呪うと言われて2年、幽霊になった元彼はいつになったら私を呪うのか
シュールなコメディのつもりですが、ホラー要素もあるのでジャンルはホラーにしました。私が苦手なシチュエーションを書いたので全然怖くないとは言いませんが、ホラーが好きなかたは怖くないと思います。
「お前を……呪って……や…る…うぅぅ……」
そう言い遺された時は恐怖しかなかった。
私はどんなことをされるのかわからない恐怖に耐えられず、それでも心構えだけはしておこうとホラー映画を何本か観ることにした。
呪われたら死ぬこともあるらしい。
あと呪いとは関係なく、幽霊というものはとりあえず生きた人間を怖がらせたいのだということも分かった。
入浴中や布団をめくった時など、ちょっと油断しているところを狙うらしい。
――怖がったら幽霊の思う壺。死ぬのは怖いけど絶対に怖がってやるもんか。
私はそう決意した。
♢♢
それから2年が経った。
私を呪うと言った男はもちろん幽霊になった。当初は連日のように現れたけれど、ここ最近は週末の夜だけ現れて私を驚かせようと試みるも失敗してはどこかに消えていく。
今日は金曜の夜。そろそろ来るかなぁと、飲みかけのコーヒーをシンクに置き、観ていたテレビを消せば、電源を切った画面にうつる自分の背後に白い人影。来てたんだ、と思った途端にフッと消えた。次はきっと鏡あたりで姿を見せるだろう。
私を呪うと言って死んだ男は20歳から2年間同棲していた元彼だ。とっくに別れてお互いに別の人生を歩んでいたはずが、私の26歳の誕生日に花束を抱えて現れた。
日曜の昼下がり、公園のベンチの前でバラの花束を抱えた元彼が現れたらどうする?
もちろん、偶然。
困惑して立ち尽くしていた私に花束を押しつけ、さらに抱きしめようとしてきたから避けた。普通避ける。そうしたら男は勢い余って大転倒し、縁石に頭をぶつけ、当たりどころが悪かったばかりに不幸にも……
呪うと言われたのはその時だ。
息も絶え絶えに言われた。
その時は罪悪感もあって恐怖を感じたが、数年経った今は罪の意識は怒りにかわっている。男がひたすら私を怖がらせようとしてくるからだ。
はじめの頃は、シャワーのお湯が血の色になったり(匂いがないので血の色というだけで血液ではないと思う。掃除する時になかなか着色が消えないので本当に迷惑な現象だった)、急に電気が消えたり物が動いたりというふうに、ポルターガイスト現象が頻繁に起きるので悲鳴をあげそうになったことは何度かあった。けれど耐えた。プライドが勝った。
そのうち、あちらの力が年月とともに衰えたのか、いるのかいないのかわからないものになった。私が言うのもアレだけれど呪い殺す力が残っているのか心配になるくらいに。
最近現れるのはほとんどが入浴中。鏡にうつっているようだが湯気で曇ってよくわからない。本当は覗き目的なのではと常々疑っているが口にしたことはない。私だって馬鹿ではない。寿命を縮めるようなことをわざわざ言う必要はない。
そんなことをソファに寝そべりながら思い出していたら、「おい」と男の声で呼ばれた。“声”を聞くのは初めてで内心かなり焦ったけれど、動じないフリは慣れていたので、ゆっくりとした動作で起き上がることができた。
「話せるようになったの?」
声がした方に顔を向けたけれど、姿は見えない。
「残念だけど今日だけなんだ。火事場の馬鹿力的なやつで出来た」
声も話し方も生前と変わらないものだった。地を這う声みたいなものでなくてよかった。
「それで? 私に何か言いたいことがあるの?」
「ずっと聞きたかったんだ。君はなんで僕を捨てたのかを」
――えっ……? 人にあれだけ迷惑をかけておいてずっと聞きたかったことがそれ!?
「捨てた理由なんて……そんなの急に聞かれても思い出せないよ」
「お、思い出せないって……まさか忘れたのか!? 思い出せないってなんだよ! おれはおまえのために――」
『おれはお前のためを思って言ってるんだ』
「あ、そうだ。それよ。おまえのためにとか、してやったとか、そういうところがイヤで別れたんだった」
「え……? イヤだったの? 君はあの時、好きだけど別れるって……」
「……はは」
――確かにその場しのぎで言った気がする。でもそれはわだかまりなく別れるお約束みたいなもので。
(それより思わず笑ってしまったけど大丈夫かな)
「なんだ、嫌われて捨てられたのか。そうだよな」
男は怒り出すかと思いきや、私の言葉に納得したようだ。私もちょっと言い方がキツかったかと少し反省。謝るなら今しかない。
「ハッキリ言わなくてごめんね」
「そうだよな、それが全てだ」
「……私を呪い殺す?」
「ずっとそんなふうに思ってた?」
「うん」
「呪うと言ったのは、そう言わないと成仏するところだったから言っただけで実際はそんなことできないし、できてもしないよ」
「ふうん、よくわからないけどそれなら安心した」
「君も僕にまだ未練があるのかと思ってこちらに残ったけど勘違いだったみたいだね」
「ああ、うん、それはごめん」
「実は、僕と離れたくないと泣かれたら君も連れて行くつもりだったんだ。呪うことはできないけど、道連れにはできるから。一応確認するけど僕と一緒に行く?」
「ううん。まだ生きるつもりだから大丈夫」
「そっか。いい男見つけて幸せになれよ」
「うん、色々ありがとね」
「こちらこそありがとう。君と会えて良かった」
それきり言葉が途切れた。
いなくなったのかな、と部屋を見回し、なんとなく姿見を見れば、男の後ろ姿がうつっていた。幽霊の別れも男女の別れと変わらない感じだ。最後に少しだけいい男ふうに去っていった背中が小さく見える。
私はそれを見送りながら、これからは別れの言葉はちゃんと言おうと心に誓った。