衝撃っていう魔法は、見えない衝撃が上空から落ちてくるものですか!?」
ラヴェルの言う見えない衝撃。ジャックさんから聞いたときにも思ったけど要は重力を操作しているんでしょうけど、この並行世界ではまだ重力という概念が深く認識されていないみたいね。
恐らく重力という概念は発見されているだろうけど、それが庶民には広く浸透していないのでしょうね。
「ラヴェルさんの仰るとおり、見えない衝撃が与えられる魔法です。タイド氏自身は魔法に名前を付けていなかったようでして、重衝撃という名前は周囲にいた者たちがいつの間にか呼んでいた名前です」
「……重衝撃!」
「ラヴェルのお父さんの魔法かっこいい名前だねー!! めちゃくちゃ強そう!!」
不思議とタイドさんとその魔法にしっくりくる名前だった。まるで連れ添った相棒のような――いや、兄弟といった感じだろうか。
やはり、実際に現地で魔法を見た人たちが名付けただけのことはある。
「タイド氏の魔法は衝撃を与える対象も決めることが出来るようで、王国兵にのみ身動きの取れない程度の弱い部分衝撃を加え続け、その間に衝撃を受けていない我々が王国兵を捕縛していました」
ジャックさんから聞いた話だとタイドさんの魔法は最大で半径500mが有効範囲だった。その範囲の中で更に攻撃対象の選択や威力の調整もできるとなると、王国兵だけ身動きが取れない衝撃を与えるのはもちろんだけど、スウェプトさんを始めとした自軍の兵には衝撃を与えないようにしなければならない。本当にとんでもない能力だし、本人の有能さも相当なものだ……。
そして、それだけの能力を使うという事は相当な集中力がいるでしょうね。
その集中するまでの間を担っていたのがスウェプトさん達のような盾役。なるほど、戦場に不要な人物は誰もいないというのがよくわかる。
それにしても、私も今まで多くの並行世界を旅して来たけれども、タイドさんの魔法の破壊力がどれ程のものかわからない部分はあるものの、物理的に大量殺戮、大量破壊が可能な能力としてはトップクラスの性能だと思う。
ちなみに精神的に大量殺戮が可能な能力でトップクラスの性能を持つのは、『魔女』であるアイツが使う洗脳能力だ。
人を洗脳して自らの命を絶たせる事ができる本当に最低最悪の能力だ。
「ある時、私はドジを踏んでしまいました。捕縛した王国兵の拘束が甘く、捕縛を解かれた王国兵に命を狙われてしまいました。基本的にタイド氏は城塞都市にある見晴らしの良い櫓から魔法を広範囲で使うのですが、その時、タイド氏が私のことに気がついて狭小範囲での重衝撃を使い、王国兵に衝撃を与えて助けていただいたのです。恐らく、タイド氏は私の名前や助けたことすら覚えてらっしゃらないかもしれないのですが、私からしたら命を救ってくれた恩人であり、英雄でした」
「父さんが魔法で人の命を救って……」
月並みの感想だけど、いい話ね。こういう話を聞いていると心が温まってくるわ。
本来なら人を殺せるような強力な魔法だけど、相手を殺さず人を守るために使う。私ですらその行為に感動しているんだから、ラヴェルはより一層心に来るものがあるでしょうね。
「お父さん!!」
急に女の子の甲高く大きな声が宿の中に響き渡った。
「ア、アスカ! お客様の前で急に大きな声を出すんじゃない!」
スウェプトさんが横を向き、その視線の先を追うとそこには先程食器を片付けていた娘と思しき、暗緑色のミディアムヘアの女の子が腕を組んで仁王立ちしていた。
見た感じ、ステラとそこまで変わらない背丈で、十五歳くらいだろうか。鋭さはあるがまだ幼さが残り、スウェプトさんの娘さんだとわかる顔つきだった。
「お父さん、まーたタイド様の話してたんでしょ!」
隣室にあるのであろう台所まで私達の声が聞こえていたのだろう、父親であるスウェプトさんに向かって大きな声を出して歩きながら詰め寄ってきた。なるほど、初めての印象が鋭い顔つきだと思ったのは間違いではなかった。
「一人で熱く語ってお客さん達がタイド様に悪い印象持つかもしれないからやめて欲しいって、いつも言ってるでしょ!」
「ち、違うんだよ! こちらのお客様はタイドさんのお知り合いの方で……」
「え!? タイド様の!?」
父親に対する態度から一転してこちらに対して目を輝かせ、尊敬の眼差しを向けてくるアスカと呼ばれた少女。
まるでケーキ屋のショーケースを覗く小さい女の子のような、そんな希望に満ちた眼差しだった。しかし、その反応からするとどうやら先程までの会話はまるっとすべて聞こえていたわけでは無いようだ。
そして、今の会話から、スウェプトさんは娘さんに頭が上がらないのだなということもよく伝わってきた……。
「えーっと。ゴホン。この子は私の娘のアスカ=ビレンと申します。幼いころから私がタイド氏のことを熱く語っていたら、私以上にタイド氏を尊敬してしまいまして……。我が子ながらタイド氏のご息女の前で大変お恥ずかしい限りです……」
さっきまで雄大にタイドさんの話を語っていたスウェプトさんが、一気に情けない存在に成り果ててしまった。
娘を甘やかしているわけではないけど、明らかに娘側の我がとても強くて熱量も違う。
言うなれば、スウェプトさんがタイドさんオタクだったとしたら、娘のアスカはタイドさんを神格化しているくらいの差を感じた。
「え!? タイド様の娘!? えっ!? どなたが!? どうしよう、えっ?」
アスカがにやけ顔で両手を頬に当てながら困惑して、感情が限界突破している様子が伺えた。
自分が人生で最も憧れている人――の親族が急に目の前に現れたのだ、動揺するのも無理もない。
「えーっと……。私が娘のラヴェルです……」
目の前に感情のモンスターが現れて恐れているのか、ラヴェルが小声で小さく手を挙げた。
まるでライオンを前にして、生肉を纏って放り出されたような怯えた表情をしている。
「あ、あなたがタイド様の!!」
「えっと……。はい……。ラ、ラヴェル=エミューズ=モーリスです……」
「え……? モーリス?」
限界突破していたアスカの顔が少し強張った。
同時に怯えていたラヴェルの表情も更に怯えたものになっている。
人の感情がこれほど豊かに変わるのかというのを目の前で体験させてもらっている。
「え? え? え? ブラックじゃなくて? えっ? なんでモーリス?」
「あの……私養子に出されて今はモーリス姓を名乗ってて……」
「え? なんでブラックじゃないの?」
「え、あ、あれ……? だから、養子になって……。魔法の師匠でもある養父の父様を尊敬してたから……」
「は? タイド様の娘なのに?」
タイドさんの娘であり、憧れの存在であったはずがなぜこうなってしまっているのか、いつの間にかアスカの態度が急変している事を、この場にいる全員が肌で感じている。
普段は空気を読まず調子の良いステラですら雰囲気を察しているほどだ。
「え、えっとね! ラヴェルの魔法はすごいんだよ! ラヴェルのお父さんの重衝撃もすごいけど、ラヴェルは水をギューンって動かして――」
「は? 水!? なんで水なの?」
あのステラがフォローに入るなんて初めて見たかもしれない。
しかし、ステラの方を見たと思ったら大声で遮られて、そのままステラも泣きそうになって黙ってしまった。
それくらい今この空間はヤバいのだと改めて実感してしまった。
「えっと……養父が水の魔法使いで……。それで師匠でもあって……魔法使いとして尊敬してて……」
「は? 大魔道士のタイド様が父親なのになんで?」
「えっと……えっと……」
答えに詰まったラヴェルがもう半泣き状態になってる。と言っているうちに泣いてしまった。
私も何かフォローしないと……。
「その、ラヴェルにも色々と事情があって――」
「え? タイド様よりも大切な事情ってなに? そんなものないでしょ?」
「えーっと……その……はい……」
負けました。
横目で睨んで見てくるステラからの視線が痛い。
ステラからそんな目線をされる日が来るとは思わなかった。
「ほ、ほらアスカ。お客様達は旅をしてて、ここにはたまたま立ち寄っただけなんだから、これ以上旅の邪魔になるようなことは控えなさい」
「……旅?」
「え、えぇ。私達はタイドさんの足跡を辿って北に向かって旅を――」
自分でここまで口走って失言をしてしまったと反省をした。
こういうテンパった状態の私は、いつも間違った選択やうっかりした発言をしている気がする。
「……付いてく」
想像できた言葉が出てきてしまった……。
「アタシもその旅に付いてく! こいつらタイド様のこと何にもわかってないし、アタシだってタイド様のこともっと詳しく知りたいのに!!」
「そんな無茶なことを! それこそお客様に迷惑なことだ、無理を言うんじゃない!」
「嫌っ! 行くったら行くの!」
アスカが私の方へ顔を向け、猛獣のように睨んでくる。
こういうときの目は大体碌でもない事しかない。
「あなたがこの中で一番偉い人?」
「偉いわけではないけど、まとめ役的な感じ……かな?」
ステラに目線を向けると、わかりやすく目を背けられてしまった。
ラヴェルを見るとひたすら下を向いてシクシクと泣いていた。
「アタシも一緒に行きたいんだけど、いいでしょ?」
「いや、急にそんなことを言われても流石に――」
「いいでしょ!?」
「大人数になると色々と支障が――」
「いいでしょ!!」
「……はい」
負けました。
ラヴェルは机にうつ伏して泣き、ステラは私と目を合わせずそっぽを向き、スウェプトさんは頭を抱えている。
えーっと。旅の仲間が一人増えました。